「季節性アレルギー」に分類され、特定の花粉が飛散する期間だけ辛い症状が現れる花粉症。重篤になることはありませんが、日常生活には確実に影響を及ぼし、仕事や学業のパフォーマンスを低下させてしまう厄介なものです。
そんな花粉症を改善する方法のひとつに「腸活」があることをご存じでしょうか。今回は、花粉症と腸内環境の関係や、乳酸菌やビフィズス菌の効果について解説します。
花粉症とは
「花粉症」とは、空気中を漂う花粉により引き起こされるアレルギー疾患の総称です。くしゃみ、鼻水、鼻づまりなどのアレルギー性鼻炎のほか、目のかゆみ、流涙などのアレルギー性結膜炎を主訴とし、まれに喘息やアトピー性症状を呈することもあります。国内でもっとも多いとされるのが、スギ花粉をアレルゲンとするスギ花粉症です。※1
1960年代から、ブタクサ・スギ・イネ等をアレルゲンとする花粉症が報告されるようになりました。患者数は年々増加傾向にあり、2019年の全国調査では、花粉症の有病率は実に42.5%にも上っています。※1
花粉症の症状がみられるのは年に数か月であり、重篤な疾患とはいえません。しかし、辛い症状を有する人にとっては花粉症が日常生活に与える影響は大きく、QOLの低下や、仕事・学業のパフォーマンスの低下などを引き起こします。※2
さらに、日本でのスギ花粉症に対する国民医療費も大きな負担となっています。花粉症を含むアレルギー性鼻炎にかかる医療費は、2019年度時点の保険診療において約3600億円(診察等の医療費が約1900億円、内服薬が約1700億円)にも上ると推計されています。※3
こうした背景もあり、花粉症は社会的損失にもつながることから、さまざまな関係省庁によってスギ花粉の発生源対策や花粉観測体制の整備、花粉症患者への予防策や治療法の啓発、医療体制の整備推進等が行われています。また、治療法の開発や発症の仕組みに関する研究だけではなく、花粉症予防に有効となるような生活習慣の改善等についても、各方面での研究が続けられています。※1、3
花粉症と腸内環境の関係
近年、注目されているのが、花粉症をはじめとするアレルギー疾患と「腸内環境」の関係です。
私たちの腸内(主に大腸)には約1000種類、100兆個もの腸内細菌が生息しています。これらをまとめて腸内細菌叢、あるいは腸内フローラとよび、細菌の種類や数が絶妙なバランスを保っています。腸内細菌の種類は個人により極めて多様で、食事や住んでいる国などの環境要因でも変わってきます。また、年齢によって菌の数は変動し、菌の種類も乳幼児、成人、高齢者で変化することがわかっています。※4
腸内細菌は、食物からの栄養素の吸収や代謝と代謝産物の産生、ビタミンの合成など、宿主であるヒトへのエネルギーや栄養素の供給だけではなく、病原体に対する感染防御、免疫細胞の分化や成熟化にも関与します。腸管はヒトの体において最大の免疫系組織であり、腸内細菌たちと宿主であるヒトとの適切な共存関係を築くことが、健康維持にとって重要とされています。※5
そして近年、アレルギー性疾患を患う人が世界的にも増加し、その原因を探るなかで、この腸内環境を構成する腸内細菌たちが注目されるようになりました。
例えば、筑波大学の研究グループは、抗生物質の服用による腸内細菌叢のバランスの乱れが、アレルギー性疾患である喘息を悪化させることを突き止めました。※6
また、関西医科大学の研究グループは、鶏卵アレルギーをもつ小児と健康な小児の腸内細菌叢を比較することで、腸内細菌叢のバランスの乱れが過剰なアレルギー反応を引き起こしていることを明らかにしました。※7
さらに、東京都に本社を置く2つの企業の研究グループは、花粉症などのアレルギー性鼻炎の症状を有する人たちの生活習慣(食習慣)や腸内細菌叢に関する調査を行いました。その結果、日本人成人がもともともっている腸内細菌叢によって、アレルギー症状を引き起こしやすいタイプがあることがわかりました。腸内細菌叢のバランスを改善するのに役立つプロバイオティクスとよばれる微生物や、その微生物の食べ物となるプレバイオティクスを適切に摂取していくことで、アレルギー症状を引き起こしやすいタイプの人であってもアレルギー症状の重症化を予防できる可能性が示唆されています。※2
乳酸菌やビフィズス菌はアレルギー症状を緩和する?!
ではここで、プロバイオティクスとプレバイオティクスについて考えてみます。
非常によく似た言葉ですが、プロバイオティクスとは「適正な量を摂取したときに宿主に有用な作用を示す生菌」のことで、健康に有用な作用をもたらす生きた菌そのものを指します。例えば、善玉菌として知られている乳酸菌やビフィズス菌がこれにあたり、ヨーグルトや乳酸菌飲料のほか、納豆や漬物、味噌や醤油などの発酵食品にも含まれています。※4
一方、プレバイオティクスは「大腸の有用菌の増殖を選択的に促進し、宿主の健康を増進する難消化性食品」のことで、善玉菌を効果的に増やすための「エサ」となる食品のことを指します。具体的にはオリゴ糖や食物繊維などをいい、野菜類・果物類・豆類などに多く含まれています。※4
続いて、花粉症の人の体内で実際に起こっている現象を考えてみましょう。
腸内細菌叢の構成(バランス)の乱れは、過剰な免疫反応を引き起こし、その結果がアレルギー症状として現れます。人により症状の強さは違いますが、いずれの場合も「体内での過剰な免疫反応」が起きていることを示しており、腸内細菌叢を構成している腸内細菌の種類と数により、その症状の強さが変わってきます。※2
では、どうすればアレルギー症状を緩和できるのでしょうか。対策のひとつとして、プロバイオティクスやプレバイオティクスを上手に摂り、腸内細菌たちのバランスを整えていくことが挙げられます。乳酸菌やビフィズス菌などを含む食品や、これらのエサとなる食品を上手に摂ることが、アレルギー症状を緩和するためのカギになるのです。
乳酸菌やビフィズス菌を効果的に増やしていくために
前述の通り、乳酸菌やビフィズス菌などは、私たちの身近な食品にも含まれています。しかし、食事から摂取した菌類は腸内にはある程度の期間しか存在できず、これらを含む食品をたくさん食べても腸管内に住み着くことはないといわれています。つまり、善玉菌を含む食品は毎日継続的に摂取し、時間とともに減っていく分を少しずつ補充していく必要があります。また、善玉菌を増やすためのエサになるオリゴ糖や食物繊維も同様に、毎日続けて摂取することが基本です。※4
そう考えると、私たち日本人が慣れ親しんできた「和食」は、プロバイオティクスとプレバイオティクスの理にかなった食習慣だといえます。味噌や醤油などの発酵調味料からは乳酸菌などを、納豆や漬物からは乳酸菌と食物繊維などを摂っています。特に、味噌・醤油・納豆の原料である大豆にはオリゴ糖が含まれており、プロバイオティクスとプレバイオティクスの両方を摂取していることになります。
また、和食の基本は一汁三菜であり、主菜には日本の豊かな水産資源がもたらす魚介類が用いられたり、乳酸菌などを使って発酵させた料理が使われたりすることもあります。塩蔵型発酵食品や漬物などを食べすぎることで塩分過多になってしまわないよう注意する必要はありますが、和食は乳酸菌や食物繊維などを効果的に増やす食事でもあるのです。
「腸内環境を整える」ことの重要性
私たちヒトの体内(特に腸管)では、食べるものや生活習慣により、腸内細菌叢を構成する腸内細菌の組成や数に変化が起こるとされています。そのバランスは人により異なりますが、食べるものを少し変えるだけでも、結果的に免疫力を強化し、花粉症をはじめとするアレルギー症状を緩和できることがわかってきました。※2
腸管と免疫、一見すると関係性がわかりにくい臓器と機能ではあります。しかし、私たちの腸管に存在する腸内細菌たちは、目に見えないところで花粉などのアレルゲンと作用する免疫系をサポートして、私たちの健康を守ってくれているのです。
このように、腸内細菌が生活しやすい環境を整え、健全な腸内細菌叢に近づけていくのが「腸活」です。正しい腸活を心掛けていれば、花粉症などによって現れるアレルギー症状を、緩和できるかもしれません。
参考資料
※1 環境省 花粉症環境保健マニュアル2022
※2 Satoshi Watanabe, et al. (2022) The Baseline Gut Microbiota Enterotype Directs Lifestyle-Induced Amelioration of Pollen Allergy Severity: A Self Controlled Case-Series Study. Appl. Microbiol. 2(4). 905-920.
※3 厚⽣労働省健康局がん・疾病対策課 花粉症対策(厚⽣労働省)
※4 厚生労働省 e-ヘルスネット. 腸内細菌と健康.
※5 新井万里 ほか. (2016). 腸内フローラと老化. 日本老年医学会雑誌 53-4.
※6 Yun-Gi Kim et al. (2014) Gut Dysbiosis Promotes M2 Macrophage Polarization and Allergic Airway Inflammation via Fungi-Induced PGE2. Cell Host Microbe. 15-1. p95-102
※7 Mitsuru Yamagishi et al. (2021) Decreased butyric acid-producing bacteria in gut microbiota of children with egg allergy. Allergy. 76(7):2279-2282.
※8 河野一世, 柴田英之. (2010) 日本食からみる発酵食品の多様性と日本人の健康一肥満を中心に. 日本調理科学会誌. 43-2. p131-135