ドーパミンは神経伝達物質であり、私たちの脳内で重要な役割を担っています。快楽物質ともよばれており、その量やはたらきのコントロールには、セロトニンというホルモンが関係しています。近年、さまざまな研究によってドーパミンの重要性が明らかになってきました。この記事では、ドーパミンとセロトニンの関係やドーパミンが関与する病気、増やす方法や最新の研究について解説します。
ドーパミンとは
ドーパミンはカテコールアミンという種類の神経伝達物質のひとつであり、フェニルアラニンやチロシンというアミノ酸から作り出されます。※1、2、3
カテコールアミンには他にも、アドレナリンとノルアドレナリンがあります。※4
神経細胞間で起こる情報伝達の多くは、シナプスという構造体で神経伝達物質を介して行われます。ドーパミンは、ドーパミン作動性神経から放出されてシナプスへ届き、情報を伝えます。情報を伝える側のシナプスをシナプス前部、情報を受け取る側のシナプスをシナプス後部とよびます。シナプス後部には受容体(レセプター)が存在しており、特異的な情報を伝えることができます。※3
ドーパミンは主に、黒質線条体路・中脳辺縁系路・中脳皮質路という3つの神経経路ではたらきます。※1
ドーパミンには、快楽や幸福を感じさせたりやる気を出させたりするはたらきもあり、「快楽物質」とよばれることもあります。例えば、ほめられたときのうれしさ、ワクワクする気持ち、何かを始めようとするときの意欲などもドーパミンの分泌によるもので、こうした気持ちは勉強や仕事、日々の生活、ひいては生きていく上でなくてはならないものです。何かの行為によってドーパミンが放出され、快楽や幸福を感じると、脳はそれを学習します。そして、再び快楽や幸福を感じるために、その行為を実行しようとします。ドーパミンは脳に対して快感や幸福を引き起こす報酬としてはたらき、より大きな快感や幸福を求めて努力するようになるのです。私たちがより大きな快感や幸福を手に入れるために活動したことで、環境に適応し、高度な社会を築くことができたともいえますし、目標達成や欲求が満たされることを積み重ねより大きな意欲が生まれ欲求が満たされたからこそ人間的な成長があるともいえます。こうした報酬系サイクルがうまくはたらくことで、日常生活にプラスになっているのです。※5
その一方で、ドーパミンによる報酬サイクルの活性化が依存(症)を引き起こすことや、ドーパミンが統合失調症や注意欠陥多動症(ADHD)などの精神疾患と大きく関わりがあることなどもわかっており、研究が進められています。※1、6
ドーパミンとセロトニンの関係
前述の通り、ドーパミンには快楽や幸福を感じさせる作用がありますが、時にそれらの作用があまりに強くなってしまうことがあります。また、恐怖や驚きに関わるノルアドレナリンという神経伝達物質にはストレス抵抗作用がありますが、やはり時に大量分泌されることがあります。それでも抵抗できないストレスや障害が続くと、脳は疲れてしまいます。
このドーパミンやノルアドレナリンのバランスを調整するのが、必須アミノ酸であるトリプトファンから作り出される神経伝達物質、セロトニンです。※7
ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニンの3つをモノアミンといいますが、これらいずれも量が減ってしまうとうつ状態になることが知られています。なかでもセロトニンは、うつ病の治療薬にも利用されているなど、特に重要視されています。※2
「幸せホルモン」とよばれるセロトニンにはいくつかの作用があります。代表的なはたらきのひとつは、意識や心のバランスを整えることです。主に活動時にはたらく交感神経と、主に休息時にはたらく副交感神経のバランスを整えます。※7
他には、辛抱強さをコントロールするはたらきもあります。国立研究開発法人科学技術振興機構のムーンショット型研究開発事業による研究のひとつでは、セロトニン神経を刺激することで将来得るであろう報酬を獲得するために辛抱強くなること、報酬を待つ間にはセロトニン神経活動が活性化していることがわかりました。※8
こうした作用があることから、セロトニン量が増えることで私たちの生活がよりよいものになると考えられています。セロトニンを増やすためには、生成材料となるトリプトファンを含む食品を摂取する、太陽光を浴びる、適度な運動を心がけるという3つの方法があります。
セロトニンを増やす方法について詳しく知りたい場合は、こちらの記事をご覧ください。
関連記事:幸せホルモン「セロトニン」とは?セロトニンの作用や不足した場合の症状、増やす方法について解説
ドーパミンが関与する病気
前述の通り、セロトニン量が不足すると精神状態のバランスが崩れ、不安、うつ、パニック障害などを引き起こしたり、攻撃性が高まったりすることがあるといわれています。※7
同様に、ドーパミンもさまざまな病気に関連しているとされています。ドーパミンの分泌低下やドーパミン受容体の変化が関与している病気を3つご紹介します。
パーキンソン病
パーキンソン病の主な症状には、手、足、顔、あごなどが震える「振戦」、手足や体がこわばる「硬直」、動きが遅くなる「動作緩慢」、身体の別々に動く機能をひとつにまとめて動かしたりバランスをとったりするのが難しくなる「姿勢の不安定さ」が挙げられます。病状が進行すると、会話や歩行、単純作業などが難しくなることもあります。※9
パーキンソン病には、ドーパミンが関係しています。ドーパミンはドーパミンニューロンという神経細胞で産生されますが、中でも黒質緻密部という部分のドーパミンニューロンが変質脱落することで、ドーパミンの分泌量が減少し、パーキンソン病特有の症状が現れます。また、ドーパミンニューロンは行動の順番や組み合わせ、習慣化などを司る大脳基底核と大脳皮質に枝を伸ばしていきます。ドーパミンの分泌量が減少すると、こうしたはたらきがうまく機能しなくなり、パーキンソン病特有の症状が現れます。※10
統合失調症
統合失調症は10代後半~20代前半に発症することが多い精神疾患です。主な症状は次の通りです。※11、12
幻覚
異常な知覚、現実にはないものをあるように感じる
妄想
現実と異なることを確信してしまう思い込み、被害妄想や注察妄想など
陰性症状
意欲が低下し無気力になる、感情が乏しくなる、考えが単調になる
思考の障害
思考をまとめることが困難になる
近年、シナプスにおけるドーパミンとその受容体の異常が原因に関係していることがわかってきています。国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構 量子医科学研究所の脳機能イメージング研究センターにおいて、統合失調症患者のドーパミン受容体のひとつである前頭前野D1受容体の密度の変化を計測したところ、密度低下の程度と陰性症状が前頭葉機能と強く関連していることがわかりました。また、同じくドーパミン受容体のひとつであるD2受容体の脳内分布の調査からは、統合失調症患者では脳の前部帯状回においてドーパミンD2受容体の密度が低下していること、密度低下が強いほど幻覚や妄想などの症状が強いこともわかりました。※11
自閉スペクトラム症
自閉スペクトラム症は、一般人口の54人に1人という高頻度で認められる発達障害です。中心的な特徴としては、次のようなものが挙げられます。※13
社会的コミュニケーションの困難さ
視線や表情、抑揚、ジェスチャー、言葉を通じて他者と関わることが難しいため、社会生活が制限される
常同行動・限定的興味
興味が限定的、反復的で同じ行動を繰り返す、変化に対して混乱しやすい
自閉スペクトラム症は定型発達の人と比べ、社会的な注意や喜びを選択する傾向が弱いとされます。そこで、浜松医科大学の村山千尋医師および山末英典教授らは、注意や喜びに関連するドーパミンに注目してD2受容体グループの分布変化を調査しました。その研究報告によると、ドーパミンD2/D3受容体の減少が進むことで社会的コミュニケーションの困難さや社会脳ネットワークの変化との相関が認められたといいます。脳内のドーパミンD2/3受容体を調整する薬など、今後の治療薬開発に期待が寄せられています。※13
ドーパミンを増やすには?
このように、ドーパミンは心身の健康にとって重要な役割をはたしています。ドーパミンを増やすためには、チロシンを摂取することが重要です。
チロシンとは
ドーパミンの材料となるチロシンは、タンパク質を構成する20種類のアミノ酸のひとつです。チロシンは多くのタンパク質に含まれており、神経伝達物質であるエピネフリン、ホルモン、メラニン色素などの前駆体として知られています。ドーパミンを作り出す材料となるチロシンを含むタンパク質を摂取することで、ドーパミン分泌量を増やすことができます。連続的に代謝に利用・蓄積されるため、過剰に摂取することはないと考えられています。※14
玉川大学大学院農学研究科博士課程の渡邉智大氏と同研究科の佐々木謙教授は、チロシンとドーパミン分泌量の関係について、ミツバチの行動をもとに研究しました。その報告によると、チロシンはドーパミンの前駆体であるとともに、ドーパミンを作り出すときに必要な酵素量を増やすはたらきがあることがわかりました。酵素量が増えることで、スムーズにドーパミン量も増えたといいます。ドーパミンの材料としてだけでなく、合成を活性化させる作用もあるため、ドーパミン分泌量を増やすにはチロシンの摂取が重要であるといえます。※15
チロシンを含む食品
チロシンを含む食品(可食部100gあたり)は次の通りです。※16
食品名 | 成分量(mg) |
---|---|
かつお削り節 | 2,800 |
パルメザンチーズ | 2,700 |
干しさくらえび | 2,300 |
ウマヅラハギ開き干し | 2,100 |
ビーフジャーキー | 1,900 |
豚肉 ヒレ 焼き | 1,500 |
プロセスチーズ | 1,400 |
大豆 きな粉 | 1,400 |
大豆 いり大豆 | 1,400 |
焼きたらこ | 1,300 |
鶏肉 むね 焼き | 1,200 |
味付け海苔 | 1,100 |
ゴマサバ 焼き | 1,000 |
鶏肉 もも 焼き | 1,000 |
干しあわび | 1,000 |
まるあじ 焼き | 1,000 |
チロシンの摂取量の目安
チロシンは、フェニルアラニンという必須アミノ酸から体の中で産生される非必須アミノ酸です。通常は、チロシンを多く含む食品を食べることで充分な量を摂取できると考えられています。※17
そのため、特に「チロシンをたくさん摂取しよう」と意識しなくとも問題はありませんが、食事バランスの乱れなどによりチロシンの摂取不足になると、ドーパミンの産生不足につながる可能性があります。
成人の摂取量の目安としては、150mg/kg以下という数値が挙げられます。D. F. Neri氏による研究では、長時間覚醒時の認知能力に対するチロシンの効果を調べるため、被験者に150mg/kgのチロシンを投与しました。その結果、150mg/kgのチロシンによって睡眠不足に対するパフォーマンスの改善が期待できた一方、特に悪い影響は見られなかったそうです。※18
ドーパミンに関する最新研究
ドーパミンに関するさまざまな研究が進められています。近年、国内で行われたドーパミンに関する研究のうち、特に興味深いものを2つご紹介します。
「期待外れ」を乗り越える際のドーパミンの関わりを調べた研究
1つ目は、京都大学大学院医学研究科 SKプロジェクト特定准教授の石野誠也助教らの研究グループが行った研究です。ものごとが「期待外れ」の結果となったとき、それを乗り越えるためにドーパミンがどのように関わっているのかを研究したものです。
生物界においては、餌を探したり、繁殖のため異性をひきつけたりすることが欠かせません。行動の結果が期待外れになったとしも、それを乗り越えなければ繁栄や生存に影響します。従来の研究ではすでに、思ったよりもうまくいくとドーパミン量が増え、期待外れになるとドーパミン量が減るということがわかっていました。
この研究グループでは、期待外れが起こっても自ら報酬を得られるように訓練されたラットの行動中に、ドーパミン細胞の活動を計測しました。結果として、期待外れが起こった直後に活動が増えるドーパミン細胞が見つかったのです。さらに、期待外れが起こった瞬間に線条体(側坐核)へ人工的な刺激を与えると、それを乗り越えるような動きが見られたといいます。こうした能力を支える神経細胞とその回路の存在を発見できたことで、意欲の異常な低下や亢進が起こる疾患に対する治療法の開発が期待されています。ドーパミンの調節作用やメカニズム解明が進み、日常的な精神的活動においても役立てられると考えられています。※19
匂いが感覚神経細胞とドーパミン細胞に与える影響に関する研究
2つ目は、理化学研究所 脳神経科学研究センター 知覚神経回路機構研究チームの加藤郁佳氏らによる、ショウジョウバエを使った研究です。ドーパミン細胞が匂いなどの感覚刺激に応答することは、すでに知られていました。動物は匂いをたどり食べ物を見つけ出す経験から、感覚刺激の価値や意味を更新して生存を維持しています。ドーパミン細胞は、報酬(食べ物を手に入れる)や罰(失敗し痛い目に合う)に反応し、起こったことの情報を連合野に伝達します。一方の感覚神経細胞は、匂いの種類を伝達、連合野で匂いと良い悪いを学習し、結果的に行動を変化させます。
この研究では、ショウジョウバエの神経活動から匂いの好き嫌いを評価し、行動に応じて匂いや景色を変化させる仮想空間で、匂いに対する行動観察と脳領域の応答を調査しました。その結果として、匂いに対するドーパミン細胞は生まれつき感じる匂いの好き嫌いを符号化すること、その価値に応じて異なる反応をし、匂いごとの価値を更新することなどが示唆されたのです。感覚神経細胞のほか、ドーパミン細胞も同時に活動させ、匂いに対する行動に影響を与えることがわかったとしています。※20
興奮や幸福感などに関係するドーパミンの研究が進むことに期待
神経伝達物質のひとつであるドーパミンは、体にとっては極少ない量であっても、不足すると心身の不調をきたし、さまざまな精神疾患や発達障害に関係することがわかってきました。興奮や幸福感などの感情の動きを司るドーパミンは、多すぎても少なすぎてもいけません。現在も国内外で研究が行われており、その活用方法に期待が寄せられています。
参考資料
※1 厚生労働省 e-ヘルスネット. ドパミン.
※2 高田明和ほか. (2017) タンパク質と脳の栄養~うつ病とタンパク摂取~. 畜産の情報. 2017年9月号. P52-61.
※3 枝川義邦、渡邉丈夫. (2010) 行動・学習・疾患の神経基盤とドパミンの役割. 早稲田大学高等研究所紀要. 2. 75-92.
※4 岡山大学病院. 検査部/輸血部インフォメーション. カテコールアミン CA (catecholamine).
※5 健康管理検定. りずみんの健康管理コラム. 依存症はドーパミンが原因?!
※6 公共財団法人 東京都医学総合研究所. 依存性物質プロジェクト. ドーパミンによる精神疾患への関与および、行動の制御に関する研究.
※7 厚生労働省 e-ヘルスネット. セロトニン.
※8 国立研究開発法人科学技術振興機構 ムーンショット型研究開発事業部. 成果概要. 楽観と悲観をめぐるセロトニン機序解明 2. 楽観・悲観のセロトニンサブシステムの光操作.
※9 eJIM 厚生労働省.『「統合医療」に係る 情報発信等推進事業』. コミュニケーション. パーキンソン病に対する補完療法について知っておくべき5つのこと.
※10 東邦大学医療センター 大森病院臨床検査部. ドーパミンとパーキンソン病.
※11 国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構 量子医科学研究所 脳機能イメージング研究センター. 総合失調症とは.
※12 厚生労働省. こころもメンテしよう~若者を支えるメンタルヘルスサイト~. こころの病気について知る 統合失調症.
※13 国立研究開発法人 日本医療研究開発機構. プレスリリース 自閉スペクトラム症には脳内のドーパミンD2/3受容体の減少が関連し、社会的コミュニケ―ションの困難さや脳部位間の機能的な結びつきに関与していることが明らかに.
※14 食品安全委員会肥料・飼料等専門調査会. (2012) (案)対象外物質※ 評価書 チロシン.
※15 玉川大学 大学院. ミツバチ雄の繁殖行動に関わる脳内物質(ドーパミン)の調節機構を解明!
※16 文部科学省. 食品成分データベース.
※17 日本医師会、日本歯科医師会、日本薬剤師会 総監修. (2022) 健康食品・サプリ[成分]のすべて ナチュラルメディシン・データベース 日本対応版<第6版>
※18 D F Neri, et al. (1995) The effects of tyrosine on cognitive performance during extended wakefulness. Aviat Space Environ Med. 66(4). 313-9.
※19 京都大学. 目標に向けて努力し続けられる脳の仕組みを解明 ―期待外れを乗り越えるためのドーパミン機能―.
※20 理化学研究所. ドーパミン細胞が匂いの価値を表現し更新する機構を解明-報酬や罰に依らない非連合的な感覚学習への寄与を示唆-