日常生活のなかで「記憶したいこと」はさまざまで、例えば、業務上の必要事項や資格試験など、新しいことを「覚える」場面は少なくありません。しかし、年齢を重ねると新しいことを覚えにくくなった、という方も少なくないのではないでしょうか。加齢から逃れることはできませんが、記憶の特性を理解していれば、入ってきた情報を適切に保持し、必要なときにうまく取り出しやすくなります。
記憶のメカニズムとは
記憶の過程
近年、記憶の過程をコンピュータの情報処理モデルに例えて説明するようになりました。コンピュータの情報処理では、記憶は「符号化・貯蔵・検索」という過程をたどります。人間が何かを記憶するときも同様に、符号化(記銘)、貯蔵(保持)、検索(再生)という流れがあると考えられています。※1
- 符号化(記銘):入ってきた情報を処理できる形に変換するはたらき
- 貯蔵(保持):符号化されたイメージを蓄積するはたらき
- 検索(再生):貯蔵された膨大なイメージから必要なものを探しだすはたらき
このように、記憶とはあることがらを覚え、忘れないようにそのまま持続させ、必要なときに取り出して活かす力のことです。※2
なお、記憶の過程が1つでも不十分な場合は、最後までたどり着くことはできません。つまり「覚えていない」か、「(覚えていても)思い出すことができない」ことになります。
記憶の分類:感覚記憶・短期記憶・長期記憶
記憶の基本構造に対する理解として、1968年にR.C. AtkinsonとR.M. Shiffrinが提唱した「記憶の多重貯蔵モデル」があります。このモデルによると、 記憶はその時間的な役割によって、感覚記憶、短期記憶、長期記憶の3つに分類することができます。※2
人間が何らかの情報に接したとき、その情報は最初は「感覚記憶」として取り込まれます。感覚記憶の中で「注意」を向けられた情報が、「短期記憶」となります。さらに、短期記憶の中で反復された情報が符号化され、「長期記憶」に転送されます。この反復(繰り返し)の工程は、リハーサルとよばれることもあります。※2
感覚記憶
感覚記憶とは、ほんの一瞬程度の時間だけの記憶のことで、五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚など感覚器から得られた情報)から作られる記憶です。感覚器からは膨大な量の情報が次から次へと入ってくるため、よほど注意していない限り、その記憶はすぐに消えていきます。例えば、道を歩いていて多くの人たちとすれ違ったとき、それぞれの人の姿かたちという情報は一瞬だけ感覚記憶に保存されますが、すぐに忘れられていきます。そのため、「今日道ですれ違った人」を思い出そうとしてもすべては思い出せません。感覚記憶の持続時間は、1~2秒程度であるといわれています。※3
短期記憶とは、感覚記憶よりももう少し時間的に長く続く記憶のことをいいます。長期記憶とはさらに長い時間続く記憶のことをいいます。※3
この2つについては、後ほど詳しく説明します。
注意
注意とは、いわば「意識を向けること」であり、感覚記憶に保存されたさまざまな情報のなかから短期記憶に移行する情報を選択する役割を果たします。また、注意を複数の対象に配分したり切り替えたりする機能を「分割的注意」といいます。まだ習熟していない作業や難しい作業にあたっては、多くの注意配分を必要としますが、注意するために必要な脳の容量には限界もあります。そのため、新しいことを考えたり記憶したりするためには、できるだけ集中できるような環境を作り、他のことに注意を配分しなくてもよいようにするのがよいでしょう。※4
短期記憶とは
短期記憶とは、感覚記憶よりも少し長い時間の記憶のことです。感覚記憶は一瞬ですが、短期記憶は一時的な記憶です。短期記憶が消えるまでの時間は数秒から十数秒、あるいは数分程度といわれています。※1、3
また、短期記憶で扱うことができる情報量は、7個前後(5~9個程度)とされています。これは1956年にアメリカの認知心理学者George A.Millerにより提唱された理論で、現在でも「マジカルナンバー7±2」として知られています。※3、5
私たちの脳は、情報をかたまりで1つとして考えます。例えば、ランダムな数字の並びを覚えようとするとき、数字を一つひとつ順番に覚えるのと、語呂合わせなどでいくつかの数字を1つのかたまりとして覚えるのでは、一度に記憶できる量が変わります。意味のない数字の羅列は数字の桁数分を記憶する必要がありますが、語呂合わせなどでまとめて記憶することができれば、覚える情報のかたまりの数が減ります。また、覚えようとしている情報について、もともと記憶している要素があるなどの経験が影響することも知られています。※3
短期記憶を保持する時間は数秒から十数秒、あるいは数分程度ですが、情報を反復することで、保持できる時間を延長することができます。数字の並びを記憶する場合、その数字を何度も頭の中で繰り返すと、本来の短期記憶を意識的に留めておくことができます。また、単純な音だけの反復では数十秒程度しか記憶時間は延長しませんが、連想や意味を持たせる反復を行うと、短期記憶を長期記憶へと移行することができるとされています。反対に、すぐに消してしまいたい情報は、別のことを意識することで短期記憶から消去してしまうこともできます。このように、短期記憶は自分でコントロールできる記憶だといえます。※1、3
ワーキングメモリ(作業記憶)
日常生活をよりよく過ごしていくための記憶の仕組みとして、ワーキングメモリというはたらきが知られています。ワーキングメモリとは、情報を一時的に保ちながら、同時に別の処理を進めていく能力のことで、別名「作業記憶」ともよばれています。例えば仕事の場面であれば、今まさに遂行している業務と同時に、別の業務のスケジュールを考えるというようなケースで、ワーキングメモリが機能していることになります。※4、5
仕事以外でも、繰り上げながら計算を進める、それまでの内容を留めながら読書や会話を進めるなど、あらゆる場面でワーキングメモリが機能しています。ワーキングメモリは必要がなくなれば消され、新たな情報に上書きされていきます。※6、7
長期記憶とは
時間的には数日あるいは数ヶ月から一生までと、永続的に保持しておくことができる記憶のことを、長期記憶といいます。長期記憶は、その性質により、陳述記憶と非陳述記憶の2つに大別されています。陳述記憶にはエピソード記憶、意味記憶の2種類があり、非陳述記憶には手続き記憶、プライミング効果、条件づけ、非連合学習の4種類があります。これらの長期記憶は、いくつかの種類が組み合わさって存在していることがほとんどです。※1、3
陳述記憶:意図して想起することができる記憶、言葉で表現できる記憶
エピソード記憶 | できごとや体験についての記憶。いわゆる思い出にあたるもの 例:通勤電車から見える光景や子どもの頃の行事、記念日など |
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意味記憶 | ものやこと、それに関連する情報の記憶。いわゆる知識にあたるもの 例:(同じ「はし」でも)橋と箸と端の違い、九九、猫は英語でcatなど |
非陳述記憶:言葉で表現できない記憶
手続き記憶 | 意識しなくても再現できる記憶。初めは言語による表現が必要だが、徐々に必要なくなる 例:自転車の乗り方、歩き方や走り方、楽器の演奏など |
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プライミング効果 | 過去の記憶の影響が、次に思い起こさせるものごとに無意識に制御されること 例:「ピザって10回言ってみて」のひっかけクイズ、勘違いや思い込みなど |
条件づけ | 個別の情報を繰り返すことで作り出される記憶 例:過去の食味の経験から梅干しという言葉だけでつばが出る、パブロフの犬、条件反射など |
非連合学習 | 同じ刺激を繰り返し受けることで、その後の感覚や行動が変化すること 例:大きな警告音も短期間に繰り返して聞き続けると慣れてしまう、時計のアラーム音や地震速報など |
老化と記憶
加齢に伴い、脳が萎縮します。最も強く萎縮するところが大脳です。※8
大脳が変化することで、記憶力も低下することはよく知られています。前頭前野の委縮や、放出される神経伝達物質の減少などが大きく関わっており、記憶や注意、判断や思考を低下させていると考えられています。ただし、運動機能や感覚機能に比べ、記憶力が低下する変化の経過は画一的ではないことがわかっています。
記憶においては、短期記憶が低下しやすいとされています。これは「もの忘れ」とよばれている類のものです。※9
また、前述のワーキングメモリも、年齢を重ねるとそのはたらきが衰えていくこともわかっています。ワーキングメモリがうまくはたらかないことで起こる日常の場面として、買い物に行って買うべき物を買い忘れる、電話で肝心なことを伝え忘れるなどがあります。これは、買うべき物や電話の用件などの記憶を保持している間に、知り合いに会ったり予期しない話題が出たりして何らかの妨害にあうことで、記憶の保持が難しくなるためだとされています。
長期記憶のなかでは、エピソード記憶が低下しやすい反面、意味記憶や手続き記憶は低下しにくいとされています。意味記憶や手続き記憶を基にした理解や判断力は、年齢を重ねても低下しないこともわかっています。
加齢による知能の変化について詳しく知りたい場合は、こちらの記事をご覧ください。
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記憶の特性や年齢に合わせた方法で記憶力を高めよう
短期記憶を長期記憶に移行させるために必要なのが、ものごとを意味づけたり何かを連想したりしながら行うリハーサル(反復)です。また、近年はワーキングメモリの強化にも注目が集まっています。加齢のせいだと諦めるのではなく、記憶の特性や年齢に合わせた方法を用いることで記憶力を鍛え、勉強や業務の効率を高めていきましょう。
参考資料
※1 畔柳圭佑.(2022) 記憶はスキル 科学的研究でわかった!人生が10倍楽しくなる記憶のルール. クロスメディア・パブリッシング(インプレス)
※2 Atkinson RC, et al. (1968) Human memory: A proposed system and its control processes. In:Spence KW, Spence JT, editors. Psychology of Learning and Motivation. 2. 89-195.
※3 榎本博明.(2016) 記憶力を高める科学 勉強や仕事の効率を上げる理論と実践. SBクリエイティブ
※3 Miller, G. A. (1956). The magical number seven, plus or minus two: Some limits on our capacity for processing information. Psychological Review, 63(2), 81–97.
※4 三浦利章.(1996) 行動と視覚的注意.風間書房
※5 Miller, G. A. (1956). The magical number seven, plus or minus two: Some limits on our capacity for processing information. Psychological Review, 63(2), 81–97.
※6 苧阪満里子. (2016). ワーキングメモリとこころの発達. 学術の動向, 特集2 求められる「脳とこころの科学」 教育・医療・モノづくり, 21(4), 63-66.
※7 苧阪満里子. (2009). 高齢者のワーキングメモリとその脳内機構. 心理学評論, 52(3), 276-286.
※8 科学雑誌Newton. (2021) Newtonライト2.0 老いの取扱説明書 認知症編 (ニュートンムック). ニュートンプレス.
※9 一般社団法人日本老年医学会. (2013)老年医学系統講義テキスト. 西村書店. 102-103.