インサイド・ヘッド2、皆さんはもうご覧になりましたか?
常々、感情についてもっと多くの人に知ってほしい!と活動している身としては、心からおすすめする映画であり、個人的にも大好きです。

【前編】では、映画に登場する9つの感情たち、ヨロコビ(喜び)、カナシミ(悲しみ)、イカリ(怒り)、ビビリ(恐れ)、ムカムカ(嫌悪)、シンパイ(不安)、イイナー(嫉み)、ダリィ(倦怠感)、ハズカシ(恥ずかしい)について解説をしました。

【後編】では、映画をヒントに、私たちが感情とどうつきあえばよいのかを考察してみたいと思います。
少しネタバレを含みますので、ご注意ください。

セルフ・コンパッション

私がこの映画を見たとき、根底に流れるテーマのひとつに、セルフ・コンパッションがあるな、と感じました。
(実際に、エンドロールのクレジットには、セルフ・コンパッションを研究する心理学者クリスティーン・ネフの名前が!)

セルフ・コンパッションとは、自分の不完全さも含めて、自分のことを思いやりをもって受け容れることを指し、近年、心理学の領域でも注目されているアプローチです。

この映画のケルシー・マン監督も「ダメなところも含めて自分を愛すること。誰しも愛されるために、完ぺきである必要はない、というメッセージを込めた」と語っています。
映画の中で、アイスホッケーで失敗した、とか、友達に意地悪なことをしてしまった、など、ライリーがカナシミを感じたり、ハズカシさを感じたりした、一見ネガティブな感情をともなう記憶たちは、最初は遠くへポーンと葬りさられてしまいます。
たしかに、私たちは、こういった記憶から目を背けたくなるものです。
けれど、最後には、試合に勝った、とか、友達を助けたといったポジティブ感情をともなう記憶だけでなく、これら一見ネガティブな記憶たちも含めて、主人公ライリーの自分らしさの花がつくられました。

セルフ・コンパッションの大事な要素のひとつは、自分の強みも弱みも、得意なことも苦手なことも、うまくいったこともうまくいかなかったことも、どちらも同じように受け容れることにあります。

また、これは、私たち人間みんなの共通点でもあります。
誰しも、強みがあれば弱みもある。
得意なことがあれば苦手なこともある。
人にやさしくできることもあれば、意地悪なことを言ってしまうこともある。
生きている中で、うまくいくこともあれば、うまくいかないときもある。
不完全さこそ、人間らしさなのです。

この共通点を思い出せると、うまくいかないことがあったときに、「自分だけ苦しい」「自分だけこんな目にあっている」と自分を孤独に追い込むのではなく、「この苦しさは別の誰かが経験している苦しみと同じ」とつながりの感覚を取り戻すことができます。

一番印象に残ったシーン

私がこの映画の中で一番印象に残ったシーンは、アイスホッケーの試合中、反則ボックスに入れられてパニックに陥ったライリーが息を吹き返すシーンです。
反則してしまったことを含めて、「私はダメ」という考えでいっぱいになってしまうライリーですが、そんなライリーの様子を見て、友人2人が声をかけてくれます。

そこで、ライリーは初めて、友人2人が別の学校に行ってしまうと知ったことがショックだったこと、悲しかったことを率直に打ち明け、「だからひどいことをしてしまった、ごめんなさい」と謝るのです。

直面するつらさから、それまで蓋をしていた悲しみが表明され、友人2人に受け止められた瞬間でした。

私たちは、悲しい気持ちや不安な気持ちを誰かに心から受け止めてもらえたと感じられてはじめて、その痛みが和らぎ、次へと向かうエネルギーが湧いてきます。
映画の中でも、ライリーの浅い呼吸が少しずつ深くなり、それにつれて、視野が広がり、窓から差し込む陽の光も輝きを取り戻していきました。

感情とのつきあい方にも、セルフ・コンパッションが生きる

自分自身に対しても同じことが言えます。
自分の中にある一見ネガティブな感情の存在を認め、受け容れること。
そこにも、セルフ・コンパッションの力が働きます。

「悲しさなんて感じていないで、次に進まなきゃ」
「不安を見せないで、余裕で乗り切らないと」
「怒りを感じるなんて、自分は大人げない」

こんな風に、自分の中にたしかにある感情から目を背け、蓋をするのではなく、悲しさを感じる自分、不安を感じる自分、怒りを感じる自分を、コンパッションをもって受け容れる。

「友達と別れることを考えたら、悲しくなるよね」
「これからのことがわからないと、誰しも不安になるもの」
「大事なものが傷つけられたから、怒りを感じるのは自然なこと」

自分の中のひとつひとつの感情を受け容れて、その表出を認める。
そうすることで、次への扉が開いていきます。
感情とのつきあい方にも、セルフ・コンパッションが生きるのです。

個人的な反省として、つい、子どもに対して、ヨロコビ風に励ましたりしてしまうことがあるなという気づきもありました。

「でも、明日またお友達と遊べるよ」
「これは壊れてしまったけど、他のおもちゃもあるじゃない」
「行けばきっと楽しいから、大丈夫」

けれど、子どもの中には「今、お友達と別れるのが寂しい」、「遊んでいたおもちゃが壊れてしまって悲しい」、「初めてのところに行くのが不安」という気持ちがたしかにあるのです。
まずは、寂しさや悲しさ、不安の存在を認め、その表出を受け容れることが大切なのです。
自分の気持ちを近くにいる大人に心からわかってもらえた、と感じられると安心することができますし、「不快なものであっても、感情って怖いものじゃないんだな。感じてもいいし、それを見せてもいいんだ」と実感できて、子どもの中にも、感情とうまくつきあう力が育っていくことでしょう。

この「インサイド・ヘッド2」は、ピクサー史上最高のヒットを記録しているそうです。
話題になった理由のひとつが、劇中に出てくる「大人になると、ヨロコビが減る」というフレーズだったそうです。
大人になると、喜びと悲しみが混ざったナツカシ(懐かしい)が出てくるなど、感情が複雑化する面もありますが、もしかしたら、「大人なんだから、はしゃいじゃいけない」、「手放しで喜んではいけない」というようなポジティブ感情への抑制が働くのかもしれません。
大人には、自分たちのヨロコビの存在を受け容れて、その表出を歓迎することが必要なのかもしれません。
そういう意味では、ポジティブ感情とのつきあい方にも、「大人になったって、思いっきり喜んでいいんだよ」とセルフ・コンパッションを働かせられるとよさそうです。

執筆

博士(心理学),臨床心理士,公認心理師

関屋 裕希(せきや ゆき)

 

1985年福岡県生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、筑波大学大学院人間総合科学研究科にて博士課程を修了。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野に就職し、研究員として、労働者から小さい子をもつ母親、ベトナムの看護師まで、幅広い対象に合わせて、ストレスマネジメントプログラムの開発と効果検討研究に携わる。 現在は「デザイン×心理学」など、心理学の可能性を模索中。ここ数年の取組みの中心は、「ネガティブ感情を味方につける」、これから数年は「自分や他者を責める以外の方法でモチベートする」に取り組みたいと考えている。 中小企業から大手企業、自治体、学会でのシンポジウムなど、これまでの講演・研修、コンサルティングの実績は、10,000名以上。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。

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