私たちの身体にはがん細胞が出来ても、免疫の力で取り除く様々な仕組みがあります。免疫を担当するのは、NK細胞、マクロファージ、Tリンパ球、Bリンパ球などの細胞です。このなかで、Tリンパ球にはがん細胞を直接攻撃する性質のものがあります。
一方、がん細胞は性質を変化させて免疫によって自身が排除されることを防ぐ仕組みを備えることによって大きくなり、がんを発症します。
がん免疫療法とは、免疫の力を利用してがんの治療を行う方法です。

がん免疫療法の種類

免疫ががん細胞を攻撃する力を強める方法(1)と、免疫を担当する細胞ががん細胞を攻撃することが出来なくなるような仕組みをブロックする方法(2)があります。

(1)免疫ががん細胞を攻撃する力を強める方法として、免疫を担当する細胞を活発にするサイトカインという物質を投与するサイトカイン療法や、がんに対する抗体を投与する方法などがあります。近年、患者さんのTリンパ球を取り出して、遺伝子組み換え技術を使ってCAR(キメラ抗原受容体)というタンパク質を作り出し、特定のがん細胞を攻撃するように変化させたT細胞であるCAR-T細胞を増やして患者さんに投与することにより、がんを治療するCAR-T療法も開発されています。

(2)免疫を担当する細胞ががん細胞を攻撃することが出来なくなるような仕組みをブロックする方法として免疫チェックポイント阻害薬があり、現在臨床の場で使われています。これはがん細胞がTリンパ球にかけているブレーキがかからないようにして、Tリンパ球の働きを強め、がん細胞の増殖を食い止める薬です。

NAD(ニコチンアミド・アデノシンジヌクレオチド)はミトコンドリアという細胞の中の器官において私たちが食べ物からエネルギーを得る過程に必須の物質です。

注意:ミトコンドリア外の解糖系でもNADが使われてエネルギーが取り出されます。

身体の中でNADは、トリプトファンというアミノ酸から新たに合成されたり、ニコチンアミドからNAMPT(ニコチナミド・ホスホリボシルトランスフェラーゼ)と呼ばれる酵素によってNMN(ニコチナミド・モノヌクレオチド)という前駆物質を経て、別の酵素によって合成されたりします。NADはサーチュインという老化を制御する遺伝子がはたらく際にも必要です。

関連記事:NADとNMNで細胞の老化を遅らせる

<参考>

Nature, February 2000

Transcriptional silencing and longevity protein Sir2 is an NAD-dependent histone deacetylase.

査読前の論文(プレプリント)ではありますが、中国のグループより、がん免疫療法にNADを増やすNMNを併用した際の効果を検討した研究データがありますので、今回ご紹介します。

<参考>

ReseachGate, March 2020

Potentiating the anti-tumor response of tumor infiltrated T cells by NAD+ supplementation.


研究の方法

ヒトのTリンパ球性白血病由来の細胞や、ヒトのTリンパ球を用いて、それらががん細胞を攻撃する力にNADが果たす役割について検討しました。また、人工的に皮膚がんを作り出したマウスにおいてがん免疫療法にNMNを追加した際の効果を調べました。

結果

・NADの量によって、Tリンパ球ががんを攻撃する力が変化する(細胞の実験)

研究グループはヒトのTリンパ球性白血病由来の細胞とヒトのTリンパ球を用いてTリンパ球ががんを攻撃する力を強めることに関わる物質にはどのようなものがあるか調べたところ、NAD合成に関わる酵素の一つであるNAMPTがあげられました。
このことから、Tリンパ球ががん細胞を攻撃する力にNADがなんらかの役割を果たしているのではないかと考え、薬剤を用いてTリンパ球の中のNAD量が少なくなるようにしたところ、Tリンパ球ががんを攻撃する力が大きく低下しましたが、その力は細胞にNADを添加することで回復しました。
リンパ球においてNAMPTの働きを弱めたところ、細胞内のNADの量が半分以下になりました。したがって、Tリンパ球におけるNAD合成には、NAMPTが重要であることが確認されました。

・腫瘍浸潤Tリンパ球ではNADの量が減少している。

がんの中に入り込んだTリンパ球にはそのがん特異的に反応するTリンパ球集中して存在しており、腫瘍浸潤リンパ球と呼ばれます。ヒトの卵巣がん患者から得られた腫瘍浸潤Tリンパ球中のNAD量はその患者の血液から得られたTリンパ球中のNADの量と比較すると有意に少なくなっており、人工的に皮膚がんを作り出したマウスの腫瘍浸潤Tリンパ球中のNAD量はそのマウスの脾臓から得られたTリンパ球中のNAD量と比較すると少なくなっていました。

上記の腫瘍浸潤リンパ球では、NADに関係する遺伝子のはたらきが変化していることが分かりました。したがって、これらの腫瘍浸潤Tリンパにおいてはリンパ球の中のNAD量が減少することで、がんを攻撃する力が低下してしまっているのではないかと考えられました。

・NADはTリンパ球のミトコンドリアのエネルギー産生を増やす。

薬剤を用いてTリンパ球でNADが作られなくすると、ミトコンドリアでエネルギーを作り出すことに関わる物質が多く変化しました。さらにTリンパ球のNADを取り除くと、ミトコンドリアの数が大きく減少し、細胞内のエネルギー量が減少しました。
これらのデータから、NADはTリンパ球でのミトコンドリアのエネルギー産生を増やすことによって、Tリンパ球ががんを攻撃する力を強めているのではないかと考えられました。

・CAR-T細胞によるがん免疫療法にNADを併用したときの効果

筆者らは次に、がんに対するCAR-T細胞にNADを併用して投与することで、どのような効果があるか調べることにしました。
研究グループは、がん細胞を皮下に接種したマウスに抗がん効果を出すには少し足りない量のCAR-T細胞を投与するとともにNMNをマウスの腹腔内に投与しました。NMNのみ投与した時には、抗がん効果は全く見られませんでしたが、CAR-T細胞とともにNMNを投与することで、CAR-T療法の効果がより高まり、腫瘍が消失し、マウスの寿命も延長しました。

・免疫チェックポイント阻害薬によるがん免疫療法にNADを併用したときの効果

✳チェックポイント阻害薬は転移のある悪性黒色腫や非小細胞肺がんの臨床試験において、大きな効果があることが示されていますが、途中で効果がなくなる患者も多いのが現状です。そこで、マウスに免疫チェックポイント阻害薬が効きにくいタイプの皮膚がん細胞を皮下注射した後に、免疫チェックポイント阻害薬とNMNを投与しました。すると、免疫チェックポイント阻害薬の抗がん効果が高まり、マウスの寿命も延長しました。

✳︎冒頭の、免疫を担当する細胞ががん細胞を攻撃することが出来なくなるような仕組みをブロックする方法(2)を指します。

まとめ

今回ご紹介した研究データから、Tリンパ球ががんを攻撃する際に、細胞内のNAD濃度が重要であり、NADを増やすことでTリンパ球ががんを攻撃する力が高まることが分かりました。

さらに、NMNを投与してNADを増やすことで、マウスのCAR-T細胞による治療や免疫チェックポイント阻害薬による治療といったがん免疫療法の効果を高めることが出来ることが分かりました。
今回は細胞やマウス実験のデータですが、ヒトにおいてNADを増やすことでがん免疫療法の効果を高めることが出来るかどうか、今後の研究の推移が期待されます。

執筆

亀田 歩

 

医師・医学博士。医師免許を取得後、病院勤務を経て10年ほど前より医学研究や学生教育も並行して行っております。現在はヨーロッパに研究留学中で、日本との相違点、類似点を日々実感しながら生活中です。医学には日々新たな情報があり、それを学び続けることで今後医師としての診療がより深いものになればと思います。出来るだけわかりやすく、新たな世界を知るワクワク感を共有できれば幸いです。

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