統計によると、日本人の2人に1人は生涯でがんに罹患します。また、日本人の死因で最も多いのはがんであり、約30%の人ががんで亡くなります。

<参考>
がんに関する統計データのダウンロード:[国立がん研究センター がん登録・統計] (ganjoho.jp)

がんの仕組みをより明らかにし、より効果的な治療法を確立することは非常に重要です。

 

がんと免疫

私たちの身体にはがん細胞が出来ても、免疫の力で取り除く様々な仕組みがあります。免疫を担当する細胞のなかで、Tリンパ球にはがん細胞を直接攻撃する性質があります。
一方、がん細胞は性質を変化させて免疫によって自身が排除されることを防ぐ仕組みを備えることによって大きくなり、がんを発症します。この性質を免疫逃避と呼びます。
がん免疫療法とは、免疫の力を利用してがんの治療を行う方法です。

免疫チェックポイント阻害薬

免疫逃避をブロックする薬として免疫チェックポイント阻害薬があります。これはがん細胞がTリンパ球にかけているブレーキがかからないようにして、Tリンパ球の働きを強め、がん細胞の増殖を食い止める薬です。
臨床応用されている免疫チェックポイント阻害薬に、抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体があります。
Tリンパ球上のPD-1が、がん細胞や抗原提示細胞にあるPD-L1と結合すると、Tリンパ球は抑制されてがん細胞を攻撃することが出来なくなってしまいます。そこで抗PD-1抗体を投与するとTリンパ球上のPD-1に結合します。一方、抗PD-L1抗体を投与すると、がん細胞上のPD-L1に結合します。いずれにおいてもPD-1とPD-L1が結合出来なくなってTリンパ球ががん細胞を攻撃できなくなるようなシステムをブロックし、Tリンパ球ががん細胞を攻撃する力を維持します。
抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体による治療は2014年以降に行われるようになり、さまざまながんの治療に使われています。薬に対する反応は患者によりさまざまで、同じ種類のがんでも治療効果が出やすい場合と出にくい場合があり、治療を行う上での課題の一つとなっています。

NAD(ニコチナミド・アデニンジヌクレオチド)

NADとは私たちが食べ物からエネルギーを得る過程に必須の物質です。
体内のNADは年齢とともに減少し、組織の中のNAD濃度は老化と関連があることがわかっています。
NMN(ニコチンアミド・モノヌクレオチド)という身体の中でNADに変化する物質を投与することにより、様々な加齢に関わる疾患に対して効果的であることが動物を用いた研究で示されています。
身体の中でNADを合成するために重要な酵素にNAMPT(ニコチンアミド・ホスホリボシルトランスフェラーゼ)があります。

今回、最近中国のグループより発表された研究データをご紹介します。

<参考>
NCBI, 2020 Nov 
NAD+ metabolism maintains inducible PD-L1 expression to drive tumor immune evasion. Cell Metabolism. 33, 1-18, 2021

NAD合成やNAMPTはヒトのがんでしばしば増えており、がんの発症や進展に重要な役割を果たしている可能性が示唆されています。また、NAMPTを抑制する薬の中には、抗がん作用を示すものがあります。しかし、NADの代謝やNAMPTと免疫逃避の関連は明らかではありません。
また上述のように、同じ種類のがんでも、抗PD-L1抗体には効きやすい場合と効きにくい場合があります。がん細胞の上にPD-L1が多くある方が抗PD-L1抗体がよく効きますが、それだけでは治療効果を予測しにくいという問題があります。NAD代謝とがん免疫の関連について明らかにして、抗PD-L1抗体を用いたがん免疫療法の効果を予測できるマーカーを見つけることを目的にしました。
この研究では、抗PD-L1抗体が効きにくいがんに対して、NMNの投与が抗PD-L1抗体の治療効果を高めたことも示されています。

研究の方法

がん細胞をマウスの皮下に注射して、がんの腫瘍を作り出し、様々な実験を行っています。

 

結果

・NAD代謝はTリンパ球の働きを調節して免疫逃避に関与する

研究グループは、NAMPTの働きが通常にある肝臓がん細胞とNAMPTが働かない肝臓がん細胞をマウスに注射してそれらの違いを調べました。すると、NAMPTの働きがないがん細胞を注射した場合には、出来た腫瘍のがん細胞の周囲にがんを攻撃するTリンパ球が多く集まって、がんの腫瘍サイズは小さくなりました。一方、NAMPTの働きが通常にある肝臓がん細胞を注射したマウスにNMNを投与すると、がん周囲に集まるTリンパ球の働きが抑制され、がんの腫瘍サイズは大きくなりました。
したがって、NAD代謝はがん細胞の周りに集まるTリンパ球の働きを調節して、免疫逃避に関与していると考えられました。

・NAD代謝はがん細胞上のPD-L1を増やす

NAMPTの働きがない肝臓がん細胞をマウスに注射した場合には、がん細胞上でPD-L1が増加しにくくなりました。一方、NAMPTの働きが正常にある肝臓がん細胞を注射したマウスにNMNを投与すると、がん細胞上のPD-L1は大きく増えました。これは、肝臓がん細胞だけではなく、肺がんや悪性黒色腫の細胞でも同様の結果でした。肝臓がん細胞のPD-L1を働かなくしてからマウスに皮下注射すると、腫瘍サイズは小さくなりました。
したがって、NAD代謝はがん細胞にPD-L1を誘導することで、腫瘍の免疫逃避を引き起こしていると考えられました。

・NAMPTからPD-L1までのシグナルが、がんの予後予測に有用である

研究グループは詳細なメカニズムを調べ、ヒトのがん細胞においてNAMPTからTET1、p-STAT1、IRF1と伝わるシグナル経路がPD-L1を調節していることを突き止めました。そこで、がんの組織でこのシグナル経路がどのくらい働いているか調べました。
肝臓がんの組織ではNAMPTとTET1が増加していました。STAT1は肝臓がんの68.9%で、IRF1は肝臓がんの81.6%で増加しており、このシグナル経路全体が肝臓がんで増加していると考えられました。データベースを用いてシグナル経路全体で検討すると、このシグナル経路の働きが高い患者の予後は悪いことが分かりました。

・NMNを併用すると抗PD-1抗体が効きにくいがんの治療効果が高まる

次に、研究グループは、NAMPTが通常に働いている肝臓がん細胞とNAMPTが働かない肝臓がん細胞をマウスに注射してがんを作り出した後、それらのマウスに抗PD-L1抗体による治療を行いました。すると、NAMPTの働きがない細胞を注射したマウスのがんには抗PD-L1抗体がほとんど効きませんでした。一方、NAMPTが通常に働いているがん細胞から出来たがん細胞の周囲にはがんを攻撃するT細胞が多く集まり、抗PD-L1抗体がよく効きました。ヒトの悪性黒色腫のデータベースを用いて調べたところ、腫瘍のNAMPTの働きが高い患者においては抗PD-1抗体の効果が高く、腫瘍のNAMPTの働きが低い患者においては効果が出にくいことが分かりました。
次に、もともと抗PD-L1抗体が効きにくい肺がんとすい臓がんと、抗PD-L1抗体が効きにくくするような遺伝子操作をした肝臓がん細胞をマウスに注射し、抗PD-L1抗体にNMNを併用した際の効果を調べました。すると、すべての腫瘍でNMNを併用することにより抗PD-L1抗体の効果が高まり、がんを攻撃するTリンパ球が増え、腫瘍の進展が抑えられました。

 

最後に

NAD合成に重要なNAMPTががん細胞のPD-L1を介して免疫逃避に重要な役割を果たすが明らかになりました。また、NAMPTはPD-1とともに抗体PD-1/PD-L1抗体治療の効果予測に役立つと考えられました。

NMN投与はがんを進展させる方向に働くことがあると報告されています。
今回の研究データでも、肝臓がんの細胞から作り出したがんにNMNのみ投与するとがんが大きくなりました。
一方、肺がんやすい臓がんの細胞から出来たがんにNMNのみ投与しても、特に変化は見られませんでした(前者は抗PD-(L)1抗体が効きやすく、NADレベルが高く、CD38というTリンパ球の活性化マーカーの発現が少ない腫瘍であるのに対し、後者は抗PD-(L)1抗体が効きにくくNADレベルが低くCD38の発現が高い腫瘍です。)。一方、抗PD-L1抗体とともにNMNを投与すると、治療の効果が大きく高まりました。

したがってがんに対するNMN投与は正確に使い分けるべきであり、癌腫によって異なるですが、PD-1抗体治療が効きにくいのがんに対する抗PD-1抗体によるがん免疫療法において、NMNの併用は抗腫瘍効果を高めるのに非常に効果的であると考えられると著者らは述べています。

 

用語解説

TET1・・・Tet Methylcytosine Dioxygenase 1。私たちの遺伝情報が書き込まれている物質であるDNAの修飾に関わることにより、様々な遺伝子を調節することが知られている。

 

p-STAT1・・・Signal Transducers and Activators of Transcription 1 (STAT1)の活性化型。細胞の増殖や生存、感染防御に関わることが知られている。

 

IRF1・・・Interferon regulatory factor 1。プログラムされた細胞死であるアポトーシスや免疫反応の調節や、腫瘍の抑制などの働きがあることが知られている。

執筆

亀田 歩

 

医師・医学博士。医師免許を取得後、病院勤務を経て10年ほど前より医学研究や学生教育も並行して行っております。現在はヨーロッパに研究留学中で、日本との相違点、類似点を日々実感しながら生活中です。医学には日々新たな情報があり、それを学び続けることで今後医師としての診療がより深いものになればと思います。出来るだけわかりやすく、新たな世界を知るワクワク感を共有できれば幸いです。

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