近年、世界中で糖尿病患者は著しく増加しており、2019年には糖尿病患者は4億6,300万人、成人の11人に1人が糖尿病と言われています。

<参考文献>

 IDF Diabetes atlas 9th edition 2019

中でも日本は糖尿病人口が多い国であり、成人の6人に1人が糖尿病もしくは予備軍であると考えられています。糖尿病の方が高血糖のみが原因で亡くなることは少なく、血糖値が高くても症状がほとんどないことも多くあります。しかし、慢性的な高血糖は様々な合併症を引き起こし、それが生活の質を低下させ命も脅かすことになってしまいます。したがって糖尿病の治療においては合併症を出来るだけ抑制することが非常に重要です。

<参考文献>

厚生労働省 平成28年国民健康・栄養調査

糖尿病性腎症

長い期間、高血糖が続くことによりさまざまな合併症が生じます。その中で、細い血管が障害されておこる網膜症、腎症、神経障害は3大合併症と呼ばれています。腎臓は血液をろ過して身体の老廃物を排泄するために尿を作り出す働きをしており、細い血管が集まっています。この細い血管が慢性的な高血糖により障害されることで腎臓の働きが悪くなります。腎症の初期には、尿の中に小さなタンパク質であるアルブミンが漏れ出てきます。これを微量アルブミン尿と言い、通常の尿検査では分かりません。進行すると尿には多くのタンパク質が漏れ出るようになり、さらには腎臓の機能が低下していきます。腎臓の機能が著しく低下すると、水分や老廃物を排泄することが出来なくなり生命にかかわるため、透析療法が必要になります。現在、日本で新しく透析を始める腎機能障害の原因として最も多いのは糖尿病性腎症です。2019年、日本で透析を導入された患者数は38,556人でそのうち41.6%は糖尿病性腎症が原因でした。

<参考文献>

透析会誌53(12) 

 

臨床現場では、微量アルブミン尿の段階で適切な対応が行われれば高い確率で進行を抑制できることが分かっており、尿中のアルブミン測定は非常に重要です。

今回は慶応大学などのグループからアメリカの学術雑誌Journal of American Society of Nephrologyに発表された、肥満で糖尿病のマウスの腎障害にNMN投与が効果的であったことを示した研究データをご紹介します。

<参考文献>

JASN, June 2021

Pre-emptive short-term nicotinamide mononucleotide treatment in a mouse model of diabetic nephropathy.

 

NAD(ニコチンアミド・アデニンジヌクレオチド)は細胞がエネルギーを得る過程に必須の物質です。NADはサーチュインという遺伝子がはたらく際に必要ですが、サーチュイン遺伝子の一つであるSirt1の働きは糖尿病性腎症の抑制に重要であることが動物実験で示されています。したがって、研究グループはNADの前駆物質であるNMN(ニコチンアミド・モノヌクレオチド)の糖尿病性腎症に対する効果を調べることとしました。

研究の方法

遺伝子改変により肥満となり、糖尿病を発症したマウス(ここでは肥満糖尿病マウスと記述します)とその兄弟で肥満を発症しないマウス(こちらは対照マウスと記述します)を用いて実験が行われました。肥満糖尿病マウスには、生理食塩水に溶かした500mg/kgのNMNもしくは同量の生理食塩水のみが8週齢から10週齢までの14日間投与されました。対照マウスには生理食塩水のみが14日間投与されました。

研究の結果

肥満糖尿病マウスは対照マウスと比べると2倍以上と有意に体重は重たくなりましたが、肥満糖尿病マウスにNMNを投与しても、生理食塩水のみ投与しても、体重には違いは見られませんでした。また、肥満糖尿病マウスは対照マウスと比べ、有意に血糖値が高くなりましたが、肥満糖尿病マウスにNMNを投与しても生理食塩水のみ投与しても、血糖値の違いは見られませんでした。また、肥満糖尿病マウスにNMNを投与しても生理食塩水のみ投与しても、ブドウ糖負荷試験の結果や食事量、酸素消費量、エネルギー消費量などには違いはありませんでした。

24週齢で採血検査を行い腎機能を調べたところ、対照マウス、肥満糖尿病マウスに生理食塩水のみ投与したグループ、肥満糖尿病マウスにNMNを投与したグループに差はありませんでした。10週齢(NMNを投与終了した時)、24週齢(NMNを投与終了して14週間経過した時)で肥満糖尿病マウスは対照マウスと比べて有意に尿中のアルブミンの量が多くなりましたが、NMNを投与された肥満糖尿病マウスでは尿中のアルブミンは減少していました。尿中アルブミンの減少は、30週齢(NMN投与終了して20週間経過した時)にも見られました。糖尿病性腎症の初期には、腎臓で過剰なろ過が起こります。10週齢の肥満糖尿病マウスでも過剰なろ過が起こっていましたが、これはNMN投与グループでも変化は見られませんでした。さらに、24週齢まで評価したところ、肥満糖尿病マウスは対照マウスよりも生存率が低下しましたが、NMNを投与された肥満糖尿病マウスの生存率は対照マウスとほぼ同等でした。

研究グループはマウスの腎臓の組織検査も行いました。肥満糖尿病マウスの腎臓には、ヒトの糖尿病性腎症と同様の所見が認められました。24週齢、30週齢で評価したところ、これらの所見のいくつかはNMNの投与で改善していました。

8週齢で腎臓内のNADの量を測定したところ、肥満糖尿病マウスの腎臓内のNADは対照マウスより少ないことが分かりました。全てのマウスでは、週齢がすすむにつれ、NADの濃度は少なくなりました。肥満糖尿病マウスにNMNを投与されたグループでは、NMN投与終了後14週間経った24週齢でも、生理食塩水のみ投与された肥満糖尿病マウスと比べて腎臓内のNAD濃度が高いことが分かりました。NMNが投与された肥満糖尿病マウスの腎臓では、前駆体からNADを作り出すために必要な酵素が増えており、24週齢でも高いNAD濃度に寄与したのではないかと考えられました。

以上から、NMNは肥満糖尿病マウスの初期の糖尿病性腎症の改善に効果を示し、この効果はNMN投与終了後ある程度の時間が経過しても持続していることが明らかになりました。NADはサーチュイン遺伝子が働くために必要ですが、サーチュイン遺伝子は、エピジェネティックな機序を介して様々な遺伝子の現れ方を調節しています。エピジェネティックな変化とは、遺伝子の情報が書き込まれているDNAそのものの変化ではなく、DNAやDNAが巻き付いている物質(ヒストン)が修飾されることによる遺伝子の現れ方の変化のことで、この変化はある程度の期間持続します。

肥満糖尿病マウスの腎臓ではサーチュイン遺伝子の一つであるSirt1は減少していましたが、NMN投与グループでは回復していました。さらには、その下流のエピジェネティックな変化についても、NMN投与グループで回復していることが確認されました。NMNはNADを介してサーチュイン遺伝子の働きを調節しエピジェネティックな変化を引き起こしたために、効果がある程度の長期間継続したのではないかと研究グループは述べています。

さいごに

NMNがマウスの微量アルブミン尿を改善させる効果を示したこと、薬剤の投与期間は短くてもその後長期的に効果が持続したことは大変興味深いです。

糖尿病治療において、腎臓機能障害の進行を抑制することは重要であり、今後現在の治療に加えてさらに手段が増えるようであれば、素晴らしいことだと考えます。

執筆

亀田 歩

 

医師・医学博士。医師免許を取得後、病院勤務を経て10年ほど前より医学研究や学生教育も並行して行っております。現在はヨーロッパに研究留学中で、日本との相違点、類似点を日々実感しながら生活中です。医学には日々新たな情報があり、それを学び続けることで今後医師としての診療がより深いものになればと思います。出来るだけわかりやすく、新たな世界を知るワクワク感を共有できれば幸いです。

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