今回紹介する論文はAlanna M. Cameronらによるものです。

この論文では、炎症性マクロファージが活性化する際にROSによってDNA損傷がおき、その結果NADサルベージ経路が重要な役割をもつということを示しています。

<参考>

Nature Immunology,11 March 2019

Inflammatory macrophage dependence on NAD+ salvage is a consequence of reactive oxygen species–mediated DNA damage

まず用語の解説をします。

NAD:ニコチンアミド・アデニンジヌクレオチド(nicotinamide adenine dinucleotide)を省略した表現です。エネルギーを産生する仕組みの中で重要な働きをしています。NADの前駆体には、ニコチンアミドモノヌクレオシドNMN、などがあります。ROS: reactive oxygen speciesの略です。活性酸素と訳され、細菌を攻撃するための物質ですが、自分の遺伝子を傷つけることもある諸刃の剣です。

GAPDH: glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenaseの略です。グリセルアルデヒド3リン酸脱水素酵素と訳されます。解糖というエネルギー代謝において重要な酵素で、反応のためにNADを必要とします。NADサルベージ経路:NADを合成する経路の一つで、NADを消費する酵素によってNADが分解された際、その分解産物をリサイクルしてNADを合成する経路。その経路の途中でNAMPTという酵素が重要。

NAMPT:NADサルベージ経路の中で律速酵素といわれる重要な役割を持つ酵素。
炎症性マクロファージ:マクロファージには種類があり、最初に骨髄で産生されたマクロファージをM0といい、その後炎症などによって活性化されたマクロファージを炎症性マクロファージといいます。

LPS:リポポリサッカライド(lipopolysaccaride)の略です。細菌の細胞膜に含まれ、マクロファージを炎症性マクロファージに活性化します。

PARP:ポリADPリボースポリメラーゼの略です。DNA損傷を修復する働きがあり、NADを消費する酵素です。

研究の目的

マクロファージは哺乳類の組織中にあって、微生物と戦ったり組織のホメオスタシスを保つ働きをします。それらの機能を得るためにマクロファージは活性化される必要があります。

以前の研究で、マクロファージが活性化される際に細胞の様々な活動に必要なNADHとNADのバランスが保たれる必要があるとわかっていました。いくつかの酵素によりNADが消費されると、このバランスが崩れてしまいますが、それを保つためにNADサルベージ経路がとても重要な役割をもつことになります。

LPSなどで活性化された炎症性マクロファージではNADサルベージ経路の重要な律速酵素であるNAMPTが増加することが知られていて、炎症が起きた際にNADが消費されて潜在的に不足している可能性が考えられます。この研究ではどのような原因でNADの欠乏をおこすのか、そしてNADの欠乏によってどのような代謝変化がおきるのかを詳しく調査することを目的としています。

研究の方法

マクロファージは微生物と戦うためにいくつかの方法で活性化されます。マクロファージをサイトカインやLPSで活性化し、NAMPT、NAD、ROS、DNA損傷などを測定する実験が行われました。それぞれの役割をより明確にするためにNAMPT阻害剤、GAPDH阻害剤等も実験で用いられました。

研究の結果

研究の結果、下記のことがわかりました。
① 炎症性マクロファージはNADサルベージに依存する
② NAMPTが炎症性マクロファージの活性化を調整する
③ NMNがNAMPT阻害剤によるマクロファージ活性化阻害効果をなくす
④ DNA損傷がNAD欠乏を起こす
⑤ ミトコンドリアROSがDNA損傷を起こす
⑥ 複合体Ⅲが炎症性マクロファージ活性化に必要

まず、①炎症性マクロファージはNADサルベージに依存する、についてです。体に細菌などと戦う際に起きる炎症という反応が起きた際に、細菌と戦う細胞であるマクロファージが炎症性マクロファージというものに変化します。この際に以前の研究でNAMPTという酵素が増加することが知られていました。

NAMPTの増加はNADの減少に伴って起こります。NAMPTはNADサルベージ経路というNADをリサイクルする代謝経路の重要な酵素であるため、NADが減少した際にそれを補うNADサルベージ経路を活性化させるためにNAMPTが増加すると考えられました。そこで今回の研究ではNAMPT阻害剤というNAMPTを特異的に阻害する物質を用いたところ、そのNAMPT阻害剤の用量に比例して炎症性マクロファージの細胞が死んでしまいました。これらの結果から、炎症性マクロファージは生存のためにNADサルベージ経路が必要であると考えられました。

次に②炎症性マクロファージは解糖にNADを必要とする、です。
細胞が活動するエネルギーを得る方法に効率はよくないが素早くエネルギーを得られる解糖という方法と、効率は良いが少し時間のかかる酸化的リン酸化という方法があります。

炎症性マクロファージがどちらの方法を用いてエネルギーを得ているかを、解糖の場合はECAR(細胞外酸化率)、酸化的リン酸化の場合はOCR(酸素消費率)を指標にして調べました。その結果、炎症性マクロファージではエネルギーを得る手段として解糖を用いていて、酸化的リン酸化は用いていませんでした。

炎症性マクロファージにNADサルベージ経路を阻害するNAMPT阻害剤を用いると、解糖という方法がうまく使えなくなることがわかりました。良く調べると、解糖という代謝経路の酵素はNAMPT阻害剤を用いた際にはむしろ増加していて、NAMPT阻害剤を用いるとNADが減少するわけですが、NADを必要とするGAPDHという酵素の上流で代謝物質が蓄積して増加し、下流では代謝物が不足して減少していました。

これらの結果から、炎症性マクロファージはエネルギーを得るために解糖という方法を用いていて、その反応がうまく進むためにはNADを必要とするGAPDHが働くためにNADサルベージ経路からNADが供給されることが必要であると考えられました。

次に③NAMPTが炎症性マクロファージの活性化に影響する、です。
炎症性マクロファージが活性をもっている指標としていくつかの物質があり、CD80、NOS2、pro-IL-1β、IL-6、TNFなどが代表的です。NAMPT阻害剤を炎症性マクロファージに用いるとこれらの物質が減少していました。GAPDH阻害剤を用いても同様の物質が変化していました。このことから、NAMPT阻害剤は結果的にGAPDHを阻害することで炎症性マクロファージの活性に影響すると考えられました。

次に④NMNがNAMPT阻害剤によるマクロファージ活性阻害効果をなくす、です。

 

NMNはNADサルベージ経路の途中の物質で、NAMPTのすぐ下流の物質になります。

NAMPT阻害剤を用いてもNMNを補給するとNAMPT阻害剤の効果が消失すると考えられますが、実験の結果はその通りになり、NAMPT阻害剤により影響を受けた炎症性マクロファージの活性を示す物質は回復し、NAD不足によるGAPDH活性低下が引き起こす解糖反応低下も回復させました。この結果からも、NAMPT阻害剤によるマクロファージ活性阻害効果はNADサルベージ経路阻害によるものと考えられました。

次に⑤DNA損傷がNAD欠乏を起こす、です。
今までの結果から、何らかのNAD欠乏がおきて、その後NADサルベージ経路が炎症性マクロファージで重要な役割を果たしていることが考えられたわけですが、その最初のNAD欠乏はどうしておきたのかを調べています。実験の結果、炎症性マクロファージに活性化される最初の1時間でNAD減少が始まっていて、NADを消費する酵素であるPARPが増加していました。

PARPはDNA損傷を修復する酵素であることから、DNA損傷が先に起こり、その修復のためにPARPが増加し、NAD欠乏が起きるという流れがあることが考えられました。

次に⑥ミトコンドリアROSがDNA損傷を起こす、です。
それでは次に何がDNA損傷を起こすのかという疑問が生まれます。DNA損傷をおこすものにROSというものがあり、マクロファージが活性化するとミトコンドリアが産生するROSが増加していて、ROS増加に伴って酸化ストレス反応物質も増加していたこと、さらにROSを中和するような働きをもつNアセチルシステインを用いると、ROSが減少し、DNA損傷が減少していました。これらのことから、マクロファージが刺激により炎症性マクロファージに活性化される際にミトコンドリアから産生されるROSがDNA損傷を起こしているということが考えられました。

最後に⑦複合体Ⅲが炎症性マクロファージ活性化に必要、です。
ミトコンドリアで産生されたROSの役割を詳しく知るために、さらなる実験がおこなわれました。ROSはミトコンドリアの膜上にある複合体Ⅲというところで産生されるのですが、この部位に特異的に作用してROS合成を阻害する作用を持つ物質をもちいました。すると予想通りROSは減少し、さらにDNA損傷が減少、DNA修復酵素であるPPARが減少、NADサルベージ経路の重要酵素であるNAMPTの増加を抑制しました。

また、ROSを中和する役割をもつNアセチルシステインを作用させると、ROS合成阻害したときと同様の結果が得られました。これらのことから、ミトコンドリアの膜上にある複合体Ⅲで合成されたROSが炎症性マクロファージの活性化に関連していると考えられました。

 

これらの実験結果をまとめると

炎症などでマクロファージが刺激されると、ミトコンドリア複合体Ⅲで産生されたROSがDNA損傷をおこし、PARPが活性化することで、NADが消費され、NADが欠乏するためにNADサルベージ回路のNAMPTが増加することでGAPDH活性と解糖代謝が保たれ、炎症性マクロファージが活性化されるということになります。

そして、NAMPT阻害剤などでNAMPT活性がなくなると、NADが減少することでGAPDHが働かず、解糖代謝が減少しマクロファージがエネルギーを得られなくなります。そして炎症性物質の産生が減少します。この状態でNADサルベージ経路のNAMPTのすぐ下流の物質であるNMNを追加すると、この代謝変化を回復させることができます。

現在世界中に流行しているコロナウイルス感染症も全身に炎症が起き炎症性物質が全身に広がるサイトカインストームによってマクロファージの活性化がこの実験結果と同様に起きている可能性があります。

炎症性マクロファージが関連する疾患においてはこの代謝変化を考慮すると治療の可能性が広がるかもしれません。今後のさらなる研究の進展が期待されます。

執筆

篠原翼

 

認定医:日本プライマリケア連合学会認定プライマリケア認定医・日本医師会認定産業医 専門医:日本プライマリケア連合学会認定家庭医療専門医 所属学会:日本プライマリケア連合学会 千葉大学医学部卒業後、JR東京総合病院、亀田総合病院を経て、現在三浦海岸つばさクリニック院長。対話を大切にし、安心・信頼・満足できる医療を提供している。診療科目:内科・小児科・皮膚科・漢方内科。

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