新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は世界中どこでも例外なく、高齢者ほど重症化しやすく、年齢が上がると死亡率が急増します。

日本でも、基礎疾患のない60歳未満の入院患者における死亡率は0.1%であったのに対し、80歳以上では12.8%にも達したことが報告されています。基礎疾患がある場合の死亡率は、60歳未満で1.0%であったのに対し、80歳以上では20.5%にもなりました。

<参考>

Oxford University Press, 2020 Sep

Clinical epidemiology of hospitalized patients with COVID-19 in Japan: Report of the COVID-19 RESISTRY JAPAN. Clin Infect Dis.

 

では、なぜCOVID-19は高齢者で重症化しやすいのでしょうか?

今回は、2020年5月に発表された総説論文をご紹介します。この論文では、高齢者でCOVID-19が重症化しやすい原因について考察されています。

 

免疫系の変化

新型コロナウイルスから身体を守るためにまず重要となるのが私たちの免疫です。

加齢により免疫システムに以下の2つの変化が見られます。

 

①免疫機能が徐々に低下する

・肺胞マクロファージの機能低下

私たちの肺では、肺胞マクロファージと呼ばれる白血球の一種である細胞がゴミ、アレルゲン、ウイルスなど病原体を監視しており、それらの異物が肺に侵入した際に他の免疫を担当する細胞を呼び寄せ、リンパ球に病原体の情報を伝えます。リンパ球は病原体を直接攻撃したり、抗体を作り出したりすることで、異物を身体から排除しようとします。加齢とともに肺胞マクロファージの数は増えますが、その機能は大きく低下し、リンパ球に病原体の情報を伝える能力も低下することが分かっています。

・胸腺の委縮

胸腺は胸の前にある胸骨という骨の内側、心臓の前上方にある臓器です。胸腺は免疫を担当するリンパ球が未熟な状態から成熟する場です。65歳以上になると胸腺が委縮し、少しずつ脂肪組織に置き換わっていきます。

・リンパ球の減少

60歳以上になるとリンパ球の数が減ると報告されています。

・ビタミンDの低下

ビタミンDはリンパ球の状態を変化させて、サイトカイン*の産生に影響します。ビタミンDは高齢者の半数で減少していると報告されています。ビタミンDを補充することで、急性呼吸器感染症を20%減少させることができたという報告があります。

*主に免疫系の細胞から分泌されるタンパク質で、細胞同士の相互作用などの働きをもちます。病原体などが原因で炎症性サイトカインが分泌されると、身体の炎症が促され、免疫反応が活性化されます。

 

②慢性的な炎症が起こる

COVID-19の重症患者では、ウイルスは肺のみではなく複数の臓器にひろがり、感染した部位に免疫細胞が集まると炎症が拡大し、肺、心臓、腎臓、肝臓、脳などの血管内皮細胞を障害します。ウイルスの量が減少しても、サイトカインが過剰になるとサイトカインストームと呼ばれる状態が引き起こされ、全身の凝固能が亢進し、低酸素状態が悪化し、他の臓器にも炎症が広がります。サイトカインストームの原因ははっきりしていませんが、死んだ細胞から放出された多量のウイルス抗原を免疫系が感知することにより引き起こされるのではないかと考えられています。サイトカインストームが認められた患者の82%は60歳以上であったとの報告があります。

ではなぜ高齢者でサイトカインストームがより起こりやすいのでしょうか。

*血液凝固:出血を止めるために身体が血液を凝固させるための一連の反応。細菌やウイルス感染、がんなどの病気などが引き金になって血液凝固が過度になると出血が制御できなくなったり、小さな血栓があちこちに出来て多くの臓器を障害したりすると播種性血管内凝固と呼ばれる状態となる。

・inflammaging

高齢者では炎症が起きやすくなっており、加齢(aging)に伴う炎症(inflammation)はinflammagingと呼ばれます。inflammagingはサイトカインストームの主要なリスク因子であり、それに加えて肥満、食生活の乱れ、口腔内環境の乱れ、腸内細菌叢の乱れ、運動不足などでリスクがより増大するのではないか考えられています。

臨床現場では、血液凝固の指標であるD-ダイマーの数値がCOVID-19重症度の指標として使われています。加齢による血管の炎症を反映して、年齢とともにもともとのD-ダイマーの数値は高くなってます。

・NLRP3

より細かい分子レベルでは、炎症を惹起する働きをもつタンパク質であるNLRP3(NLR family pyrin domain containing 3)が重要な役割を果たしていると考えられています。老化を制御する遺伝子であるサーチュイン遺伝子にはSIRT1~SIRT7までありますが、その一つであるSIRT2はNLRP3を抑制する働きを持ちます。サーチュインは、細胞のエネルギー産生に必要なNAD(ニコチンアミド・アデノシンジヌクレオチド)によって調節されています。NADは加齢とともに減少するため、高齢者ではNADが少なくSIRT2の働きが低下して、NLRP3の働きが高まっているため、炎症が惹起されやすくなっているのではないかと考えられます。

エピジェネティックな変化

エピジェネティックな変化とは、遺伝情報である遺伝子が書き込まれている物質であるDNA(デオキシリボ核酸)そのものの変化ではなく、DNADNAが巻き付いている物質(ヒストン)が修飾されることによる遺伝子の現れ方の変化です。ヒトにおいては、ライフスタイル、食生活、環境など様々な要因でエピジェネティックな変化が起こり、それに伴って遺伝子の表れ方が変化することが分かっています。一卵性双生児は持っている遺伝子は全く同じですが、性格や外見、病気にかかりやすさなど全く一緒ではないのはエピジェネティック修飾に違いがあるためです。一卵性双生児では子供のうちと比べて、高齢となるほどエピジェネティック修飾の違いが大きくなってきます。つまり、私たちの身体では加齢とともにエピジェネティック修飾が蓄積していくのです。

加齢によりエピジェネティック修飾の調節が悪くなると慢性疾患の原因となったり、加齢そのものの原因となったりすると考えられています。さらに、免疫細胞の組成や機能が変化し、ウイルス防御能に悪影響をもたらすことが分かっています。

新型コロナウイルスはアンギオテンシン変換酵素という細胞の膜にある酵素を使って細胞の中に入り込みますが、この酵素にもエピジェネティック修飾が関連しています。サーチュインの中でSIRT1はアンギオテンシン変換酵素2をエピジェネティックな機序で調節します。高齢者ではやはりこの調節状態が変化しており、COVID-19リスクの一つであると考えられます。

<参考>

National Library of Medicine, 2020 May

Why does COVID-19 disproportionately affect older people?

 

前述の加齢によりNADは減少しますが、新型コロナウイルス感染でもNADは減少します。SIRT1やSIRT2、SIRT6には炎症を抑える効果があると考えられています。したがってNADが減少し、サーチュインの働きが抑制されると、COVID-19による炎症が悪化すると考えられます。

このことから、特に高齢者では、NADの前駆体であるNMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)やNR(ニコチンアミドリボシド)を補うことでNADを増加させることはCOVID-19の治療の一つになるのではないかと考えられます。

*アンギオテンシン変換酵素:血圧をあげる代表的なホルモンであるアンギオテンシンを作り出す酵素。この酵素の阻害薬は降圧薬や心不全治療薬、腎臓保護薬として広く使われています。

 

生物学的年齢

近年、実際の「年齢」ではなく「生物学的年齢」を用いる方がヒトの健康や寿命をより正確に予測できるのではないかと考えられています。さらに、この「生物学的年齢」を用いることで、COVID-19重症化のリスク予測が出来るのではないかと考えられています。つまり、実際の年齢と比較して「生物学的な年齢」の方が低い場合には、COVID-19重症化リスクは一般的なデータよりよりも低くなりますが、「生物学的な年齢」の方が高い場合は、リスクが高くなります。

 

①エピジェネティックな年齢

年齢とともにエピジェネティックな変化が起こり、免疫機能に大きな影響を与えることが分かっています。ある特定の部分のDNAの修飾程度をみることで、「生物学的年齢」や「ある病気にかかりやすさ」を推測することが出来ます。今後の研究により、COVID-19にかかりやすいかを検討したり、COVID-19によってどの程度エピジェネティックな年齢に変化が出るか調べたりすることが出来ると考えられます。

 

②糖化年齢

細胞の表面や血液中のタンパク質に様々な糖が結合することを糖化といいます。結合する糖の種類や程度は年齢や環境により変化することが知られています。体内で細菌やウイルスなどの異物に結合する抗体に結合する糖を調べることで、炎症の度合いを調べることも出来ます。したがって、糖化年齢も「生物学的年齢」やCOVID-19の重症化予測に使えるのではないかと考えられています。

 

③免疫年齢

人の免疫をつかさどる細胞の組成や遺伝子といった免疫システムは年齢とともに多様化するため、高齢になるほど感染症へのかかりやすさの個人差が大きくなると考えられています。免疫年齢を用いて高齢者の死亡率を予測するシステムが既に構築されており、COVID-19のリスク予測にも有用なのではないかと考えられています。

 

 

まとめ

高齢者では、免疫システムの変化、慢性的な炎症、エピジェネティックな変化などにより、COVID-19に感染しやすく、重症化しやすいと考えられることが分かりました。そのリスクを考慮する際には、実際の年齢より「生物学的な年齢」の方が重要と考えられることも分かりました。

COVID-19については、未だ明らかになっていないことも多いですが、「生物学的な年齢」に対抗するような対策をとることがハイリスクの高齢者にとって有効であると考えられます。

執筆

亀田 歩

 

医師・医学博士。医師免許を取得後、病院勤務を経て10年ほど前より医学研究や学生教育も並行して行っております。現在はヨーロッパに研究留学中で、日本との相違点、類似点を日々実感しながら生活中です。医学には日々新たな情報があり、それを学び続けることで今後医師としての診療がより深いものになればと思います。出来るだけわかりやすく、新たな世界を知るワクワク感を共有できれば幸いです。

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