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2019年に最初に報告されて以来、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は瞬く間に世界中に広がり、現在までに1億人以上が感染し、200万人以上が亡くなりました。日本では40万人以上が感染し、7000人以上が亡くなりました(2021年2月21日現在)。
私たちは多くの症例から学び、日々研究が行われていますが、効果的な治療法、予防法に乏しいのが現状です。

NADとは?

わたしたち生物は常にエネルギーを使いながら生きています。身体を構成する細胞がエネルギーを得る過程にはNAD(ニコチンアミド・アデノシンジヌクレオチド)という物質が必要です。
NADには、身体の中で出来たある種のタンパク質を修飾することでタンパク質の機能を変化させて、細胞の機能を調節する働きもあることがわかっています。

NADとCOVID-19

細胞や動物を使った実験では、NADが免疫系の活動を調節することが示されています。COVID-19は高齢であるほどリスクが高く、高齢となるほど体内のNADが減少することが知られています。NADを増加させることで、免疫力を高め、ウイルス感染に強くなったり、ワクチンを投与した際に効果を高めたりすることが期待され、現在臨床試験が行われています。

<参考>

ClinicalTrials.gov, 2020 May

Effects of Nicotinamide Riboside on the Clinical Outcome of Covid-19 in the Elderly (NR-COVID19)

コロナウイルスは自身でエネルギー、核酸、アミノ酸、脂肪、タンパク質といったウイルスの増殖に必要な材料を作り出すことが出来ません。そこでウイルスは、感染したヒトの身体の中の材料を用いて複製し、増殖します。ウイルスのエネルギー減としてもNADが必要ですが、NADがウイルス増殖にどのような役割を果たすのかはよく分かっていません。

そこで今回、新型コロナウイルス感染により、細胞内のNADとその代謝にどのような変化がみられるのか、NADを増加させるとウイルス増殖に影響があるのか見当した研究論文をご紹介します。この研究論文では、ウイルス感染により、PARP(ポリADPリボースポリメラーゼ、パープとも読みます)という酵素群が増えることに注目しています。

<参考>

NCBI, 2020 Oct

Coronavirus infection and PARP expression dysregulate the NAD metabolome: An actionable component of innate immunity.

PARPとは?

PARPとは、私たちの遺伝情報が書き込まれている遺伝子が存在するDNA(デオキシリボ核酸)が切断されたことを認識して、これを修復する働きをもつ酵素群で、PARP1からPARP17まで17種類があります。PARPのうちいくつかはインターフェロンという、ウイルスに感染した際にウイルスを排除するために体内で作られるタンパク質により誘導されることが知られています。PARPはNADを使って、NADの一部を標的であるタンパク質に結合させる修飾をして、タンパク質に変化を与えます。一方、コロナウイルスに存在するCARH(コロナウイルスADPリボースヒドロラーゼ)という部位にはPARPとは逆のはたらき、つまり、このNADを用いた修飾を取り除く働きがあります。PARPのうち、PARP1, PARP2が最もよく研究されておりますが、この研究論文では、PARP1, 2以外のPARP(ここでは「マイナーなPARP」と表現します)の変化に特に注目しています。

研究の目的

新型コロナウイルスに感染した際のPARPやNADがどのように変化し、それらがどのような働きをもつのか調べることを目的として研究が行われました。

研究の方法

マウスの細胞やマウスそのものにマウス肝炎ウイルス*を感染させたり、ヒトの細胞に新型コロナウイルスを感染させたりして、PARPの変化やNADの変化を調べました。また、COVID-19患者の肺や肺から採取した液体サンプルを用いても。同様の解析を行いました。
*マウス肝炎ウイルス コロナウイルス科コロナウイルス属に属する、新型コロナウイルスの仲間です。感染力、致死性ともに大変強く、現在までに多くの研究が行われているためデータが多く存在します。

結果

・マウスへのマウス肝炎ウイルス感染や、ヒトへの新型コロナウイルス感染により、マイナーなPARPが誘導される
マウスのマクロファージという細胞(侵入したウイルスの情報を他の細胞に伝えたり、ウイルスを食べて消化してしまったりする働きがある細胞)にマウス肝炎ウイルス細胞を感染させたり、ヒトの肺や気管支の細胞に新型コロナウイルスを感染させることにより、マイナーなPARPが強く誘導されました。このマイナーなPARPの誘導は、感染させるウイルスを増やすことにより、より強まることが分かりました。

COVID-19で亡くなった患者の肺でも調べたところ、COVID-19ではないヒトの肺サンプルデータと比べてマイナーなPARPが多く誘導されていました。さらに、COVID-19患者から採取した肺胞洗浄液でも調べたところ、COVID-19ではないヒトの肺胞洗浄液*のデータと比較すると、マイナーなPARPが多く誘導されていました。
*肺胞洗浄液…肺の一部に生理食塩水を入れて洗浄し、気管支鏡という肺のカメラ検査で回収した液体

・マウスへのマウス肝炎ウイルス感染や、ヒトへの新型コロナウイルス感染により、NADに関わる遺伝子の調節不全が起きる
私たちの身体の中で、NADは大きく分けて二つの経路で合成されます。一つは、トリプトファンというアミノ酸から新たに作られる「経路1」で、もう一つはニコチンアミド、ニコチン酸(この二つはビタミンB3とも呼ばれます)、ニコチンアミドリボースを再利用してから作られる「経路2」です。
ヒトの肺由来の細胞に新型コロナウイルスを感染させると、「経路1」に必要な酵素を調節する遺伝子の現れ方が減少していました。一方、「経路2」に必要な酵素を調節する遺伝子の現れ方は増加していました。
COVID-19患者から採取した肺胞洗浄液では、COVID-19ではないヒトの肺胞洗浄液と比較し、「経路2」に必要な酵素を調節する遺伝子の現れ方が増加していました。

・マウス肝炎ウイルス感染により、細胞内のNAD濃度が減少する
マウスの脳腫瘍由来細胞やマクロファージにマウス肝炎ウイルスを感染させると、細胞の中のNAD濃度は1/3程度に減少しました。

・薬剤を用いてNADを増やすと、変異のあるマウス肝炎ウイルスが増えにくくなる
PARP説明の項で少し触れたCARHは、コロナウイルスの複製と病原性の維持に重要であることが分かっています。
筆者らは薬剤を用いてNAD濃度を増やすことでウイルスが増えにくくすることができるか確認することにしました。そこで、CARH部位に変異のあるマウス肝炎ウイルス(PARPによるNADを用いた修飾を、取り除く働きができないウイルス)を線維芽細胞(皮膚の下の神秘に存在する細胞)というマウス肝炎ウイルスが増えにくいタイプの細胞に感染させました。さらに、ニコチン酸、ニコチンアミド、ニコチンアミドからNADを合成するのに必要な酵素を活性化するSBIという薬剤、ニコチンアミドリボースをそれぞれ加えました。これらは、全て「経路2」を介してNADを増加させる作用のある薬剤です。変異のあるマウス肝炎ウイルスは、変異のないマウス肝炎ウイルスと同程度に増えましたが、ニコチン酸、ニコチンアミド、SBI、ニコチンアミドリボースを加えることでいずれも増えにくくなりました。変異のないウイルスを繊維芽細胞に感染させた場合は、これらの薬剤を加えてもウイルス増殖に影響は見られませんでした。
次に、同じように変異のあるマウス肝炎ウイルスと変異のないマウス肝炎ウイルスをマウスのマクロファージに感染させました。変異があるウイルスは、変異のないウイルスと比較すると増えにくく、これにニコチンアミドリボースを加えると、さらにウイルスは増えにくくなりました。

著者らの考察

著者らは以下のように記述しています。
「ウイルス感染した際にNADを減らすことで、私たちの細胞はウイルスが増えにくい環境を作っているとすると、薬剤を用いてNADの濃度を上げるとウイルスの増殖を促進してしまう可能性も考えられましたが、薬剤を用いてNADの濃度を上げてもウイルス(変異がないものも)は増えませんでした。
NADの合成を促進する薬剤でウイルスの増えが抑えられたのは、変異のあるウイルスのみで、変異のないウイルスでは効果は見られませんでしたが、少なくともNADの濃度を高めることが、ウイルスから身を守る方向に働くことが分かりました。
NADには炎症性のサイトカイン(主に免疫系の細胞から分泌されるタンパク質で、細胞同士の相互作用などの働きをもつ。ウイルスに感染した場合、細胞がサイトカインを出し、免疫細胞に情報を伝えます)を抑える働きがあり、COVID-19患者におけるサイトカインストーム*を抑制する働きもあると考えられます。
このことを考えても、今後NADを高める薬剤をCOVID-19患者やその予防目的での効果を確認していくべきであると考えられます。」
*サイトカインストーム:炎症が進み、サイトカインの分泌が過剰になるとコントロールが出来なくなり、自分自身の細胞も傷つけてしまう

まとめ

今回ご紹介した論文ではNAD濃度を上げる薬剤によるウイルスの増えを抑制できたのは、は変異のあるウイルスにおいてのみでしたが、コロナウイルス感染がPARPを誘導すること、NADを合成する酵素を調節する遺伝子の現れ方を変化させること、NAD濃度を低下させることから、新型コロナウイルス感染と細胞内NAD濃度には密接な関連があることが分かりました。
今後、NADが新型コロナウイルス感染の治療や予防に効果を示すかどうかについて、さらなる研究成果や臨床試験結果による検討が望まれます。

執筆

亀田 歩

 

医師・医学博士。医師免許を取得後、病院勤務を経て10年ほど前より医学研究や学生教育も並行して行っております。現在はヨーロッパに研究留学中で、日本との相違点、類似点を日々実感しながら生活中です。医学には日々新たな情報があり、それを学び続けることで今後医師としての診療がより深いものになればと思います。出来るだけわかりやすく、新たな世界を知るワクワク感を共有できれば幸いです。

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