テロメアが老化と関連する
テロメアという言葉は皆さん聞いたことがあるのではないでしょうか。染色体の一部で、老化に関連するとされています。染色体は2本の鎖が並んだ線状の構造をしていて、テロメアはその端に位置しています。靴紐の先のプラスチックの部分に例えられ、染色体の端がほつれたり、互いにくっつくのを防ぐ働きがあります。
テロメアについての研究は以前から徐々に進んでいて、細胞の分裂の際にテロメアが短くなること、テロメアの長さが細胞の老化と関連があり、細胞の老化と個体の老化の関連が推測されているということ、テロメラーゼというテロメアの長さを伸ばす物質があり、テロメアが分裂ごとにどんどん短くなることを防いでいることなどがわかってきていました。一方、テロメアが具体的にどのように老化と関連するかという詳しい仕組みは分かっていませんでした。
今回紹介する一つ目の論文は天野らによるものです。
この論文では、テロメアがどのように老化や病気と関係しているかということを示しています。研究の結果、テロメアがサーチュインという物質と関連が強いことがわかりました。
<参考>
Cell March 28, 2019
Telomere dysfunction induces sirtuin repression that drives telomere-dependent disease
サーチュインとは、老化と関連するといわれる細胞内の酵素です。多くの生物でサーチュインと似た酵素があり、人間の場合は7種類あるとされます。サーチュインの代表的な働きとしては、ヒストンという物質に作用(脱アセチル化といいます)して、DNAとヒストンの結びつきを調節するというものがあります。ヒストンは普段遺伝子と結合していて、ヒストンと結合している部分の遺伝子は安定した状態にあります。サーチュインはこの遺伝子を安定化する働きによって老化と関連するとされています。サーチュインが働くときにはNADが必要とされています。
NADは、ニコチンアミド・アデニンジヌクレオチド(nicotinamide adenine dinucleotide)を省略した表現です。エネルギーを産生する仕組みの中で重要な働きをしています。サーチュインが働くときにNADを必要とします。
NMNは、ニコチンアミド・モノヌクレオチド(nicotinamide mononucleotide)を省略した表現です。NADの前駆体で、NMNにある酵素が作用するとNADとなります。
NRはニコチンアミド・リボシド(nicotinamide riboside)を省略した表現で、NMNのさらに前駆体になります。
つまり、NRがNMNになり、NADとなります。
研究の方法
テロメアの長さを保つのに必要なテロメラーゼが働かないマウス(つまりテロメアの長さを保つことができず、テロメアが短縮しているマウス)を用いました。このテロメアが短縮したマウスはいろいろな細胞に分化する幹細胞の障害、皮膚や腸などの代謝回転が速い組織の再生が遅い、心筋症、寿命短縮などの特徴があります。このマウスを用いてサーチュインの量と、サーチュインの働き(サーチュインが作用する物質のアセチル化の量)を調べました。
研究の結果
・テロメアが働かないと、サーチュインが少なく、サーチュインが働かなくなりました。
・テロメアが働かない場合に、NADが増加するとサーチュインの働きがよくなり、ミトコンドリア機能が改善しました。
・NMNを投与するとテロメアが長くなり、DNAの傷が減り、肝臓の線維化がよくなりました。
・テロメアが働かないと、7つのサーチュインすべて働きが乏しくなりました。
この研究のまとめ
テロメアが働かないと、サーチュインが機能せず、細胞分裂に対する悪影響、線維化、老化などをおこします。テロメアの長さをたもつテロメラーゼがないマウスを用いて、テロメアの短さがサーチュインを減らしてしまうことがわかりました。また、NAD前駆体のNMNによってテロメアの長さが保たれたり、DNAが傷つくことが減ったり、サーチュインの働きを補助して組織の線維化を緩和することがわかりました。
一つ目の論文から、短いテロメアがサーチュインの量を減らしてしまい、老化に関連する病気を引き起こすことと、NMNを用いるとサーチュインの働きを補助して短いテロメアによる病気を緩和することがわかりました。
次に紹介する論文は、Sunらによるものです。
<参考>
EMBO J. 2020 Sep 16
Re‐equilibration of imbalanced NAD metabolism ameliorates the impact of telomere dysfunction
この研究ではテロメア関連疾患患者と、テロメアが働かないマウスで、NAD代謝が変化していることが示されました。
研究の方法
テロメア短縮によっておこる先天性角化異常症という病気の患者と、テロメラーゼ欠失マウス(つまりテロメアを長くすることができないためテロメアが短いマウス)の線維芽細胞を用いて、テロメア短縮、NAD代謝、ミトコンドリア機能維持、細胞老化の関連を調べました。
結果
・テロメアが短く機能しないと、NADが減少しました。
・テロメア関連疾患である先天性角化異常症の患者ではNADの量が少なく、NADによって影響を受けるサーチュイン1の働きが乏しくなりました。
・先天性角化異常症患者の細胞でNADを増加させると、サーチュイン、ミトコンドリアの働きが改善しました。
・テロメアが短いテロメラーゼ欠失マウスでもNAD代謝に問題がありました。
・NR(ニコチンアミドリボシド)投与でテロメア機能不全によるDNAダメージが減りました。
・NADを投与すると角化異常症線維芽細胞のミトコンドリア機能が改善しました。
・NRを投与すると角化異常症線維芽細胞のミトコンドリア分解過程の障害が改善しました。
・NADを投与すると角化異常症線維芽細胞の細胞老化を遅らせました。
テロメアが短いとNADが減り、それによりサーチュインも減少しました。この場合にNADの前駆物質であるNRを投与すると、染色体のダメージが減り、ミトコンドリアの働きが改善し、細胞の老化を遅らせることができました。
二つの論文をまとめます。テロメアが短いことでNADやサーチュインが減少し、それによって染色体が損傷を受けやすく、細胞が老化しやすくなります。NADの前駆物質であるNMN、NRを投与することでテロメアが短いことによる悪影響を緩和できる可能性があるといえます。