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日本は、高齢化社会(人口に占める65歳以上の割合が7%を超えている状態)を超えて、超高齢社会(口に占める65歳以上の割合が21%を超えている状態)と言われています。

ただし、これは日本に限った状況ではなく、多くの国の平均寿命はここ100年で世界的に大きく伸び、30カ国近くの国で80歳を超え、ほとんど国の平均寿命は80歳近くになっています。

日本では伸び率は徐々に緩やかになっていますが、最高値を亢進し続けています。

世界の平均寿命ランキング・男女国別順位、WHO 2018年版

引用:世界の平均寿命ランキング・男女国別順位、WHO 2018年版

 

現代医療や公衆衛生の分野ではこれらの数字は大きな業績です。しかし、平均寿命の延長に伴い、人生の晩期でがんや慢性疾患に悩まされる人が増えています。

終末期での疾患の罹患期間を縮め、自立した生活ができる期間、すなわち健康寿命をいかに伸ばすかが現在の社会福祉における焦点となっています。

日本では80歳以上の人口の約35%がフレイル (筋力や認知機能などが低下し介護が必要な状態) の状態であると報告されています。

<参考>

桜美林大学老年学総合研究所国立長寿医療研究センター 鈴木隆雄

後期高齢者の健康-フレイル対策を中心とした保健事業についてー

 

現在のところ、フレイルだけでなく、加齢性の慢性疾患の病態が完全には解明されていないため、高齢者の身体機能や認知機能を改善する根本的な医療介入は存在しません。

<参考>

日老医誌 2015

フレイルの臨床的・社会的意義を考える

最新の科学研究から、老化した細胞 (「老化細胞」) がヒトの個体としての老化に大きな影響を与えていることが明らかになってきました。老化細胞を理解することで、加齢に伴うとされる病態を改善する新しい医療が開発されようとしています。

<補足情報>

厚生労働省ではフレイルを
「加齢とともに心身の活力(運動機能や認知機能等)が低下し、複数の慢性疾患の併存などの影響もあり、生活機能が障害され、心身の脆弱性が出現した状態であるが、一方で適切な介入・支援により、生活機能の維持向上が可能な状態」(厚生労働省研究班報告書)としており、「健康な状態と日常生活でサポートが必要な介護状態の中間」を意味します。

 

 

老化細胞とは

通常の細胞は、遺伝子の複製、分配を経て細胞が分裂します。そして細胞に傷がついたり不要になったりすることで細胞死 (アポトーシス) が誘導されます。

一方で、老化細胞はこのような細胞の営みがほとんど停止しています。すなわち老化細胞は、増殖も死も免疫系による排除からも逃れ、加齢とともに生体内に蓄積されると考えられています。

細胞の老化は遺伝子の損傷、ミトコンドリアの機能不全および炎症などで誘発されます。そして加齢と共に増加していきます。特にいくつかの慢性疾患の病変部位で多く存在し、がんなどの治療に用いる放射線療法や化学療法の後に増加することが知られています。また老化細胞は生殖細胞以外のほとんどの組織で発生します。

ただ体に留まっているだけなら、老化細胞はなんら問題にならないでしょう。しかし老化細胞は、炎症を引き起こすサイトカインやケモカイン、タンパク質を溶かすプロテアーゼ、さらに他の正常な細胞の振る舞いにも影響を与えるようなメッセージ (エクソソーム) などを放出し続けます。

このような老化細胞の性質を老化関連分泌表現型(SASP)と呼び、SASP因子はは局所だけでなく全身にも影響を与えている可能性が示唆されています。このような特徴を持つことから科学誌Natureには老化細胞を“ゾンビ細胞と揶揄した記事が掲載されています。

<参考>

Nature.25 October 2017

To stay young, kill zombie cells

 

では老化細胞はどの程度、身体に影響を与えるのでしょうか。

2011年の研究では老化細胞を排除できるマウスを作成したところ、加齢に伴う病態の発症が遅れることが明らかとなりました。つまり老化細胞が加齢にともなう病態に関わっていることが示唆され、老化細胞を除去することで、組織の機能障害を予防または遅延させ、健康寿命を延ばすことが可能であると報告されたのです。

 

<参考>

Nature. 2011 Nov 2

Clearance of p16Ink4a-positive senescent cells delays ageing-associated disorders

 

この発見により老化細胞の研究が一段と進み、様々な病態への関与や老化細胞を排除する方法を模索するプロジェクトが立ち上がりました。これまでの研究報告によれば、老化して機能が低下した臓器や組織には老化細胞が蓄積しており、例えば変形性関節炎や慢性的な炎症部位、動脈硬化症などにおいて老化細胞の関与が見られます。

さらに老化細胞を排除することで特定の病気を緩和または予防することができることも確認されました。

マウスの実験では加齢による体力の衰えを予防し、毛並みの密度、腎臓の機能の回復だけでなく肺疾患の改善、軟骨の修復も確認されています。

また、マウスの寿命の中央値が約25%延長されたケースも報告されています。この分野の第一線で活躍するある研究者は「老化細胞を除去するだけで、組織の機能を維持、向上させることができるだろう。」と語っています。

そして、老化細胞を選択的に排除する薬剤を開発するためのスクリーニング方法も確立されてきており、老化細胞を選択的に殺すことができる薬剤の候補がいくつか発見されています。

これらはセノリティクス (老化という意味のsenescence と溶解や破壊という意味の –lyticを合わせた造語) と呼ばれています。2015年に発表された論文では、セノリティクス薬の候補としてダサチニブとケルセチンを同定し、これらを投与することで加齢による心機能の低下や放射線照射による筋肉の低下を抑えられることが確認されました。また早老症のモデルマウスに投与すると、加齢に伴ういくつかの症状の発症が遅延し健康寿命が延長されました。

<参考>

Aging  Cell.09 March 2015

The Achilles’ heel of senescent cells: from transcriptome to senolytic drugs

 

現在までに10種類以上のセノリティクス薬の候補となる化合物が同定されており、薬の投与によって老化細胞を選択的に排除し、それによって加齢を原因とする種々の症状が緩和され、健康寿命を延ばすことができる可能性を実証する研究が報告されています。

現在、多くのバイオテクノロジーベンチャー企業や製薬会社が、米AmazonCEOであるジェフ・ベゾス氏をはじめとする有名投資家たちの援助を受けてセノリティクス薬の研究開発に熱心に取り組んでいます。慢性腎不全や変形性関節症などの治験もスタートしており、加齢性黄斑変性などへの適応に関する研究も進められているようです。

また、糖尿病など多くの慢性疾患に対する治療方法の確立も視野に入れた研究が進められています。

興味深いことに、セノリティクス薬の候補として同定されている化合物の中にはダサチニブ (白血病治療薬) のような医薬品もありますが、ケルセチンはタマネギなどに多く含まれる天然の化合物です。

ケルセチンは植物性ポリフェノールであることから、他の植物性ポリフェノールにも同様にセノリティクス活性があるかを検討した論文が2018年に発表されました。

<参考>

EBioMedicine . 2018 Oct

Fisetin Is a Senotherapeutic That Extends Health and Lifespan

10種類の植物性ポリフェノールを解析した結果、その中でフィセチンが最も強力なセノリティクス活性を持つことが分かりました。すなわちフィセチンは正常な細胞の生存には影響を与えずに、老化細胞の数を選択的に減らすことができます。フィセチンをマウスに与えることで複数の組織において老化細胞が放出するSASPが減少し、すべての種類の老化細胞を一様に減少させるわけではないものの、多くの組織や臓器の老化細胞が減少しました。

フィセチンは、免疫で中心的な役割を担うT細胞およびNK細胞の中で加齢により老化した細胞を減少させました。この結果は、フィセチンには長寿に重要な健康で若々しい免疫機能の維持に効果がある可能性を示唆するものです。さらには炎症や酸化ストレスのマーカーも減少することが確認されました。

マウスにフィセチンの投与を続けると、寿命の中央値と最大値が上昇し、健康寿命を延ばす結果が得られました。重要なことに、この研究では加齢後の臨床的な介入を想定しており、フィセチンの投与は20ヶ月齢のマウス (ヒトで換算すると60歳近く) で開始されています。

フィセチンは、他のポリフェノールと同様に強い抗酸化作用だけでなく、いくつかのタイプのがんに抗がん作用を示し、また神経を保護する作用なども報告されています。よって上記の効果はセノリティクス活性だけではないかも知れません。

フィセチンは私たちが日常的に摂っている食べ物に含まれています。リンゴや柿、ブドウ、タマネギ、キュウリなどの多くの果物や野菜にフィセチンが含まれており、イチゴには多く含有されています (0.16mg/g)。これは次にフィセチン含有量が多いとされるリンゴの約6倍にもなります。日本の平均的な食事において、天然由来のフィセチンの食事摂取量は約0.4 mg/日であることが報告されています。

<参考>

ARS.18 Jun 2013

Fisetin: A Dietary Antioxidant for Health Promotion

マウスを用いた上記の実験では通常の餌にフィセチンを添加しており、マウスは1日あたり約60 mg/kgのフィセチンを摂取(体重50kg換算でしたら3000mgになります。)していました。

フィセチンは、一般的な食品に含まれ、経口摂取できる天然の化合物であり、副作用がないことも報告されています。よってフィセチンは高齢者の健康を増進するためにすぐにでも利用可能な物質と言えるでしょう。研究チームは、フィセチンが老化による諸症状の緩和に与える影響を評価する臨床試験を進めています。

セノリティクス薬は、まさに今開発中です。フィセチンがヒトでも同様な効果を示すか臨床研究の成果が期待されます。これまでの動物実験の有望な結果から、セノリティクス薬を服用することで寿命が長くなるだけでなく、変形性膝関節炎による痛みから開放され、加齢により衰えた視力が戻り、さらに糖尿病などの加齢性の慢性疾患に悩まされることがなくなる可能性があります。そして身体的にも若返りを感じることになるでしょう。

これまで研究では加齢は抗うことのできない自然の摂理であると受け入れてきましたが、現在では治療可能な病気の1種として考えられてきています。セノリティクス薬の誕生は老化のない未来を切り開く第一歩になるでしょう。

 

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執筆

薬学博士・薬剤師

linus7

 

薬剤師免許取得後、薬学博士を修了し大学で研究および教育業務に勤めました。その後、薬剤師として臨床現場で従事してきました。2人の子の父で子育てにも奮闘中です。健康や薬、子育て、教育などに興味を持っており、特にがんや代謝、感染症などの分野を得意としています。現在社会では、一見問題ないように我々は生活を送れていますが、実は多くの解決すべき問題を抱えています。より良い社会を作るためには、社会全体で知識を共有することだと思っております。研究者と医療従事者の両面から最新の知見を分かりやすくお伝えしたいと思っております。

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