秦の始皇帝が徐福に不老不死の薬を探すよう命じた逸話は有名です。時の権力者も不老不死を求めていたものの、老化に抗う術をもつことなく、我々人類は「ヒトは老化する」ということを当たり前に受け止めてきました。

しかし、遺伝子の研究が進み、1990年頃から寿命や老化に関わる遺伝子が多く発見されるようになりました。老化が進むメカニズムがわかれば、そこに介入して老化を止め、健康寿命を延ばすことが可能になるかもしれません。

今回は、そもそも老化は生物にとって必然はない現象であること、そして老化や寿命の研究の歴史と現在地について解説します。

老化は必然ではない

老化は必然ではない 現在のヒトの平均寿命は70歳から80歳程度です。平均寿命とは、産まれた⾚ちゃんが平均的にあと何年⽣きられるかという期間の⻑さを意味します。ヒトよりも⼩さいハツカネズミ(マウス)は2~3年、ヒトよりも⼤きいゾウでも寿命は70年程度とされています。

⼀⽅、マウスと体長がさほど変わらないハダカデバネズミの寿命は約30年と、⾮常に⻑いことが知られています。寿命が長いだけでなく、がんや酸化ストレスに対して強く、細胞も⽼化しないことが知られています。深海に棲むニシオンデンザメも寿命は⻑く、400年⽣存している個体もいるとの報告がありました。殻と⼀緒に内臓も脱⽪できるロブスターも、⾮常に⻑⽣きな⽣物種です。

このように、我々ヒトが⽼化する一方で、⽼化が極端に遅い、あるいは⽼化しないような⽣物もいます。⽼化という現象は、⽣物にとって必然ではないことが⽰唆されます。

表1:老化する生物、老化しない生物
老化する or しない 動物種 寿命
老化する ヒト 約70〜80年
老化する マウス 約2〜3年
老化する ゾウ 約60〜70年
老化しない ハダカデバネズミ 約30年
老化しない ロブスター 不明、130年
老化しない ニシオンデンザメ 約500年
老化しない ベニクラゲ 不明

関連記事:老化は必然ではなく止められる!老化知らずな長寿の生き物たち「老化シラーズ」を紹介

また、⽇本の⾼齢者は、1992年と比べて2017年では歩くスピードが速くなっています。男性で10歳分、⼥性で20歳分も速く歩くようになっているのです。※1

その理由は定かではありませんが、老化の一面である体力低下が現れる時期は絶対的なものではないといえるでしょう。

高齢者の身体機能の変化

 

図1:高齢者の身体機能の変化

 

引用:厚生労働省「人生100年時代に向けた高年齢労働者の安全と健康に関する有識者会議報告書〜
エイジフレンドリーな職場の実現に向けて」

 

老化研究の歴史と現在地

表2:老化研究の歴史

 

1930年代 カロリー制限によりマウスやラットの寿命が延びた
1952年 Medawarの突然変異蓄積説
1961年 Hayflickのエラー破綻説により細胞老化の概念が提唱される
1988年 寿命に関わる遺伝子AGE-1が線虫で発見される
1993年 寿命に関わる遺伝子DAF-2が線虫で発見される
1995年 寿命に関わる遺伝子Sir2(サーチュイン遺伝子)が酵母で発見される
2000年 サーチュイン遺伝子が老化および寿命長寿に関連することが発見される
2003年 サーチュイン活性化薬により酵母の寿命が延びた
2004年 TORによるカロリー制限によってハエ・線虫の寿命が延びた
2008年 SASP(細胞老化関連分泌形質)が同定される
2009年 ラパマイシンによりマウスの寿命が延びた
2013年 メトホルミンによりマウスの寿命が延びた
2016年 老化細胞の除去によりマウスの寿命が延びた
2018年 最初の老化細胞除去薬の臨床試験が始まる
Judith Campisi et al.(2019) From discoveries in ageing research to therapeutics for healthy ageing. Nature, 571, 183–192.を元に作成

⽼化や寿命には生物学的にどのようなプロセスが起きているのか、それを知ることは数⼗年にわたる⽣物学者の課題でした。1990年前後になって、寿命に関係する遺伝⼦変異が見つかったことで、老化や寿命に関する生物学的な研究は急速に進んでいます。現在までに、カロリー摂取、代謝、細胞⽼化など、さまざまな⽼化の経路とプロセスが発⾒されました。2019年にNatureに掲載された論文“From discoveries in ageing research to therapeutics for healthy ageing”をもとに、1990年前後から2010年代までの老化研究においてエポックメイキングとなったできごとをいくつか紹介します。※2

1988年、1993年:線虫の寿命に関わる遺伝子の発見

1988年、多細胞生物である線⾍Caenorhabditis elegansにおいて最初の寿命遺伝⼦であるage-1が発⾒されたことで、老化・寿命研究の新たな道が開かれました。age-1遺伝子というたった1つの遺伝子が変異するだけで、線虫の寿命は40〜60%も延びたのです。これに続いて、daf-2やdaf-16など長寿になる遺伝⼦が複数発⾒されました。これらの遺伝⼦は、血糖値を一定に保つホルモンであるインスリンに関わるものです。

1995年、2000年:サーチュイン遺伝子と長寿の発見

単細胞生物である酵母において、Sir2という遺伝子が寿命に関わっていることがわかりました。酵母ではカロリー制限(正確にはブドウ糖の摂取制限)によって寿命が延び、そのときにはSir2遺伝子の活性が必須であることも示されました。Sir2遺伝子は、ヒトも含めた他の生物ではサーチュイン遺伝子として存在しており、⽼化と代謝の関係についての新たな知⾒が得られました。

2009年:ラパマイシンでマウスの寿命が延びた

抗真菌作用と免疫抑制作用のあるラパマイシンが、マウスの寿命を延ばすことが報告されました。ラパマイシンは、細胞の成⻑と代謝の調節に関与するmTORというタンパク質の活性を阻害するはたらきもあります。つまり、薬剤によって長生きできる可能性が示されたのです。

2013年:メトホルミンでマウスの健康寿命も延びた

メトホルミンは2型糖尿病の治療薬として広く使⽤されています。このメトホルミンが、マウスの寿命だけでなく、健康寿命も延長できたと報告されました。薬剤が⽼化プロセスの標的になり得るという、さらなる証拠が得られました。

2010年代:細胞老化に着目した加齢メカニズム

2010年代に、加齢や加齢性疾患における細胞⽼化の役割が発⾒されたことで、加齢と疾患の関係についての新たな知⾒が得られました。細胞⽼化とは、細胞分裂が⽌まって恒久的な成⻑停⽌状態となる現象です。⽼化細胞は、がん、2型糖尿病、⼼⾎管疾患、神経変性疾患、虚弱などの加齢性疾患に関連すると考えられています。

老化研究の現在地

 

図2:老化研究の現在地

 

最新の老化研究

2010年までにさまざまな研究者からの報告によって、寿命を延ばすことができそうであることがわかってきました。その後、2010年から2020年頃までの10年で、動物において⽼化が制御できることが実験的に証明されるようになりました。

2013年の論文では、マウスを用いた実験によって、加齢に伴いNAD+(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)が低下すること、NAD+の前駆体であるNMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)により加齢に伴う機能低下が抑えられることが明らかとなっています。※3

2016年には、老化した細胞が身体に蓄積すること、そして老化細胞の除去によりマウスの寿命が伸びることが実験的に示されました。※4

2020年代に入ってから現在にかけては、その基礎研究の成果がヒトで応⽤できるのかを検証する臨床試験がいくつも⾏われています。

老化細胞を除去する薬剤についてもヒトでの臨床試験が始まり、糖尿病性網膜変性に対しての治療効果が検証されています。※5

NMNについてもヒトでの臨床試験がいくつも報告されており、ヒトに対するNMNの効果が少しずつ明らかになりつつあります。※6

そう遠くない未来には、ヒトでの研究成果に裏打ちされた、確かな⽼化制御法が確⽴されるかもしれません。

関連記事:老化を止めることができるのか?Aging HallmarksとNMNの関連性

参考資料

※1 厚生労働省「人生100年時代に向けた高年齢労働者の安全と健康に関する有識者会議報告書〜エイジフレンドリーな職場の実現に向けて」
※2 Judith Campisi et al.(2019) From discoveries in ageing research to therapeutics for healthy ageing. Nature, 571, 183–192.
※3 Ana P. Gomes et al.(2016) Declining NAD+ Induces a Pseudohypoxic State Disrupting Nuclear-Mitochondrial Communication during Aging. Cell, 155, ISSUE7, P1624–1638.
※4 Darren J. Baker et al.(2016) Naturally occurring p16Ink4a-positive cells shorten healthy lifespan. Nature, 530, 184–189.
※5 Jannah Waled Hassan, Ashay D. Bhatwadekar.(2022) Senolytics in the treatment of diabetic retinopathy. Frontiers in Pharmacology, 13.
※6 Qin Song et al.(2023) The Safety and Antiaging Effects of Nicotinamide Mononucleotide in Human Clinical Trials: an Update. Advances in Nutrition.

執筆

主任研究員 / 博士(獣医学) / 獣医師 / 中小企業診断士

中村 克行

NOMON株式会社

筋疾患、ゲノム編集/遺伝子改変技術、老化を専門としている。2011年 東京大学農学部獣医学課程卒、2015年 東京大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻博士課程修了。博士課程卒業時に農学生命科学研究科長賞を受賞。2015年に帝人に入社し、筋疾患創薬に従事。その後、老化研究のための米国留学を経て、NOMON事業に参画。現在は、新たな老化研究に加え、さらにNMNを生活の中に役立たせるためにライフスタイルや生活者ニーズにマッチした製品の企画開発を行っている。

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