加齢に伴い、筋力が低下したり筋量が減少したりすることをサルコペニアといいます。サルコペニアは高齢者の骨折や転倒、寝たきりの原因となることから、運動や適切な栄養によって予防する必要があります。この記事では、NAD+とサルコペニアとの関連や、NMNが筋肉の量や質に与える影響について研究した最新の論文情報について解説します。
サルコペニア〜年とともに筋肉が細く、弱くなっていく病気〜
筋肉は身体の唯一の運動器官であり、身体的なパフォーマンスを維持する上でメンテナンスが欠かせない重要な組織です。しかし、筋肉は加齢に伴う影響を受けやすいことが知られています。
1989年、加齢に伴う筋力の低下・筋量の減少は、サルコペニアという概念で提唱されました。2016年には国際疾病分類において疾患として定義され、ICD-11にも掲載されるなど、現在ではサルコペニアは治療すべき病気として考えられています。※1
虚弱状態を示すフレイルという言葉と合わせて、サルコペニアという言葉をテレビやネットなどで見かける機会も増えてきました。サルコペニアによる筋力低下・筋量減少は、認知症に次いで、高齢者の骨折や転倒、さらには寝たきりを引き起こす大きな要因となっています。
現在、サルコペニアに対する治療薬はなく、運動療法や栄養療法による予防が中心です。なお、筋量の減少は高齢期になってから起こるのではなく、25~30歳頃からすでに始まっていることに注意が必要です。※2
若い頃から少しずつ、生涯にわたって筋量が減少していくことから、なかなか自分では気づくことができません。気づいた頃にはサルコペニアを発症してしまっており、回復することが困難になってしまいます。したがって、普段の生活の中で筋量や筋力をどのように維持していくのかが、サルコペニアを予防する上でとても重要です。
サルコペニアとNAD+
スイス連邦工科大学ローザンヌ校のJerome N. Feige氏らの研究によると、サルコペニア患者ではNAD+(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)が減少することが報告されています。※3
サルコペニア患者では筋肉中のNAD+が減少することにより、筋肉でエネルギー産生に重要なミトコンドリア機能の低下を引き起こしてしまう可能性が指摘されています。
NAD+は、ビタミンB3から合成される生体内成分であり、生きていく上では欠かせない成分ですが、年をとると減ってしまうことがわかっています。また、近年では、NAD+の減少が老化や病気を引き起こす原因ではないかとも考えられています。
NAD+は、身体のほとんどの細胞の中において主にNMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)から作られます。NAD+の役割や合成経路、NAD+が低下した細胞にNMNを投与するとどうなるのかについて詳しく知りたい場合は、こちらの記事をご覧ください。
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筋肉に対するNMNの効果に関する論文情報
サプリメントなどでNMNを摂取することで、NAD+の減少を防ぐ効果が示されており、老化やさまざまな病気に対して改善効果があるのではないかと注目されています。また、NMNを投与することがNAD+の低下に対して有効であるということは、前述のように筋肉中のNAD+が減少してしまっているサルコペニア患者にとっても効果がある可能性が考えられます。
ここからは、NMNが筋肉の量や質に対してどのような効果を与えるかを研究した、最新の論文を2本ご紹介します。
筋肉の幹細胞に対するNMNの効果についての論文
1つ目にご紹介するのは、国立精神・神経医療研究センターの本橋紀夫氏らが発表した、加齢とともに減少する筋肉の幹細胞に対するNMNの効果についての論文です。※4
筋肉の幹細胞は、筋肉が壊れた際に再生を担う重要な細胞です。筋トレ時にどのように筋肉を増やしていくのかについてはまだ詳細なメカニズムはわかっていませんが、幹細胞が重要である可能性も考えられています。また、筋肉の幹細胞の数は加齢とともに減少することが知られています。こちらもまだ実証はされていないものの、サルコペニアとの関連性が指摘されています。
本橋氏らの研究によって、マウスの筋肉の幹細胞の自己複製能力にミトコンドリアの機能が重要であり、加齢したマウスの筋肉の幹細胞ではミトコンドリア機能が低下していることがわかりました。そして、ミトコンドリア機能が低下した筋肉の幹細胞に対してNMNを添加すると、筋肉の幹細胞の自己複製能力を改善することが示されたのです。※4
この研究により、NMNが筋肉の幹細胞の自己複製能力を改善することで、筋機能低下を予防するようなNAD+ブースターとなる可能性が示唆されています。
神経と筋肉の接合部位に対するNMNの効果についての論文
2つ目にご紹介するのは、中国の浙江大学の研究グループによって行われた、筋肉を動かす命令を伝える神経と筋肉の接合部位に対してNMNがどのような効果を示すのかについての論文です。※5
筋肉は脳からの命令を伝えるための神経に接続しており、筋肉と神経の接合部位は筋肉の量を維持する上で重要な役割をもっています。神経の接続が切れてしまった筋肉は、萎縮して小さくなることが知られています。この神経と筋肉の接合部位は、加齢による影響を大きく受ける部分です。長寿に関係があるとされるタンパク質をサーチュインといいますが、その1種であるSirt6は、神経と筋肉の接合部位を維持する上で重要です。
この論文では、NMNをマウスに投与するとNAD+レベルが上昇し、Sirt6の活性が増強され、神経と筋肉の接合部位の機能が改善される可能性が示されています。※5
NMNは筋肉の量や質を改善する可能性がある
加齢に伴う筋肉の減弱、いわゆるサルコペニアに対して、NMNがどのような効果をもたらすかを研究した論文を2本ご紹介しました。いずれの論文でも、NMNが筋肉の幹細胞の数の減少を防いだり、神経と筋肉の接合部位の機能を改善したりして、運動機能の低下を軽減する可能性が示されています。
ただし、今回紹介した論文はいずれもマウスで行われたものです。高齢男性22名を対象に、NMNの筋肉への効果を調べた臨床試験もすでに報告がありますが、結論を出すにはさらに大規模な臨床試験が必要です。※6
高齢者の筋力改善効果を示した論文報告もあります。今後もNMNが筋肉にどのように作用し、身体的なパフォーマンスに影響するのか、サルコペニアにも効果があるのかなど、今後も最新の研究情報を紹介していく予定です。
参考資料
※1 ICD-11 for Mortality and Morbidity Statistics 2024-01
※2 厚生労働省. e-ヘルスネット. サルコペニア.
※3 Jerome N. Feige, et al. (2019). Mitochondrial oxidative capacity and NAD+ biosynthesis are reduced in human sarcopenia across ethnicities. Nature Communications. 10(5808)
※4 Norio Motohashi, et al. (2023) Inherited myogenic abilities in muscle precursor cells defined by the mitochondrial complex I-encoding protein. Cell Death & Disease. 14(689)
※5 Zhang W, et al. (2024) Sirt6 Mono-ADP-Ribosylates YY1 to Promote Dystrophin Expression for Neuromuscular Transmission. Advanced Science.
※6 Masaki Igarashi, et al. (2022) Chronic nicotinamide mononucleotide supplementation elevates blood nicotinamide adenine dinucleotide levels and alters muscle function in healthy older men. NPJ Aging. 8(1):5.