NAD+は私たちが生きていく上で欠かせない成分であり、加齢に伴うNAD+の減少は細胞や身体の機能低下だけでなく、さまざまな加齢関連疾患との関わりが指摘されています。加齢によって減少するNAD+を補う方法として、NAD+の材料ともいえるNMNやNRなどの成分を摂取することが考えられています。今回は、NMNやNRの体内での役割と、NMNとNRの効果を比較した論文を2本ご紹介します。

NAD+とビタミンB3

まずは、NAD+の概要について解説します。NAD+はニコチンアミドアデニンジヌクレオチドの略で、細胞内にあるミトコンドリアでエネルギー産生に関わる、生命活動に必須の栄養素です。※1

近年、加齢に伴いNAD+が減少することが老化の一因と考えられるようになり、健康食品業界や化粧品業界において、NAD+そのものだけでなくNAD+を体内で合成するための材料であるNAD+前駆体が注目されるようになりました。

NAD+はビタミンB3から合成されます。古くからビタミンB3として使用されてきたのが、ナイアシンやナイアシンアミド(ニコチンアミドともよばれる)です。ただし、ナイアシンには血管拡張作用があり、皮膚に赤みやかゆみが生じるナイアシンフラッシュという副作用が起こることがあるため、多量に摂取することはできません。一方で、ナイアシンアミドはナイアシンフラッシュを起こすことはほとんどなく、安全性の懸念も少ないとされています。ナイアシンアミドには抗シワ効果が期待されており、化粧品やエイジングケア製品にも多く配合されている今注目の期待成分です。

ナイアシンアミドについて詳しく知りたい場合は、こちらの記事をご覧ください。

関連記事:最近話題のナイアシンアミドとは? 肌のアンチエイジングにも用いられる今注目の成分

NMNとNRはNAD+の前駆体

NAD+の前駆体となる成分として、NMNとNRの概要を解説します。

細胞内でナイアシンアミドから合成され、すぐにNAD+へと変換される成分がNMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)です。最近の研究から、NMNは経口摂取が可能で安全性に懸念がなく、マウスを用いた実験ではさまざまな抗老化作用を示すこともわかっています。ヒトの臨床試験も次々と報告されるようになりました。

NR(ニコチンアミドリボシド)は、NMNと同様に経口摂取が可能な成分ですが、細胞内でどのように合成されるかについてはまだ詳しくはわかっていません。NRは細胞内でNMNへと変換され、その後NAD+が合成されます。NRもまた、マウスを用いた実験によってさまざまな疾患の改善効果が報告されているほか、ヒト臨床試験も複数実施されています。

NR、NMNのいずれもNAD+を増加させる作用があり、マウスなどの動物実験だけでなく、ヒトの臨床試験でも効果が報告されています。

NMNとNRの違い

NRとNMNの分子構造は非常に似通っています。両者に共通するのは、いずれも分子の中にナイアシンアミド(ニコチンアミド)を保有していること、そしてどちらもNAD+の前駆体であることです。

両者の化学構造には、わずかに違いがみられます。NMNにはリン酸がついていますが、NRにはリン酸がついていません。なお、経口摂取が可能なNRは細胞内に取り込まれた後、NRキナーゼという細胞内の酵素の作用によりリン酸がつけられることで、NMNへと合成されます。

NMNとNRの化学構造の違い

リン酸がつくか否かで、化学的な性質に違いが生じている可能性もあります。一般的に、物質の水への溶けやすさはリン酸がつくことで増加すると考えられています。そのため、水を通しにくい細胞膜では、水に溶けやすいNMNよりもリン酸がついていないNRの方が細胞内に取り込まれやすいとする論文も報告されています。※2

これまで、NRとNMNの病態改善効果について直接両者を比較した実験はあまり報告されていませんでした。しかし、2024年に入り、動物を使った非臨床試験でNMNとNRを直接比較する論文が相次いで報告されました。NMNとNRのどちらがより高い効果を発揮するのかを調べた2本の論文について、内容をご紹介します。

論文紹介①マウスを用いて非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)に対する病態改善効果を比較した論文

最初に紹介する論文では、マウスを用いて非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)に対するNMNとNRの病態改善効果を検討しています。

論文タイトル Integrated transcriptome and metabolome study reveal
the therapeutic effects of nicotinamide riboside and
nicotinamide mononucleotide on nonalcoholic fatty liver disease.
著者 Zhang J, Chen F.
掲載誌 Biomed Pharmacother. 2024 Jun;175:116701.
DOI doi: 10.1016/j.biopha.2024.116701.

この研究を通して、次のようなことが明らかになりました。

  • NMNとNRの両方に、脂肪肝の病態改善効果が認められた
  • NMNとNRの両方に、体重増加の抑制、グルコース恒常性の改善、血漿脂質レベルの調節、肝障害・酸化ストレス・脂質蓄積の改善効果が認められた
  • NMNの方が、ASTやALTといった肝毒性を示す血液検査結果の数値が低かった

なお、肝臓の線維化を抑制する作用については、NMNではほとんどの項目で統計学的に認められました。一方、NRでは統計学的な有意差は認められない測定項目が多く、NMNの方が高い効果を示す傾向にあったといえます。

以上の結果から、NRに比べてNMNの方が、脂肪肝に対する病態改善効果が高い可能性が考えられます。

論文紹介②ラットを用いて卵巣の老化に対する病態改善効果を比較した論文

次に紹介するこの研究では、NMNとNRを中年のラットに投与し、卵巣の老化に対してどのような病態改善効果を示すかを検証しています。

⼥性の加齢に伴い卵巣も⽼化し、卵⼦の数と質は低下します。これは、加齢に伴い⾚ちゃんを産むための能⼒である妊孕能(にんようのう)が低下することと関連しています。

NMNと妊孕能の関連性について詳しく知りたい場合は、こちらの記事をご覧ください。

関連記事:卵子の老化に関連するAging Hallmarks

論文タイトル Nicotinamide Mononucleotide and Nicotinamide Riboside Reverse Ovarian
Aging in Rats Via Rebalancing Mitochondrial Fission and Fusion Mechanisms
著者 Arslan NP, Taskin M, Keles ON.
掲載誌 Pharm Res. 2024 May;41(5):921-935.
DOI doi: 10.1007/s11095-024-03704-3.

この研究を通して、次のようなことが明らかになりました。

  • NMNとNRの両方が卵巣のミトコンドリア機能を改善し、ミトコンドリアの過剰な分裂を減少させた
  • 妊娠するための準備を担う黄体は、老化に伴いその数が減少するが、NRとNMNの両方が黄体数の減少を改善できた
  • 黄体の数を増加させる効果はNMNの方がNRよりも強い

以上の結果から、NMNとNRのいずれも卵巣の老化に対して改善効果を示すこと、その効果はNMNの方が強いことが明らかとなりました。

NMNとNRの研究が進むことに期待

以上、NMNとNRの病態改善効果について紹介しました。ご紹介した2本の論文によれば、両者の効果には差があるもののどちらがいいかについてはまだ結論が出ておらず、ヒト臨床試験で直接比較した研究成果の報告も今のところありません。ただし、ヒト子宮がん由来のHeLa細胞を使った研究の論文では、抗がん剤のDNA障害から細胞を守る作用についてはNMNよりもNRの方がより高い効果が期待できるとされています。※3

NRがNAD+へと合成されるには一度NMNへ変換される必要がありますが、NAD+の直前の前駆体であるNMNは、細胞内ですぐにNAD+へと合成されます。一方、リン酸がないNRの方が細胞膜との親和性が高く、細胞膜を通過しやすいという説もあります。NRとNMNの違いについては、今後もますます研究が進むことでしょう。個々の状況や目的に応じてNRやNMNのどちらを選択すればよいのか、詳細が明らかになることに期待したいと思います。

参考文献

※1 natureハイライト. (2018) 代謝:NAD+を増やして長寿と繁栄を.
※2 Joanna Ratajczak, et al. (2016) NRK1 controls nicotinamide mononucleotide and nicotinamide riboside metabolism in mammalian cells. Nature Communications. 7(13103)
※3 Shuting Qiu, et al. (2024) Comparison of protective effects of nicotinamide mononucleotide and nicotinamide riboside on DNA damage induced by cisplatin in HeLa cells. Biochem Biophys Rep. 6(37)

執筆

主任研究員 / 博士(獣医学) / 獣医師 / 中小企業診断士

中村 克行

NOMON株式会社

筋疾患、ゲノム編集/遺伝子改変技術、老化を専門としている。2011年 東京大学農学部獣医学課程卒、2015年 東京大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻博士課程修了。博士課程卒業時に農学生命科学研究科長賞を受賞。2015年に帝人に入社し、筋疾患創薬に従事。その後、老化研究のための米国留学を経て、NOMON事業に参画。現在は、新たな老化研究に加え、さらにNMNを生活の中に役立たせるためにライフスタイルや生活者ニーズにマッチした製品の企画開発を行っている。

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