「幸せホルモン」や「幸福物質」として注目されているセロトニンは、私たちの体の中にあるホルモンです。今回は、セロトニンのはたらきを探り、効率よく増やす方法ご紹介します。

セロトニンとは

セロトニンとは

セロトニンは、必須アミノ酸のひとつであるトリプトファンから作られる脳内の神経伝達物質のひとつです。主に視床下部、延髄の縫線核、大脳基底核などに存在しています。※1

必須アミノ酸とは、私たちの体を維持するために必要な栄養素です。しかし、体の中で作り出すことができないため、食事から摂取することが必須なのです。

セロトニンには、恐怖や驚きなどに関わるノルアドレナリンや、快楽や喜びなどに関わるドーパミンといった神経伝達物質をコントロールし、結果として精神を安定させるはたらきがあります。「幸せホルモン」や「幸福物質」とよばれるのは、このためです。セロトニンの量が低下すると精神状態のバランスが崩れてしまい、不安、うつ、パニック障害などを引き起こすほか、攻撃的になることもあるとされています。※1

セロトニンの作用

人体に存在する約10mgのセロトニンのうち、90%は小腸に、8%は血小板に存在するといわれ、脳内に存在するのはわずか2%です。しかし、脳の中でも感情の動きや気分など精神状態に関わる大脳辺縁系という部位に、セロトニンが送られ上手にはたらいていることが、私たちが生きていく上で重要なのです。※2

では、セロトニンは具体的にどのようなはたらきをしているのでしょうか。

前述の通り、セロトニンは脳内の神経伝達物質のひとつです。脳そのものを構成するセロトニン神経細胞(セロトニンそのものを放出する神経細胞)は、「軸索」と呼ばれる長い突起を、大脳の一番外側にある大脳新皮質や大脳の一番奥にある大脳辺縁系などへ伸ばし、セロトニンを放出します。放出されたセロトニンは、それを受け止める役割を担う「セロトニン受容体」に結合することで、神経のはたらきを調整しています。多くのセロトニンが放出されて受容体にたくさん結合すると、セロトニンによる神経の調整が活発になるというわけです。※3

セロトニンは心のバランスを整える

セロトニンには、自律神経のはたらきを調整して意識や心のバランスを整える作用があります。自律神経には交感神経と副交感神経の2種類があり、交感神経は主に活動時に、副交感神経は主に休息時に活発にはたらいています。これらの神経のはたらきのバランスが良くなることで、私たちの体の調子だけでなく、心のバランスも整えられます。

セロトニンには、起床時に体を活動にふさわしい状態にする、起きているときに意識をすっきりさせる、重力に対して姿勢を正しく保つための筋肉にはたらきかける、痛みの感覚をコントロールする、睡眠の質を良くする、満腹感を起こすなどの作用もあります。※2

セロトニンは辛抱強さをコントロールする

また、セロトニンには将来得るであろう報酬を獲得するための「辛抱強さ」をコントロールするはたらきもあります。

日本国内で最近行われた研究において、セロトニンは「楽観や悲観といった感情もコントロールする」ことがわかってきました。この研究ではマウスを使い、外部から光を当てて脳を直接コントロールすることで、辛抱強さもコントロールできることが明らかとなったのです。「ここに鼻を入れて待っていればエサが出てくる(=楽観)」という行動をするマウスの脳に、光を当ててセロトニン神経細胞を刺激すると、光による刺激を与える前と後では待っていられる時間に違いが生じました。光による刺激を与える前は12秒程度で諦めていたマウス(=悲観)は、光による刺激を与えることでなかなか諦めなくなり、17秒以上も鼻を突っ込んだままで待っていたというのです。

この5秒間を長いと感じるか短いと感じるかは人それぞれかもしれませんが、少なくともセロトニン神経を刺激することで辛抱強くなることが明らかになったのは、大きな発見です。そして、そのときのマウスの脳では、報酬を待つ間にセロトニン神経活動が活性化していることもわかりました。つまり、セロトニンの量が増えれば楽観的になり、「きっとうまくいく!」と信じて成果を待てるようになるということです。※4

セロトニンの低下による影響

セロトニンの低下による影響

セロトニンによって精神状態が安定したり、睡眠の質が良くなったりするということは、セロトニンが不足したり減ったりしてしまうとどうなるのでしょうか。

セロトニン神経の末端部分から放出されたセロトニンは、次の神経を刺激したり、興奮を抑えたりします。同じセロトニンが刺激と抑制という反対の作用を示すのは、受容体の種類がいくつもあるためであり、これは他の神経伝達物質と同様です。※5

いったん放出されたセロトニンのうち、受容体に結合しなかった分は、再び輸送体でもとの神経末端に取り込まれます。セロトニンには心の安定や質の良い睡眠をもたらす作用があり、うつ病患者では血漿中のセロトニン量がとても少ないことから、うつ病では放出量そのものが不足していると考えられていました。実際に、中高年男性、若年女性、うつ病患者のセロトニン濃度を調査したところ、若年女性、中高年男性、うつ病患者の順で濃度が高く、うつ病患者のうち若年女性ではわずかに測定できたものの、男性のうつ病患者では測定不能の低値だったという結果が出ました。※5

さらに、トリプトファンからどれくらいセロトニンが作られるかを示すセロトニン・トリプトファン濃度比を比較すると、うつ病患者の数値が最も低いことがわかりました。一方、セロトニンの分解産物である5-HIAAとトリプトファンの濃度比をみると、健常者とうつ病患者でほとんど変わりませんでした。このことから、うつ病患者はセロトニンの分解が促進されていることがわかってきました。※5

意欲の低下

別の研究では、セロトニン不足によって引き起こされる意欲(やる気)低下の仕組みが明らかになったといいます。その研究によると、意欲低下には「報酬効果の低下」と「億劫感の出現」という2つの要因があり、5-Ht1Aと5-Ht1Bという2つのセロトニン受容体が関係していることがわかりました。特に5-Ht1A受容体は、報酬を獲得するのに必要なコストを実際よりも多く見積ってしまう「コスト感の増大」に作用しているといいます。この研究成果は、精神疾患患者にみられることが多い意欲障害の脳メカニズムを解明する助けとなり、診断や治療の確立に寄与することでしょう。※3

続いて、私たちの脳内で重要なはたらきをするセロトニンを増やすための方法を3つご紹介します。

セロトニンを増やす方法① トリプトファンを摂取する

トリプトファンを摂取する

前述の通り、セロトニンを生成する材料となるのは、必須アミノ酸のひとつであるトリプトファンです。そのため、セロトニンを増やすにはトリプトファンを含む食品を摂取する必要があります。肉や魚など動物性タンパク質にはトリプトファンが多く含まれていますが、実は、トリプトファンを脳へ取り込みにくくする作用を持つアミノ酸BCAAも多く含まれています。そのため、トリプトファンを効率よく取り入れるためには、植物性タンパク質の摂取が推奨されます。※6

動物性タンパク質を摂取する場合は、ビタミンB6を一緒に摂取するとよいでしょう。血糖が上昇することでBCAAが筋肉に作用し、脳内トリプトファンの合成を促すことができます。ビタミンB6を多く含む食材としては、サケ、サバ、サンマなどの魚類や、鶏ささみ、鶏むね肉などの脂身の少ない肉類が挙げられます。ごま、酒かす、抹茶などにも多く含まれています。※6

トリプトファンを含む食材例

なお、厚生労働省がまとめた「日本人の食事摂取基準(2020年版)」によると、トリプトファンの成人(18歳以上)の1日必要量は、男女ともに体重1kgあたり4mgとされています。体重50kgの人は、1日あたり200mgが必要ということになります。※7

たんぱく質必要量に対する不可欠アミノ酸の必要量
引用:厚生労働省. 日本人の食事摂取基準(2020年版). たんぱく質.

トリプトファンはさまざまな食材に含まれているため、上手に組み合わせれば効率よく摂取することができます。以下に、トリプトファンを多く含む食材の例をご紹介します。※6

カテゴリー 食品例
大豆製品 豆腐、納豆、しょうゆ、みそ など
乳製品 牛乳、チーズ、ヨーグルト など
穀類 玄米、白米、乾麺 など
魚類 カツオ、マグロ赤身、サケ など
肉類 豚ロース、鶏むね肉 など

・トリプトファン含有量(可食部100gあたり)※8

食品 可食部100gあたり含有量
木綿豆腐 100mg
豆乳 53mg
玄米(発芽玄米) 94mg
白米(精白米/うるち米) 85mg
そば(乾麺) 170mg
カツオ(秋獲り/生) 310mg
サケ(しろさけ/生) 250mg
豚ロース(赤肉/生) 280mg
鶏むね肉(若鶏/皮つき/生) 250mg
引用:文部科学省. 食品成分データベース.

セロトニンを増やす方法② 太陽光を浴びる

太陽光を浴びる

セロトニン分泌に重要なものとして、太陽光が挙げられます。太陽光の刺激(日光浴)がセロトニン分泌に大きな影響を与えるとされています。動物実験において、2000~3000ルクス程度の照度を短時間浴びることで、セロトニン神経細胞を活性化できることが明らかになっています。※9

屋内照明の場合、例えば百貨店の売り場などであっても500~700ルクス程度の照度しかないので、一般的な家庭にある照明器具では照度が足りないということになります。太陽光の場合、くもりの日でも日の出から1時間後で2000ルクス程度の明るさがあることから、天候にかかわらず日の出以後の時間帯であれば十分な太陽光を浴びられるといえるでしょう。※10

実際に、日照時間が夏場でも少ない北欧などの地域では精神疾患患者の数が多く、人工照明を曝露する治療法で効果が得られているといいます。日本でも、太陽光を浴びない昼夜逆転生活の増加や、子どもたちが日中に屋外で活動する時間の減少などが、精神的に安定しない人の予備軍を作り出す一因になっているともいわれています。※9

セロトニンは、寝ている間にはまったく分泌されず、翌朝のためにセロトニン神経細胞が準備中になります。寝室ではカーテンを閉める、灯りを消すなどの工夫をして、部屋を暗くして眠りましょう。太陽の光を浴びることでセロトニン神経細胞が活動を開始するので、起床時間に合わせて朝日が差し込むようにするとよいでしょう。目覚めた後、起き上がらずに朝日を浴びるだけでも、セロトニン神経細胞のはたらきを高めることができます。※9

セロトニンを増やす方法③ 適度な運動を心がける

適度な運動を心がける

セロトニンを増やすためには運動も有効です。リズム運動とよばれる、歩行や呼吸、咀嚼など、脳幹のリズム形成機構を介しての運動は、セロトニン神経細胞のはたらきによいとされています。※9

リズム運動とは、筋肉の緊張と弛緩を一定のリズムで繰り返す運動のことです。この種の運動であればどのようなものでもかまいません。※11

リズム運動のポイント

毎日もしくは2日に1回の運動を、長い期間(3か月程度)続ける

継続するためにも、つらくなく、苦手だと感じない運動を取り入れましょう。またやりたい、気持ちいいと感じるくらいにしておくのがおすすめです。※11

実行時間は10~30分まで

運動開始から5分くらいで、セロトニンの活性化が始まります。短すぎると効果が得られません。また、長すぎると疲労を感じ、過剰になるとセロトニン分泌が抑えられてしまい逆効果になるので注意しましょう。※11

ながら運動をしない

おしゃべりやテレビ視聴などと並行して行う「ながら運動」ではなく、一定のリズムを意識しながら行いましょう。「1・2・1・2」と数えながら行うのも効果的です。※11

リズム運動の方法

歩行

1分間に150m程度のスピードで歩きます。肩関節を意識し、肘を曲げずに腕を大きく振りながら、1歩ずつ大きく踏み出しましょう。心地よく汗をかく程度で、概ね20分くらい継続します。※9

呼吸

1日1回、20分程度、ゆっくりした深い呼吸を意識的に行いましょう。座禅やヨガ、瞑想、アロマテラピーなども効果的です。※9

咀嚼

背筋を伸ばし、意識的してしっかり噛むようにしましょう。飲み込むまでに、20回以上を目安によく噛みます。麺類など咀嚼が少ないものの場合は、食後にガムを噛むのもよいでしょう。※9

他にも、階段昇降、スイミング、サイクリング、ジョギング、エアロビクス、太鼓、ダンスなどの全身運動も有効です。※9

毎日の習慣で、健康な体とともに心の安定を

幸せホルモンともよばれるセロトニンは、体の活動だけではなく心の安定にも関係しており、人の「やる気」をコントロールしていることがわかってきました。また、食事や運動などの習慣に気を配ることで、セロトニンの量を増やせることもわかっています。幸福感を高め、心身を健やかに過ごすためにも、セロトニン向上を意識した生活を始めてみませんか。

参考資料

※1 厚生労働省 e-ヘルスネット. セロトニン.
※2 東邦大学医療センター 大森病院臨床検査部. コラム. 幸せホルモン「セロトニン」.
※3 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 プレスリリース. セロトニン低下によってやる気が下がる仕組みを明らかに-うつなど疾患の病態理解や治療法開発のための重要な手がかり-.
※4 国立研究開発法人科学技術振興機構 ムーンショット型研究開発事業部. 成果概要. 楽観と悲観をめぐるセロトニン機序解明 2. 楽観・悲観のセロトニンサブシステムの光操作.
※5 高田明和ほか. (2017) タンパク質と脳の栄養~うつ病とタンパク摂取~. 畜産の情報. 2017年9月号. P52-61.
※6 山形県厚生連. 健康情報. 「トリプトファン」を摂って、しあわせホルモン「セロトニン」を増やそう!.
※7 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準(2020年版). たんぱく質.
※8 文部科学省. 食品成分データベース.
※9 小西正良, 吉田愛実. (2011) セロトニン分泌に影響を及ぼす生活習慣と環境. Journal of Osaka Kawasaki. Rehabilitation University.(5). 11-20.
※10 大阪市立科学館. 照度と明るさの目安.
※11 健康管理検定. 日照時間が短くなる秋にオススメの「セロトニン不足を解消する運動」!.

執筆

看護師

岡部 美由紀

 

埼玉県内総合病院手術室(6年)、眼科クリニック(半年)勤務、IT関連企業(10年)勤務、都内総合病院手術室(1年半)、千葉県内眼科クリニック(1年)勤務。2011年よりヘルスケアライターとして活動。 現在は、一般向け疾患啓発サイト、医療従事者向け情報サイト等での執筆、 医療従事者への取材、記事作成などを行う。一般向けおよび医療従事者向け書籍の執筆・編集協力:看護の現場ですぐに役立つICU看護のキホン (ナースのためのスキルアップノート)、看護の現場ですぐに役立つ 人工呼吸ケアのキホン (ナースのためのスキルアップノート)、看護の現場ですぐに役立つ ドレーン管理のキホン (ナースのためのスキルアップノート)他

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