Acceptance and Commitment Therapy(ACT)という心理療法の勉強をしていたとき、こんなワークに出会いました。

 

「あなたはどのように生きたいですか?次の10の領域ごとに、問いかけてみましょう」

 

①結婚/恋人/親密な関係

②子育て

③家族関係(1と2以外)

④友人関係/社会的対人関係

⑤キャリア/職業

⑥教育/訓練/個人的な成長と進歩

⑦レクリエーション/レジャー

⑧スピリチュアリティ

⑨社会貢献

⑩健康

 

当時、就職したばかりの28歳だった私には縁遠い領域もありましたが、「⑩健康」の領域で自分が書いた答えは、今でも気に入っています。

それは、「美味しくごはんが食べられる」というものでした。

 

ACTは、文字通り、AcceptanceCommitmentの2本だての心理療法です。

Acceptanceは、痛みをただ感じて受け入れること。

マインドフルネスに近い体験の方法を身につけることです。

Commitmentは自分の価値を明確にして、それに沿って行動する(コミットする)こと。

このワークは、Commitmentのために自分の価値を明確にするためのワークでした。

誰かと一緒に食べる楽しみ 

私が、健康という領域で大事にしたいこと(価値)として、「美味しくごはんを食べられる」を挙げたのは、ただ単に、身体疾患がないなどフィジカル面のことを指しているだけではありませんでした。

メンタルの面でも、落ち込んでいたり、気がかりなことがあれば、食欲が落ちたり、目の前の食事をじっくり味わうことはできません。

友人から「本当に食べることが好きだよね」と言われる私は、出張先では1人で立ち飲みや居酒屋に入るほど、1人での食事も楽しんでいるのですが、それでもやっぱり、「誰かと一緒に笑いながら食べるごはん」の喜びもあります。

そういう意味では「美味しくごはんを食べられる」ことは、私にとっては、ソーシャル面の健やかさも表しています。

健康って、フィジカルだけでなくメンタルやソーシャルも関係するのだと体感的に理解したきっかけでもあって、この価値は私の心に深く根づきました。

 

「価値」というと難しく感じるかもしれませんが、人生の中で「大事にし続けたいこと」のことです。

それは、「体重が〇キロになる」、「血圧を〇まで下げる」といった達成できるゴールのことではありません。

「この方向に進んでいきたい」という方向性です(図)。

自分で「こう進んでいきたい」という価値を見つけて、それに沿った行動を続けることが私たちの幸せにつながっているのです。

私も「美味しくごはんが食べられる」ことを大事にしたいと意識し始めてから、どんな行動を続けて、どんな行動を手放せばいいかがわかりやすくなりました。

たくさん食べる予定があるときには運動量を増やしたり、他の食事で調整したりと意識して工夫するようになり、罪悪感を感じずに、食べることや人との食事の場を楽しめるようになりました。

10の領域のうち、まずは「この領域について考えてみたい!」という領域について、大事にしたいことをひとつ決めてみる、それだけでも日々の幸福度が上がる道につながっているのです。

 

【参考文献】

Association for Contextual Behavioral Science (2020). ACT randomized controlled trials since 1986. Retrieved from https://contextualscience.org/ ACT_Randomized_Controlled_Trials/ (March 31, 2020).

執筆

博士(心理学),臨床心理士,公認心理師

関屋 裕希(せきや ゆき)

 

1985年福岡県生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、筑波大学大学院人間総合科学研究科にて博士課程を修了。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野に就職し、研究員として、労働者から小さい子をもつ母親、ベトナムの看護師まで、幅広い対象に合わせて、ストレスマネジメントプログラムの開発と効果検討研究に携わる。 現在は「デザイン×心理学」など、心理学の可能性を模索中。ここ数年の取組みの中心は、「ネガティブ感情を味方につける」、これから数年は「自分や他者を責める以外の方法でモチベートする」に取り組みたいと考えている。 中小企業から大手企業、自治体、学会でのシンポジウムなど、これまでの講演・研修、コンサルティングの実績は、10,000名以上。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。

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