最近、メタバースという言葉を耳にするようになりました。
語源は、インターネットが一般に知られるようになった頃の1992年に発表された「スノウ・クラッシュ」という作品で、メタバースは、未来のアメリカを支配するネット世界を指す言葉として使われたものとのこと。
(超越を意味する「Meta」と、Universeなどにも使われている、向きや形を変えるという意味の「verse」からの造語でしょうか。)
調べてみると、メタバースは、インターネット上の仮想空間のことで、アバターを介して人々が交流したり、仕事をしたり、遊んだりできるオンライン空間のことを指すようです。

これまで仮想現実(Virtual Reality)と言われていたものに近いのかなと受け止めました。
私自身は、インターネットの普及とともに育ってきた世代ではありますが、あまりこの手の技術には明るくないのですが、近い将来、メタバースカウンセリングなど、メタバースによるメンタルヘルスケアの提供や、メタバースを活用したチームビルディングなども行われるようになるかもしれません。
こうなってくると、自分の仕事とも密接に関わってきます。

Virtual Reality(VR)がこれまでメンタルヘルスのケアにどのように活用されてきたかをレビュー論文で調べてみると、2000年前後から恐怖症の治療のためにVRが活用され始めたようです(Paul and Katharina, 2021)。
不安障害と心的外傷後ストレス障害におけるVRを活用した暴露療法にはエビデンスがある一方で、一般性不安障害と強迫性障害に対する有効性に関するエビデンスはまだほとんどありません。
依存症や摂食障害には、VRを使ったキュー(cue)曝露療法が有効であるというエビデンスが増えつつあり、精神症や、自閉症スペクトラム障害、注意欠陥多動性障害(ADHD)におけるVRを活用した心理療法にも期待が高まっています。
まさにこの20年ほどで発展してきている領域といえます。

メンタルヘルス不調の予防など、健康な人が普段のメンタルヘルスケアで活用する可能性についても調べてみました。
SteamVRとOculus.comという2つのVRプラットフォームで無料で体験できるVR体験をレビューした論文が見つかりました(Paul et al, 2021)。

「メンタルヘルス」、「マインドフルネス」、「トラウマ」、「不安」、「カウンセリング」といったメンタルヘルスに関連する24のキーワードのいずれかを含む1,805のVR体験が検索され、2段階のスクリーニングを経た結果、79のVR体験が残りました。
79のVR体験について、①感覚体験のレベル(感情的・身体的反応)、②没入型の体験、③アセッツ・アフォーダンス(フィードバックの機会、ユーザーコントロールといった有益性を備えているか)、④プレゼンス(「そこにいる」感覚)の4つの点について10人の評定者による評定・合意形成の場をもった結果、11のVR体験がメンタルヘルスケアの実践に有用だと判断されました。
残った11のVR体験はどれも、対面でのメンタルヘルスケアの代替ではなく、補助的な活用が見込まれるものでした。
不安やストレス、気分の落ち込みを改善するのに役立つものがほとんどで、スピーチ不安や高所恐怖など、特定の不安・恐怖に有用なものもありました(表)。

表. メンタルヘルスケアの実践に活用可能性のあるVR体験
(Paul et al, 2021を参考に著者が作表)

そして、自分でも、oculus QUEST2を使って、いくつかのVRを体験してみました。
ただ画面で見るのと大きく違うのは、その世界を「空間」として感じられるところだと思いました。
視覚はもちろん、聴覚、振動を感じる触覚などが刺激されて、あたかもその空間に「いる」ように感じさせてくれます。
イメージを使う心理的なアプローチなどで、特に活用されていきそうだと感じました。
一方で、次のような疑問も浮かんできました。

「自己」の感覚はどのように変わっていくのだろう。
感情体験はどのような影響を受けるのか。
身体に対する認識はどうなっていくのか。

まだ答えは見つかっていませんが、これまで発展してきた多くの技術と同様に、私たちは、さまざまな問題に気づき、それらを解決しながら、役立てていくことになるのでしょう。
自分もその一端を担っていく、関わっていくと考えると、ワクワクとちょっとの不安が混ざり合ったような気持ちになります。

【参考文献】
Paul M.G. Emmelkamp1 and Katharina Meyerbröker. (2021). Virtual Reality Therapy in Mental Health. Annual Review of Clinical Psychology, 17, 495-519.
Gavin Davidson, Karen Galway, David Trainor, Anne Campbell, Tom Van Daele. (2021). Freely Available Virtual Reality Experiences as Tools to Support Mental Health Therapy: a Systematic Scoping Review and Consensus Based Interdisciplinary Analysis. Journal of Technology in Behavioral Science.

執筆

博士(心理学),臨床心理士,公認心理師

関屋 裕希(せきや ゆき)

 

1985年福岡県生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、筑波大学大学院人間総合科学研究科にて博士課程を修了。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野に就職し、研究員として、労働者から小さい子をもつ母親、ベトナムの看護師まで、幅広い対象に合わせて、ストレスマネジメントプログラムの開発と効果検討研究に携わる。 現在は「デザイン×心理学」など、心理学の可能性を模索中。ここ数年の取組みの中心は、「ネガティブ感情を味方につける」、これから数年は「自分や他者を責める以外の方法でモチベートする」に取り組みたいと考えている。 中小企業から大手企業、自治体、学会でのシンポジウムなど、これまでの講演・研修、コンサルティングの実績は、10,000名以上。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。

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