皆さんには、「座右の銘」がありますか?

私は、「座右の銘」と言われると、高校3年生のときに出会った言葉を思い出します。

 

過去を振り返るな

未来に希望を託すな

今というこの瞬間を懸命に生きろ

 

未来に希望を託すな、というフレーズが私にとっては衝撃的だったのですが、この言葉に出会った3年後には、「今ここ」を大切にするマインドフルネスを研究対象とする研究室に入ったので、なんらかの影響を受けていたのかもしれません。

けれど、今回はあえてこの言葉に逆らって(?)、過去を振り返り、未来に想いをはせてみたいと思います。

 

まずは、過去から。

これまでの経験の中から、「あのときに自分は成長したな」と思うエピソードをひとつ選んで、思い出してみてください。

私の場合はというと、いくつか思い出されるエピソードがありますが、ここ数年の中でぱっと頭に浮かぶのは成田空港で泣きながらキーボードをたたいていた自分の姿です。

近くを通りがかった人はぎょっとしたかもしれません。

どうしてそんなことになったかというと、当時、私は初めて経験する仕事に取り組んでいました。

しかも、私にとってとてもチャレンジングな内容で、期限もせまる中移動中も時間を惜しんで準備をしている……そんなときでした。

その瞬間は苦しかったですし、引き受けなければよかったかな、と後悔が頭によぎったこともありました。

ここで面白いのが、「成長体験」というのは100%ハッピーな経験ではないことが多い、という点です。

苦しまなければ成長しない、とまでは思いませんが、苦しさの先に成長があることは多いように思います。

心理学の世界では、「ストレス関連成長(stress-related growth)」や「逆境後成長(adversarial growth)」といった言葉で研究がされています。

 

先ほど思い出していただいたエピソードについて、次のような視点で振り返りを深めていくと、より実感してもらえるかもしれません。

 

・そのエピソードの中で、自分のどんな力やスキルが成長したか

・そのエピソードの中で、他者から、どのようなポジティブな言葉をもらったか

・そのエピソードから得られた経験が、今にどのように活かされているか

 

今度は、未来へ。

突然こんなことを提案すると驚かれるかもしれませんが、「自分の葬式に出る」ところをイメージしてみませんか。

(注記:下記参照)

未来へと言いながら、死んだあとの話?と思われるのも当然ですが、物は試し。

ちょっと覗いてみましょう。

ゆっくりと何度か、深呼吸をして、気持ちを落ち着かせてみましょう。

奇跡が起こって、あなたは、自分で自分の葬儀を見守ることができるようになっています。

葬儀がどこで執り行われ、どんな様子か、頭の中に思い描いてみてください。

葬儀に臨席している友人が促されて席を立って、あなたの人生について弔辞を読むところを想像してください。

あなたの人生の中心にあったものは何であったのか、あなたが生涯にわたって大事にしたものは何であったのか。

そこに並ぶことばを、あなたは自由自在に選ぶことができます。

あなたが過ごした人生について、どんな言葉を聞きたいか、どのように語ってほしいのか、書き出してみましょう。

 

さて、あなたの手元には、どんな言葉が並んでいますか?

 

チャレンジ、誠実、調和、正義、学び、成長、楽観、安定、責任

信頼、知恵、冒険、正直、ユーモア、公平、貢献、自律、社交、創造

名声、友情、平和、喜び、尊敬、愛、親切、忍耐、奔放……

 

手元に書き出した言葉を使って、ひとつのフレーズにしてみましょう。

あなたを象徴するワンフレーズです。

 

これは、Acceptance and Commitment Therapyという心理療法の中で実施する、自分の中で大事にしたいこと(価値)を明確にしていくためのワークのひとつです。

これまでのあなたかどうであったかや、これまでの振舞い・行動に縛られることはありません。

私たちは、いつでも、そして、いつからでも、価値に沿った行動をとりはじめることができます。

今この瞬間、「現在」にいる私たちは、それを選ぶことができるのです。

 

今回は、過去を振り返り、未来に思いを馳せる、そんな時間をもちました。

過去から私たちがもらったのは、自分の強みや糧です。

私たちが未来の中にみたのは、自分の進みたい方向です。

過去と未来からもらったパワーを手に、今この瞬間からまた、歩き出してみませんか。

 

(注記)幅広く、自分の価値を明確にするために活用されているワークではありますが、自分ひとりでイメージすると気分への影響が心配、といった場合には、イメージは深めないなど、ご自身で判断ください。

【参考文献】

Calhoun, L. G., & Tedeschi, R. G. (1999). Facilitating posttraumatic growth: A clinician’s guide. New York: Routledge.

ヘイズ,S. C. &スミス,S. 武藤 崇・原井宏明・ 吉岡昌子・岡嶋美代(監訳) 2010 ACT(アクセ プタンス&コミットメント・セラピー)をはじめる —セルフヘルプのためのワークブック— 星和書店 (Hayes, S. C. & Smith, S. 2005 Get out of your mind and into your life: The new Acceptance and Commitment erapy. Oakland, CA: New Harbinger)

執筆

博士(心理学),臨床心理士,公認心理師

関屋 裕希(せきや ゆき)

 

1985年福岡県生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、筑波大学大学院人間総合科学研究科にて博士課程を修了。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野に就職し、研究員として、労働者から小さい子をもつ母親、ベトナムの看護師まで、幅広い対象に合わせて、ストレスマネジメントプログラムの開発と効果検討研究に携わる。 現在は「デザイン×心理学」など、心理学の可能性を模索中。ここ数年の取組みの中心は、「ネガティブ感情を味方につける」、これから数年は「自分や他者を責める以外の方法でモチベートする」に取り組みたいと考えている。 中小企業から大手企業、自治体、学会でのシンポジウムなど、これまでの講演・研修、コンサルティングの実績は、10,000名以上。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。

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