腸内細菌叢の形成とは

ヒトの腸には約1000種、100兆個以上の腸内細菌が生息し、個人個人で異なる腸内細菌叢を持っています。

このような科学的発見は、最近のDNA解析技術の発展により明らかになりました。いろいろな人の腸内フローラを解析した結果が、現在ぞくぞくと報告されています。それらの結果より、腸の疾患だけでなく、糖尿病などのメタボリックシンドローム、リウマチなどの自己免疫疾患、自閉症やうつなどの疾患だけでなく性格や体格などと腸内細菌叢との関係性が分かってきています。

では、我々の腸内細菌はどのように作られるのでしょうか。

母親のお腹の中にいるとき、つまり胎児はほぼ無菌状態です。生まれてきた新生児は、母親と周囲の環境から微生物を獲得し、腸内細菌叢を形成すると言われています。この詳しいメカニズムはまだ不明なところが多いですが、この過程が破壊されることは、小児期だけでなく、将来の疾患の発症も関連すると考えられております。

胎児期や生後直後の健康や栄養状態が、成人になってからの健康にも影響を及ぼすという考え方はDOHaD (Developmental origins of health and disease) 仮説と呼ばれており、腸内細菌叢の形成は、この仮説を説明する重要な要因の1つになるのではないかと考えられています。

腸内細菌叢の形成に与える影響として出産方法や赤ちゃんの栄養、母の食事内容、抗菌剤の使用などが考えられています。

 

抗菌剤使用の影響

抗菌剤の発見により、人類は多くの病気を克服しました。抗菌剤が医療に多大な貢献を果たしていることは言うまでもありません。

しかし、抗菌剤により、病気の原因となる菌だけでなく腸内などの細菌叢を一時的に破壊してしまいます。抗菌剤のよくある副作用として下痢がありますが、長期に腸内細菌叢に影響を及ぼす可能性が報告されてきています。

抗菌剤の使用が与える影響として最も良く知られていることは体重の増加です。このことは、畜産農家にはかなり以前から知られていたことで、家畜の飼料に抗菌剤を混ぜることで体重が増加します。以前は、家畜を太らせるために積極的に抗菌剤が使用された時期もありました。

しかし、このメカニズムにはしばらく関心が持たれませんでした。

近年になり人への抗菌剤の使用で同じような効果があるのではないかと懸念されるようになってきました。

研究の対象となったのは、米国の318歳の子ども163,820人です。抗菌剤の使用状況と体重の関係を分析した結果、少なくとも小児期に7回以上の抗菌薬の処方がおこなわれていれば、15歳の時点で、抗菌薬を使用していない子供に比べて1.4 kgの体重増加が認められました。特に寄与が大きかったのは、マクロライド系と呼ばれる抗菌薬でした。

<参考>

Antibiotic Use and Childhood Body Mass Index Trajectory

このような報告は他にもあり、イギリスでは小児21,714人を対象に2歳までの抗菌剤の使用状況と4歳での肥満リスクを検討した研究報告があります。

さまざまな家庭環境も考慮して分析が行われた結果、3種類以上の抗菌剤の暴露経験により肥満リスクが増大することを報告しています。

<参考>

Administration of Antibiotics to Children Before Age 2 Years Increases Risk for Childhood Obesity

抗菌剤の使用状況

国内の外来診療で処方された抗菌剤の6割近くが、効果がない風邪などウイルス性の感染症への不必要な処方だったことが、自治医科大などの研究チームの調査で判明しました。さらに75%は専門医らが推奨していない薬でした。

2019年、米国においても米オレゴン州立大学薬学部の研究チーム医師が処方を解析した結果、抗菌薬の最大43%は不要である可能性が報告されています。

抗菌剤は、細菌を殺す薬です。風邪症状に抗菌剤ほとんど効果が望めないでしょう。なぜなら風邪症状のほとんど (流行期を除けば9割ほど) はウイルス性と言われており、細菌性の2次感染症が認められない状況では、抗菌剤の効果はありません。

しかし、抗菌剤がウイルスに効果がないという事実を理解している日本人は、23.1%しかいませんでした (AMR臨床リファレンスセンター 2019年調べ)

EU28ヵ国で、同様の質問をした結果では正しく回答した人の平均は43.0%であり、残念ながら平均よりもかなり低い認識率です。

また人だけでなく家畜への抗菌剤の乱用や不適切使用により、耐性菌の出現のリスクが高まります。今、存在するほとんどの抗菌剤に対して耐性を持つ多剤耐性菌の出現も報告されています。

なかなか新しい抗菌剤が開発できていない現状では、将来薬剤耐性菌による死亡が、がんによる死亡を上回ると試算した報告もあります。

このように抗菌剤の使用は今まさに問題になっております。医師だけでなく患者も抗菌剤について理解を深め、相互にチェックする必要があります。

食物繊維は、整腸作用だけでない

食事

近年の高カロリーで食物繊維の少ない食事の傾向が腸内環境にも影響を与えていることが知られており、疾病との関連が懸念されています。

腸内細菌から放出される多種多様な化学物質は、我々の身体にも作用することが分かってきており、このような事実は、腸内細菌叢が我々の体格や健康、性格などいろいろな影響を与えている可能性を示唆するものです。

短鎖脂肪酸は、植物油や動物が持つ油の中に普遍的に含まれる脂肪酸よりも炭素の鎖が短い脂肪酸で、腸内細菌叢が食物繊維を発酵分解することで作られます。

最近の報告により、ある種の短鎖脂肪酸 (酢酸、プロピオン酸、酪酸など) はエネルギー源として使われるだけでなく、人の臓器に働きかける信号すなわちシグナル伝達物質として機能することが明らかになりました。

これら短鎖脂肪酸は、受容体 (GPR41GPR43など) を刺激することで筋肉や肝臓でのインスリンの働きを高め、食欲を抑えるホルモンのレプチンや血圧を下げる作用など多彩な作用を示します。

その結果、エネルギー消費を上げて脂肪の蓄積を抑制することで肥満を抑えることが分かってきました。

つまり野菜などに含まれる食物繊維は、これまでの便通を良くし、お腹の調子を整えるといった従来の整腸機能の概念を超えて、腸内細菌によって発酵分解されて生じるプロピオン酸などが身体の代謝を変化させるという二次的な機能も持っていると言えます。

胎児は、母親の食生活を感じとり、その効果が生涯続くかも。

最新の論文では、さらに興味深い可能性が示唆されました。著者らの研究グループは、母体の腸内細菌叢が胎児の発達と出生後の疾患への感受性に及ぼす影響についてマウス実験により詳細な研究を行いました。

その結果、母マウスの腸内で産生されるプロピオン酸などの短鎖脂肪酸が胎仔 (お腹にいるマウス) に働きかけて、仔マウスのその後の体格にまで影響を与えることが判明しました。

さらに食物繊維が少ない母マウスから生まれた仔マウスは太りやすくなりますが、餌にプロピオン酸を混ぜることで食物繊維が多い餌を与えた母から生まれた仔マウスと同様の体格になることも示しています。この効果は、仔マウスの代謝機能を成熟させ、マウスの生涯にまで影響を与えました。

つまり、人の胎児がお腹にいるときも母親の食環境を感じ取り、その影響が生涯まで続く可能性を示唆しており、DOHaD仮説を説明する1つの重要な研究結果を報告しています。

<参考>

SHARE RESEARCH ARTICLE Maternal gut microbiota in pregnancy influences offspring metabolic phenotype in mice

しかし、注意も必要です。米国食品医薬品局(FDA)によって安全性が認められている保存料であるプロピオン酸は、パンや洋菓子などの加工食品に菌やカビの増殖を抑えるために含まれています。

このプロピオン酸をマウスに長期的わたりマウスに与え続けると体重が増加し、2型糖尿病の発症につながるインスリン抵抗性を示すようになったという報告もあります。

また、この報告で人においてもプロピオン酸が血糖値を上昇させるホルモンの分泌が促進され、血中インスリン値も上昇したことを示しています。

<参考>

The short-chain fatty acid propionate increases glucagon and FABP4 production, impairing insulin action in mice and humans

プロピオン酸の適正な量や長期的な影響などはまだ良くわかっておらず今後の研究成果が期待されます。

最後に

腸内細菌叢の形成が胎児や子どもの将来にどのような影響があるかまだ分かっていないことが多くあります。

子どもの将来のリスクを回避し、リスクを最小限にする解決方法の開発が望まれています。出産や育児、子どもたちの健康の問題は、個人や家族だけの問題ではなく社会全体の課題です。今後さらなる研究の発展が期待されます。

執筆

薬学博士・薬剤師

linus7

 

薬剤師免許取得後、薬学博士を修了し大学で研究および教育業務に勤めました。その後、薬剤師として臨床現場で従事してきました。2人の子の父で子育てにも奮闘中です。健康や薬、子育て、教育などに興味を持っており、特にがんや代謝、感染症などの分野を得意としています。現在社会では、一見問題ないように我々は生活を送れていますが、実は多くの解決すべき問題を抱えています。より良い社会を作るためには、社会全体で知識を共有することだと思っております。研究者と医療従事者の両面から最新の知見を分かりやすくお伝えしたいと思っております。

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