今回は音の記憶というテーマで考えてみます。
学生の時に好きだった曲を聴くと、本当にその時のことが一気に蘇りますね。
小さい時に見てたアニメの曲、YouTubeで見たら保育園の時のこと思い出したよ!
ワンワン!(すきなおと ある!)
曲のイメージが記憶を呼び戻す
ピアノを弾いていたり、音楽を聴くとき、記憶が呼び戻される、という経験はありませんか?
例えばその音楽が以前誰かと聴いていたものだったり、仲間と楽しく歌った曲であったり、ドライブしながら聴いていた曲だったり。
またはそれらの音に似ている雰囲気だな、など。
音により、その時の感覚、空気、風景が瞬間で蘇るのです。
私もこれまで生きていた中で、数万の曲との出会いがありました。
一人旅の時にカセット(当時はウォークマンでした笑)で繰り返しテーマソングのように聴いていた曲、
大好きな海外のバンドにまつわる思い出、などなど。その時のまさに空気感が蘇ります。
また、ピアノを学ぶ過程で出会ったハーモニーや、刺激的なメロディ、一つ一つにも大切な(苦痛も含めて)思い出が詰まっています。
どこかで後ろを押してくれたり、癒してくれた曲など、
きっと皆さんにもその頃の感情や風景が浮かんでくる思い出の音楽があるのではないでしょうか。
音楽を聴いたり、歌ったりすることで元気になる、これはどんなに時代が変わっても繰り返されています。
落ち込んでいる時に寄り添ってくれる音楽を持っていると、
それはどんな薬よりもよく効く特効薬になります。
心が動かされること、細胞が元気になる感覚、それにより体調をも変えてしまう。
これこそ音楽の力、です。
特効薬となりえる音とは
先ほど特効薬となる、とお話したのは、強く心が揺さぶられるような音の力を感じた場合です。
何も考えず、ただ指を動かして演奏していたり、ただ聞き流してクラシックを聞く、
これらはもちろん無駄とは言いませんが、効果としては弱いのではないか、と感じています。
乾いたタオルが水に染みていくように、心の中に音を染み渡らせること。
音のストーリーやイメージ、歌詞などの世界観に入り込むことができた時に、初めてその音楽が大切なパートナーとなります。
また、たとえ大好きな曲であっても、その時の気持ちや状態によって効く音楽は変わります。
例えば気持ちや体が弱っている方が、激しい曲を聴いても、むしろしんどく感じる場合もあります。
そんな時は、寄り添ってくれる優しい音楽、慰めてくれるような歌を聴くとしっくりと落ち着きます。
ご自身の状態に合わせた選曲が必要となります。
または、これまでさほど心に響かなかったのに、落ち込んでいる時にたまたま聴いたら、
まさに今の自分の状況にぴったりの歌詞の内容だったことに気付いたり、ということもあります。
日頃から、いろいろな音楽に触れていると、
その時その時の自分自身の状態にピッタリ合った音楽を自分に処方することができます。
お腹の中で聞いていた音
産まれる前の赤ちゃんが、お腹で母親や父親の声、音楽を聞いている。
これは、最も古い記憶の一つと言われています。
また、お母さんの心臓の音、血管の音、そういったものを浴びて成長をしていく段階で、
お母さんに対する安心感が芽生えていきます。
そして産まれてから、当時歌っていたり聴いていた音楽を聴かせると、知っている!という表情で聞く、泣き止む、といったことをよく耳にします。
胎児は6ヶ月頃に聴かせた音楽に70%が何かしらの反応を示した、という調査結果もあります。
このことから、お腹にいる頃からモーツァルトや英語を聴かせる、など情操教育を薦める記述をよく目にします。
ひょっとすると自分の音への嗜好は、この頃にある程度決まっているのかもしれません。
私が靴の音や水の音が大好きなルーツも、この辺りにあるかもしれません。
みなさんも何か心当たりはないでしょうか。
残念ながら赤ちゃんの頃の記憶は、ほぼ100%忘れていきます。
ですが、意識としての記憶になくても、潜在意識の中では絶対的に残っていて、
成長してから自然と選んで聴いている音楽は、実はかつてお母さんのお腹の中で聴いていた音楽だった、
といったこともあるかもしれません。
原点となる音との出会いがそこにはあるのではないでしょうか。
生死の境での音楽
私の父は、72歳で病死しました。
クラシックの愛好家で、ベートーベンやブラームス、ブルックナーなどの交響曲や弦楽曲が大好きでした。
また、ビートルズの初期~中期の曲も高齢になってからよく聴いていました。
意識不明となり、集中治療室に入った時、私と兄でCDプレーヤーを病室に持ち込んで、
1日中、音楽を再生しておいていただけないかと病院にお願いし、許可をいただきました。
個室にいた2、3日の間、父の部屋から選んだCD(モーツァルト、ブラームスやビートルズ)をかけていました。
あるときに私がブラームスの弦楽曲をかけていたら、父の目が開き、明らかににっこりと微笑んでくれたのです。
その笑顔はキラキラとしていて子供のようで、私はとても喜び、すぐに担当の先生に意識が戻っているのでは?と伝えましたが、
先生は淡々と、残念ながら意識は戻っておらず、おそらく音か光などの刺激に対する反射反応だろう、と告げられました。
とはいえ、私たち家族は確信していました。
意識はもうろうとしていたとしても、大好きなメロディが遠くで鳴っていることを感じ、笑顔という結果となったはず、と。
残念ながら、その後意識を戻すことなく、父は亡くなりましたが、
その時かけていた曲たちは、そのまま私の思い出の曲となり、いまだに聴くと当時の感情の揺れを感じます。
特にブラームスの弦楽6重奏、ビートルズの「I’ve Just Seen a Face」
この2曲は私にとって、大切な音楽となりました。
何度聴いても素晴らしいメロディです。
ブラームス 弦楽6重奏曲第1番 2楽章
The Beatles「I’ve Just Seen a Face」
医療と音楽は相容れないもの?
父の笑顔については、現代の医学では説明できないような出来事ですが、
実際のところ、多くの方が何かしら似たような経験をされているのでは、と私は思います。
私が目撃した父の反応については、医療の場では「神経的な反応」と片づけられてしまいます。
もちろん、中には一緒になって喜んでくれるお医者様はいらっしゃると思いますが、確証のもてない事は言えないでしょうし、
忙しい救急の現場では難しいのが現状でしょう。残念な気持ちはありますが、理解できます。
では、音楽は科学的に医療に取り組むことはできないのでしょうか?
実際の病状への緩和、改善という意味では、高齢者、特に認知症の方に対しては、
数多くの病院やケアセンターでの取り組みに現れてきています。
また、確実に痛みや辛さの緩和など、音楽が薬のように苦しんでいる方のケアになっている現実があります。
私の父の件、今思えば、個室であったとはいえ、音楽をかけ続けるというお願いを受け入れてくださったことは、感謝しかありません。
まずはこういった個々の自由を可能な限り認めてくださることが、患者の苦しみを軽減してくれる一歩なのかもしれません。
多くの方が気づいています。
人が音楽を好きであればあるほど、確実に人体や脳の変化をもたらすことは間違いないのです。
ちょっと調子が悪い時、悩み多い時、
思いきり音楽とじっくり語らうような時間を持ってみてはいかがでしょうか。
それが思い出の曲であれば、当時の気持ちに思いを寄せて、
あらためて、今の自分と向き合うことができるでしょう。
—
音は生きています。
その力を感じることができた時に、それらは皆さんを助けてくれるはずです。
<参考>
音楽の「懐かしさ」と感情反応・自伝的記憶の想起との関連 広島大学院生物圏科学研究科
昔聴いていた音楽を聴くと、その時の風景とか映画のシーンとか湧いてくることってあリませんか?