皆さんは普段、「書く」機会をどれくらい持っていますか?

私は、定期的に書く機会というと、家族で書いている5年日記があります。

夫と1日交替で書いていて、3年目の欄に突入したところです。

娘が字を書けるようになったら、一緒に書いてほしいな、なんて思っています。

1日おきに書く番がまわってくるのですが、感情が揺さぶられるような出来事があった日には、ペンが進むような気がします。

 

心理学の中で、書くことのもつ治癒力について研究する領域があります。

筆記療法や筆記開示法と呼ばれますが、アメリカの心理学者ペネベーカー(Pennebaker,1989)の研究が有名です。

彼は、ストレスフルな出来事そのものが心身の健康に影響を及ぼすのではなく、その出来事によって生じた感情や考えを他の人に開示することをせずに抑えることが心身の健康を悪化させると考えました。

そして、逆に、そういった感情や考えを開示することが、健康を増進させるという理論を提唱したのです。

彼が考案した筆記開示法は、ストレスフルな体験について感情や考えを振り返って、1回20分程度の筆記を3~4日連続で行うというのが一般的な方法です。

シンプルで手軽で安価な方法なので、多くの研究が行われ、メンタルヘルスの改善に関する有効性が示されています。

(心的外傷後ストレス障害の診断を受けている場合や、幼少期に性的虐待を受けた経験がある場合には、筆記によって気分が悪化するという報告もあり、注意が必要です。)

なぜ「書く」ことに効果があるのかというと、次の2つの点から説明されています。

1点目は、ストレスフルな出来事について書くことによって、その出来事を目に見える状態で振り返ることができます。

そうすることで、その出来事のさまざまな側面に注意を向けられるようになります。

わけもわからずつらいというのは苦しいですが、「こういう状況だから、こんな気持ちになってるんだ」と状況を俯瞰できると、私たち人間は、それだけでも気が楽になるものです。

2点目は、ストレスフルな出来事を書き出すと、その出来事に対する新しい気づきがもたらされ、状況に対する理解が増して、違う捉え方ができるようになっていくためです。

その出来事が起きた直後は「絶望的な出来事」と思えるような事も、書き出していくうちに、次に活かせる面が見えてきて、「自分の成長につながる出来事」と捉え方が変わることもあります。

 

5年日記のように、継続的に書いていくと、もうひとつ違った気づきを得ることができることもあります。

5年日記では、同じ日付の日記が5年分1ページに書けるようになっているので、今日の日記を書き込むだけでなく、去年や一昨年はどんな風に過ごしていたかな?と振り返る楽しみもあります。

そうすると、同じような出来事で同じように動揺してショックを受けているな、と自分のパターンに気づけたり、あの頃よりはうまく対処できるようになったなと自分の成長を実感できたり、今まさにストレスフルな出来事の渦中にいるときは、過去の自分もなんとかなったのだから大丈夫、と励まされたり。

たった数行の日記ですが、自分のメンタルヘルスを健やかに保つのに、案外役に立っているのかもしれません。

ペン1本から始められるので、感情的に揺さぶられるようなことがあったとき、自分のペースで試してみてはいかがでしょうか。

 

【参考文献】

Pennebaker, J.W., & Beall, S. K. 1986 Confession, inhibition, and disease. In L.Berkowitz(Ed.) Advanced in Experimental Social Psychology. Vol.22. Academic press.

執筆

博士(心理学),臨床心理士,公認心理師

関屋 裕希(せきや ゆき)

 

1985年福岡県生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、筑波大学大学院人間総合科学研究科にて博士課程を修了。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野に就職し、研究員として、労働者から小さい子をもつ母親、ベトナムの看護師まで、幅広い対象に合わせて、ストレスマネジメントプログラムの開発と効果検討研究に携わる。 現在は「デザイン×心理学」など、心理学の可能性を模索中。ここ数年の取組みの中心は、「ネガティブ感情を味方につける」、これから数年は「自分や他者を責める以外の方法でモチベートする」に取り組みたいと考えている。 中小企業から大手企業、自治体、学会でのシンポジウムなど、これまでの講演・研修、コンサルティングの実績は、10,000名以上。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。

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