生活習慣病、中年太り、メタボ、運動不足、ダイエット、、、

食べ物が溢れ、インターネットの普及や移動手段の充実により、便利すぎる世の中で暮らす私たちにとって、太らない体、つまり健康的な体の維持は常に注目されているトピックの1つです。

今回は、そんな私たちに朗報となる研究論文を紹介したいと思います。

ネイチャーに掲載されたカリフォルニア大学のWilliam C. Krauseらの報告「Oestrogen engages brain MC4R signalling to drive physical activity in female mice」では、女性ホルモンとして知られているエストロゲンが身体活動を促進させるメカニズムが示されました。つまり、エストロゲンによって太りにくい体になるというわけです。

<参考>

Nature,

A two-step hormone-signalling mechanism that drives physical activity

 

エストロゲンとエネルギー配分の関係

エストロゲンの枯渇は、活動の低下や不健康な脂肪の蓄積、糖尿病などに繋がり、エストロゲンの代謝的利益は加齢とともに必然的に減少します。

哺乳類においては、加齢とともに身体的活動が低下しますし、女性は、活動の低下が生殖に関係しています。

これについては、閉経後の女性の活動性が低下することや、総脂肪量の増加、脂肪分布が変化する傾向にあることが報告されており、実際に体感している女性も少なくないでしょう。

 

このような現象を引き起こす、または調整しているのが、今回の論文タイトルにもある「MC4R(メラノコルチン4受容体)」です。

ヒトの機能獲得型MC4R変異体は受容体の代謝回転を低下させ、体重増加を防ぐことから、MC4Rの発現を調節する内因性シグナルを特定することが重要になると筆者らは述べています。つまりMC4R発現に直接作用する細胞の伝達機構を特定することが、MC4Rの活性化の実現に繋がり、私たちの体重も減らすことできるということなのです。

 

MC4Rとは何なのか?

MC4R、メラノコルチンとはペプチドのことで、メラノコルチン受容体を介してシグナルを伝達しています。

ペプチドはアミノ酸が鎖状につながった分子の総称で、タンパク質とアミノ酸の仲間です。ちなみに、アミノ酸が50個以上結合したものをタンパク質といい、50個未満、2個以上のものがペプチドと呼ばれています。

近年、ペプチドが注目されているのは、動物性タンパク質から作られるペプチドに脂肪燃焼作用や抗酸化作用があることや、植物性タンパク質から作られるペプチドにコレステロールや血圧上昇の抑制作用などが報告されるなど、素晴らしい作用が認められてきたことが理由に挙げられます。メラノコルチン受容体は複数あり、そのなかでも4型受容体すなわちMC4Rは中枢神経系に発現し、食欲やエネルギー代謝調節に密接にかかわるとされているようです。

これはMC4Rが食欲抑制ホルモンであるレプチンのシグナルの下流に存在することが理由のようです。

実際に、MC4Rシグナルを欠損するマウスが肥満になることや、ヒトにおいてもMC4R 遺伝子異常症がヒト遺伝性肥満の原因として最も頻度が高いことが明らかとなっています。

 

また、哺乳類の中の齧歯類(マウスなど)では、排卵前に17β-エストラジオールが急増し、これがエネルギー消費を一時的に増加させることで、身体活動の増加と性的受容性のピークが連動することがわかっています。卵巣が切除された齧歯類では、閉経の影響と同様にエストラジオールなどの卵巣ホルモンのレベルが低下し、身体活動が低下します。その結果体重が増加します。

ちなみに17β-エストラジオールは卵巣から分泌されるエストロゲンの1種です。エストロゲン受容体αタンパク質に結合し、身体活動と熱の発生によるエネルギー消費を促進してくれるため、ヒトや多くの哺乳類に対して最も有効な卵巣ホルモンの1つであると言われています。

 

このエストラジオールに敏感なのが脳の視床下部腹内側核腹外側部(以下、VMHvl)にあるニューロンの集団で、知覚されるエネルギー状態に基づいて座りがちな行動と身体活動のバランスを調節しているようです。つまり、閉経とそれに伴うエストラジオールの減少が座りがちな行動を引き起こしている原因でもあるのです。

 

そこで、雌マウスのエストロゲン受容体αシグナル伝達を調べ、エストロゲンがエネルギー配分にどのように影響するかを調査したのが今回の研究です。

 

エストロゲンは脳のMC4Rシグナル伝達に関与して身体活動を促進させる

雌マウスの脳を用いてエストロゲン受容体αシグナル伝達を調べた結果、MC4Rを発現するニューロンの小集団が見つかり、このニューロン集団が覚醒中枢にシグナルを送り、エストロゲンシグナルとメラノコルチンシグナルを統合していることが明らかとなりました。

それによって、卵巣ホルモンの17β-エストラジオールが、エストロゲン受容体αタンパク質に結合し、その結果として活動量が急増することが示されました。

これが今回の研究のカギとなる知見です。

 

MC4Rが活動量の急増を引き起こすメカニズム

著者らは、閉経後のエストラジオールが低下することによって、エネルギー過剰の代謝指標として機能するメラノコルチンホルモンシグナル伝達に対する応答性が低下することを示唆しており、その結果として、座りがちな行動を引き起こすように調整されると考えているようです。

 

座りがちな行動については、2020年に「運動・身体活動と座りがちな行動に関するWHOガイドライン」が発表されたこともあり、座りがちな行動が健康に悪影響を与えることはご存知の方も多いでしょう。

<参考>https://www.who.int/publications/i/item/9789240015128

 

筆者らは、生殖年齢に達した雌マウスのVMHvlにおけるエストラジオールシグナルの分子動態を発情周期にわたって測定し、血中を循環するエストロゲンレベルとVMHvlの遺伝子発現に相関があることを見出しました。そして卵巣摘出マウスにエストラジオールを投与すると、MC4Rを含む神経細胞の代謝に関わる多くの遺伝子の発現が増加したのです。

先行研究では、メラノコルチンホルモンがMC4Rに統合し、エネルギー過剰に応じて満腹感とエネルギー消費を促進することが知られています。これらのことから、メラノコルチンシグナルは栄養素やエネルギー貯蔵量が豊富な場合にエネルギー消費を促進すると言えるようです。そのため、エストロゲンがMC4Rの発現を増加させ、活動量を急増させることは確かなようです。

 

卵巣ホルモンのエストラジオールは身体活動を促進し、座りがちな行動や体重を減らしてくれる

エストラジオールが身体活動を促進するメカニズムを調査した結果、エストラジオールはVMHvlにおいてMC4Rをコードする遺伝子の発現を増加させました。MC4Rを介したニューロンの活動は身体活動の増加を促進します。したがってエネルギー消費が促進し、体重減少に繋がるのです。

 

VMHvlでのエストロゲン受容体αシグナル伝達は、エネルギー消費の制御に関係していることが既に分かっています。以前の研究では、齧歯動物のエストロゲン受容体α発現を遮断し、VMHvlのエストラジオールシグナル伝達を人為的に減少させたところ、明らかな体重増加と座りがちな行動が生じることが示されています。MC4Rを発現するニューロンは主にVMHvlに限定されているため、今回の研究ではMC4R発現細胞を標的とする遺伝子ツールを使用して段階的ニューロンを操作しています。

 

ひと昔前は、遺伝子と聞くと非常に専門的な世界の話のように思えたものですが、近年では、遺伝子治療や遺伝子検査が一般的に行われていたり、遺伝子ダイエットや遺伝子ドーピングなど、遺伝子は広く一般に認知されつつあるキーワードとなっています。ヒトの遺伝子を操作することは簡単ではありませんが、今後さらに遺伝子操作技術が進化し、研究が加速することは間違いないでしょう。

 

著者らはCNO(clozapine N-oxide)と呼ばれる小分子の注射によって段階的ニューロンを活性化できるようにマウスを遺伝子操作しました。このCNOは人工受容体の1つで、神経細胞を興奮させる作動薬です。その結果、極めて高い身体活動が急速に誘発され、大幅な体重減少を示したということです。

ここで、この体重減少が果たして身体活動の増加だけによるものなのかと疑問を持った人も多いのではないでしょうか。しかしCNO治療は、褐色脂肪組織による熱発生や血糖値の上昇を処理する動物の能力に影響を与えなかったと述べられています。つまり、CNO治療によって引き起こされた体重減少が身体活動の増加によるものである可能性は非常に高いと言えるようです。

動物を用いた実験ではあるものの、今後ヒトへの応用を期待せずにはいられない報告です。

 

最後に

筆者らはエストロゲンがMC4R発言の強力な誘導因子であることを突き止めました。MC4Rは、直接的なエストロゲン受容体α転写標的としてエストロゲンとエネルギー消費を結びつける必須の中間成分です。

そのため排卵前の期間にMC4Rの発現が増加すると、VMHvlでメラノコルチンに対する感受性が増加し、エストロゲン依存性活性のスパイクが生じます。逆に、エストロゲン枯渇後のMC4R発現の抑制は、閉経に伴う座りがちな生活習慣増加の根底にある可能性があります。

 

著者らによって解明された、座りがちな行動を強いる可能性のあるエストロゲン依存性の神経メカニズムを理解することは、更年期障害の症状を治療するための薬理学的標的の可能性を議論するための重要な知見となるかもしれません。更年期障害と戦っている女性が多く存在するのはよく知られていますが、日常生活に支障を来すほどの耐えがたい症状であることや、無期限に持続する可能性があることは十分に認知されておらず、どこか軽く扱われているように感じるのは私だけではないでしょう。

 

今回の研究では、産後うつ病や月経前不快気分障害(PMDD)などの、ホルモン変動の期間と一致する精神障害への貢献は決定づけられていないものの、今後、精神面へのメカニズムなども明らかになり、幅広い場面でエストロゲンへのアプローチが施される世の中になることを期待したいと思います。

現在は閉経後の女性へのエストロゲン補充療法は推奨されていないものの、本研究で達成された自発的な身体活動の持続的な増加は、活動的なライフスタイルの動機付けと長期的な健康利益を探求する前臨床モデルを提供するものです。座りがちな行動を最小限に抑えるというエストロゲンの利点を強調し、閉経後の女性におけるホルモン補充療法についてさらなる議論を巻き起こすものであると締めくくっている筆者らの言葉は、1980年代から議論され続けている閉経後ホルモン補充療法に対して、エストロゲンのベネフィットを活用する意義を唱えるとともに、新たな治療方法を検討する余地があるのだと思わずにはいられないメッセージとなっています。

このような新たな発見の積み重ねによって治療方針が確立されていき、私たちはその恩恵を受けることができる。現時点で結論付けられているエストロゲンの補充療法の常識がこの研究をきっかけに変わる可能性もあるでしょう。今後のさらなる研究により、症状や対象者が具体化されることで、太らない体へ導いてくれるというエストロゲンの恩恵を受けれられる日はそう遠くはないかもしれません。

執筆

大西安季

 

理学療法士。筑波大学大学院人間総合科学研究群在籍。理学療法士として、就労世代から高齢者まで、幅広い世代の健康づくり・健康教育に関わっています。介護予防、疾病予防、健康寿命延伸といった取組みに特に興味があり、世の中にある沢山の情報を多くの人と共有し、より良い生活の一助となることを目指して活動中です。

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