タイトルの「switch」からは書籍の内容は想像できなかった。
副題にあるオートファジーという言葉もあまり聞きなじみがなかった。
目次を開くと九つある章のタイトルは非常に興味深い単語の組み合わせとなっており、一見してその単語の組み合わせが意味するところが読み取れず、さらに各章の間の関連もわからないようになっていて、どのような内容がかかれているのか非常に興味をもった。
序文、はじめに、ではオートファジーに関する基本的な背景や情報が示されている。オートファジーは日本の細胞生物学者である大隅良典氏がノーベル生理学・医学賞を受賞した研究分野であった。
オートファジーは細胞内の不要な物質や微生物を取り除き、再利用することだ。オートファジーがどれほど重要なものかは理解していなかった。このオートファジーにはmTOR(エムトア)というたんぱく質が関係していて、このmTORをスイッチとこの書籍ではよんでいる。スイッチを調節することでオートファジーが調節されているようだ。著者は106才以上の超長寿者に関する研究や、老化生物学に関する数多くの論文から、カロリー制限、間欠的断食、超低糖質の食事が寿命を延ばすのに有効であることと、それらにmTORとオートファジーが関係している可能性に気付き、さらに研究を続けているそうだ。
Index
第1章:イースター島と移植患者
イースター島といえばモアイ像が頭に浮かぶが、移植患者との関連は想像できない。実際のその二つの関連は驚きのものであった。イースター島の土壌から発見された微生物があり、それが産生する有機化合物を島の呼称であるラパ・ヌイにちなんでラパマイシンということ。ラパマイシンに抗菌、抗真菌、免疫抑制、抗腫瘍などの効果があり、ラパマイシンの研究が進み作用する機序の研究からmTORが発見されたこと。
そして現在ラパマイシンは臓器移植患者の拒絶反応抑制のために使用されているということ。このような関連であった。ラパマイシンにはさらに注目すべき作用があり、それが抗老化作用だ。1980年代から10年にもわたる研究の蓄積で、酵母、線虫、ショウジョウバエ、菌類、植物、哺乳類などにおいて細胞増殖阻害作用があることがわかった。その後の研究でラパマイシンが結合する物質がラパマイシン結合物質として特定されそれが現在mTORと呼ばれている。
興味深いことに、ラパマイシンを用いてmTORの働きを抑制すると、飢餓状態にしたのと同じ働きをし、寿命延長効果があるという。これらが酵母、マウスで研究され、現在ではイヌ等の哺乳動物で研究されている。
第2章:ごみ運搬車とリサイクル工場
これは関連がイメージしやすいが、本書において何を示しているのかすぐには分からない。mTORを抑制するとオートファジーが活性化するが、この章ではオートファジーについて詳しく説明されている。
オートファジーは細胞に不要な物質、老化した物質、細菌などの微生物を分解することで、不要な物質の蓄積を防ぎ、分解産物から利用可能な物質を再利用する。この働きは詳細に研究される前に概念としてまず確立されたらしい。非常に先見の明がある科学者いるものだ。まず脂質二重膜が細胞内に形成され、それが不要な物質を包み込むように球場になる。これをオートファゴソームという。
オートファゴソームの内容物がごみ、オートファゴソームがごみ運搬車に例えられている。オートファゴソームはたくさんの分解酵素を持つリソソームに結合し、不要な物質が分解される。
分解された物質は細胞内に放出され再利用されるということで、リソソームがリサイクル工場ということになる。
第3章:低身長症と突然変異
非常に印象に残る章であった。それまでの研究で一般的に遺伝子は寿命に関係しないとされていた。ところが、イスラエルの小児内分泌医であるズヴィ・ラロンが診療した低身長症患者の一群をラロン症候群と呼んだが、ラロン症候群の患者を長期間追跡するコホート研究から、ラロン症候群の患者は糖尿病、癌を患うことがなく、アルツハイマー病や心臓血管疾患などにかかることがとても少ないことが分かったのだ。
ラロン症候群はユダヤ系の共通の祖先をもち、中東からヨーロッパにもともと多く分布し、その後北アフリカ、北米、南米に広がったようだ。エクアドルのある地方ではラロン症候群の患者が多く、スペイン系ユダヤ人の子孫で、外部との接触を避けて孤立を保ったためその患者がおおくなったようだ。
ラロン症候群は成長ホルモン受容体遺伝子の変異が原因であるが、それによってその下流の反応であるIGF-1が減少することが関係するようだ。IGF-1はインスリン様成長因子のことで、体の成長や修復を促すが、同じメカニズムで癌細胞も増殖する。IGF-1が少ない2系統のマウスはいずれもカロリー制限したときと同様の長寿となる。IGF-1はミトコンドリアの機能に関連している可能性があり、IGF-1が少ないとオートファジーが活性化するとミトコンドリアの状態をよくなるという仕組みが考えられている。
第4章:世界各地の長寿の民族や集団の紹介
沖縄県人、ギリシャの修道士、キリスト教セブンスデー・アドベンチスト教派というそれぞれは関連がないと思われる集団だ。これらの人々には共通点があり、カロリー制限、間欠的断食、たんぱく質循環だという。
これらによりオートファジーが活性化される。これらの中ではギリシャ人やキリスト教の人々の食事は洋風のものになるので、やはり沖縄県人の生活習慣が真似しやすいと感じた。
自分の食生活で不十分であると思われる点は、摂取カロリーが少なくはない点、肉類や乳製品の摂取量が多い点、魚類の摂取量が少ない点、豆類の摂取量が少ない点などであると思われた。自分の食生活でよいと思われる点は、果物の摂取量が少ない、適度な飲酒量の2点ぐらいしかなかった。
第5章:糖質を制限
脂質を慎重に摂取することでケトン体が生成されるような状態にすることで、てんかんのコントロールがよくなる例が示されている。
また、人間が進化過程で最もカロリーが豊富な食品としてきたのは脂肪である可能性が指摘されている。
第6章:進化の過程。それぞれの時代の人類が食してきたものの解説
人間の遺伝子は100万年程度の間に0.5%ほどしか変化しないそうだ。過去の人類が長い間に築いた食事習慣が現在にも役立つ可能性があるということらしい。数万年前の旧石器時代のホモサピエンスの食事と比較すると、現代の食事はたんぱく質、単糖類、ナトリウムが多く、食物繊維、カルシウム、カリウムが少ない。
そして旧石器時代の人類の寿命を現代の狩猟採集民を参考に検討すると70才ごろまで生きる人が多い可能性があるという。これは一般的に考えられている寿命より大幅に長い印象だ。
そして、農耕が人類の栄養摂取パターンを大きく変えることになり、たんぱく質や脂質の摂取量が減少し、糖質の摂取量が増加したようだ。農耕によって食物を豊富に手に入れることができたが、糖質摂取が増え、食事量も多くなることで肥満や生活習慣病が増えているのは皮肉な経過だ。その他にも低身長化、骨密度低下、虫歯や貧血の増加、寿命の短縮などが起きているということだ。大事なことは人類のゲノムに適した食事をとるということのようだ。
第7章:脂質について
基本から詳しく記載されているが、私には少し難しく感じた。
摂取する脂質の種類に注意する必要があり、ω3系のものがよいということだ。食品の表があり、私が取り入れたいと思ったものはツナ缶だ。購入しやすいし、値段も手ごろで、料理もしやすい。他にはブロッコリーも現在よりもっと摂取したほうが良いかと思った。
第8章:クジラ、ハダカデバネズミ、喫煙者。3者についての共通点の考察
喫煙は基本的に推奨しないと念を押したうえで、クジラ、ハダカデバネズミの長寿の一因に低酸素状態があることが指摘され、喫煙も軽度の一酸化炭素の慢性的な暴露であり、低酸素状態からオートファジーが活性化される可能性もあるという。
第9章:まとめ
各章を振り返りながら復習できる。
あまり聞いたことがない食品や手に入れることが難しそうな食材もあるが、私が取り入れたいと思った食品や食材は上記の通りだ。
食品以外にも気を付けるべき点は多数記載されている。本書を読む各人がそれぞれの生活に合わせて取り入れやすい項目を取り入れていくとよいだろう。さて、ここで本書のタイトルである「SWITCH」の意味をもう一度振り返ってみよう。
本書ではmTOR複合体と呼ばれるたんぱく質をスイッチと呼び、このスイッチが抑制されるとオートファジーのプロセスが活性化される。本書で挙げられた様々な食習慣や生活スタイルはこのスイッチのオンオフを調整するものなのだ。
「スイッチ」であるmTOR複合体の働きを調整するために、自分の「スイッチ」を切り替えて慣れ親しんだ生活スタイルをみなおしていくべきであるという意味も表題には込められているように感じる。
本書を読んで皆さんもぜひスイッチを切り替えていただきたい。