絶食(ファスティング)について聞かれたことがあるかもしれません。古くから、宗教と結びついた活動として行われることの多かった絶食ですが、最近では健康やダイエットを目的に行われることも多く、プチ絶食などの言葉もよく聞かれるのではないかと思います。
では、絶食によって身体の中ではどのような変化が起き、どのような効果が報告されているのでしょうか。今回は絶食について主に老化や病気との関わりについてまとめられた総説論文1の内容について、最新論文をやさしく解説いたします。

食事制限には、以下の種類があります。

1.カロリー制限…摂取カロリーを減らすこと。酵母、無脊椎動物、マウス類、ヒト以外の霊長類では摂取カロリーを20-40%減らすと寿命が延長します。ヒトでは、摂取カロリーを15%減らすと、糖尿病、がん、心血管疾患といった老化関連疾患のリスクが減りますが、体重が大きく減少してしまいます。マウスでは、摂取カロリーを20-60%減らすと、老化や免疫機能に良い効果を及ぼしますが、インフルエンザウイルスや寄生虫にかかりやすくなることが示されています。

2.成分制限…食事の中のある成分(タンパク質や特定のアミノ酸など)のみを減らすこと。タンパク質を制限すると、マウスでは寿命が延長します。しかし、高齢のマウスや65歳以上のヒトでは、筋力が低下し、病気にかかりやすくなることが分かっています。

3.絶食…以下の種類が報告されています。
①間歇的絶食 intermittent fasting
・隔日絶食…隔日で水のみ、もしくは隔日で70%のカロリー制限
・5:2絶食…1週間のうち2日間水のみ、もしくは500-700kcal/日の低カロリーに制限し、5日間は通常の食事
・時間制限食…1日のうち、食事摂取を6-12時間のみに制限
②周期的絶食 periodic fasting
・遷延性絶食…3-21日間、水のみの絶食の後、7日以上の通常の食事
・絶食模倣食…4-7日間、絶食模倣食(低タンパク質、低糖質、高不飽和脂肪酸で、水飲みの絶食の時と体内のIGF-1*1やケトン体*2、ブドウ糖が変わらないように調整した食事)の後、10-25日間の通常の食事
*1 IGF-1…インスリン様成長因子。成長ホルモンの刺激で主に肝臓から分泌され、身体を成長させる方向に働くホルモンです。

<参照>

Nature Aging, 2021 January

 Intermittent and periodic fasting, longevity and disease

*2 ケトン体…次の項で説明します。

絶食すると、身体のエネルギー源はどうなるのか?

私たちは、主にブドウ糖をエネルギー源として使っていますが、ブドウ糖はグリコーゲンというブドウ糖が多くつながった形肝臓に蓄えられています

絶食が12-24時間続くと、血液中のブドウ糖が減って肝臓に蓄えられたグリコーゲンも使われ減少します。グリコーゲンがなくなると、筋肉で主に産生される乳酸や脂肪から出来たグリセロール、タンパク質から出来たアミノ酸などがエネルギー源として使われます。

このような状態になると、血液の中には脂肪が分解されて生じたケトン体という物質が検出されるようになります。朝ご飯を食べずに尿検査を受けて、尿の中にケトン体が検出されたことがある方もいるのではないかと思います。

間歇的絶食について

動物実験では間歇的絶食により寿命が延長することやがんの発生する年齢が遅くなること、認知機能に良い影響があることが示されています。マウスでは絶食を高齢になって始めるとむしろ逆効果で寿命が短縮してしまうため、若いうちに始めるのが効果的であることも示唆されています。
ヒトにおいては、健康な成人で4週間からや6ヶ月間の隔日絶食で、血液中の心血管系のマーカーや炎症マーカー、悪玉コレステロールの値が低下し、時間制限食によって過剰な体重増加が抑制され、睡眠の質が向上し、加齢による心臓機能の低下が抑制され、血圧と脂肪のデータが改善することが報告されています。

肥満の女性において、5:2絶食と毎日25%のカロリー制限を比較した研究では、どちらも同様に体重が減りましたが、5:2絶食の方がインスリンの効き*が良くなり、腹囲も減少しました。
このように良い効果が認められる一方、絶食を長く続けることで死亡率が上がったとの報告や、女性では胆石の病気が倍に増えたとの報告もあります。時間制限食のために朝食を抜くのは比較的簡単ですが、アメリカで行われた研究では朝食を抜くことにより死亡率が上昇しました。

これらを考慮すると、「現在のところ間歇的絶食はある程度短期間にとどめて、間歇的絶食の効果が認められている病気をもつ場合にのみ行うようにする方が良い」、とこの総説論文では記述されています。
*インスリンの効き…インスリンの効きが悪くなると血糖値が上がりやすくなり、動脈硬化も促進されます。

周期的絶食について

周期的絶食は、低栄養、急速な体重減少、血圧低下、低血糖、微小栄養の不足などの副作用が起こって危険なため、専門のクリニックで行われます。絶食の効果を高め、栄養不足を防ぐための絶食模倣食が開発され使われています。中年のメスのマウスに1か月に2回、絶食模倣食を与えると、平均寿命が11%延長し、体重と内臓脂肪が減少しましたが、筋肉量は減少せず、腫瘍の発生も減少しました。

絶食模倣食により、皮膚の炎症が抑制されたり、協調運動が改善されたり、免疫機能に良い影響を及ぼすことも報告されています。マウスにおいては、絶食模倣食の後の再摂食期に食事量が増えるので、絶食しても全体的な摂取カロリーは変わらないため、これらの効果は摂取カロリーの減少によるものではないことが分かります。
非肥満のヒトで4-21日間、200-250kcal/日の絶食を行った研究では、体重、腹囲が減少し、血圧、血糖値が低下しましたが、これらの変化は絶食中にのみ観察されました。2型糖尿病患者においては、絶食をすると体重が減少し、脂肪肝が改善しましたが、後に脂肪肝はもとに戻りました。

一方、健康なヒトで行われた1か月に5日間、3か月間の絶食では、体重減少、体幹の脂肪減少、血圧低下、IGF-1、血糖値、中性脂肪、コレステロール、インスリンの低下などが認められ、これらの変化のうちいくつかは普通の食事に戻って数か月後も維持されていました。

絶食やカロリー制限後には、脂肪肝が促進され、10日以上の絶食の後には体重も増加することが知られています。さらに、体重の7-10%が増減を繰り返すと、死亡率が増加します。「現在のところ、周期的絶食を頻繁にしすぎると長期的な副作用が出る可能性が懸念されるので、さらなる研究結果が出るまで、1年に3回までにとどめておくことが推奨される」と、この総説論文では記述されています。

絶食と細胞内シグナル経路

絶食により、細胞の中ではどのような変化が起こるのでしょうか。
酵母やマウスでは、糖やアミノ酸を感知し働くmTORC1シグナルや成長ホルモンシグナルを抑制すると、寿命が延長し、老化関連疾患にポジティブな影響があることが知られています。
動物実験で、カロリー制限によりmTORC1シグナル、成長ホルモンシグナルが抑制され、絶食により、IGF-1、ブドウ糖、インスリンが減少することが示されていますが、これらの変化は絶食が終わるともとに戻るので、寿命の延長にこれらが関わっているかどうかははっきりしません。

しかし、ヒトにおいては絶食模倣食を繰り返すと、IGF-1、インスリン、ブドウ糖は長期的に抑制されることが示されており、何らかの長期的な効果が期待できるかもしれません。

絶食―再摂食と組織の再生

絶食や絶食模倣食と再摂食により、組織や臓器において、細胞死とオートファジー*が起こり、幹細胞が活性化します。特に絶食後の再摂食の時が重要で、再生の過程が活性化され、老化細胞や傷ついた細胞が減り、組織の幹細胞から新たに出来た細胞にリニューアルされます。

これは絶食に特異的で、慢性的なカロリー制限ではみられません。骨髄、筋肉、肝臓、腸、神経などの様々な組織で幹細胞の活性化が起こります。幹細胞の活性化の少なくとも一部は、mTORC1シグナルや成長ホルモンシグナルを介して起こることが分かっています。
*幹細胞…様々な細胞を作り出す能力(分化能)と自分と同じ細胞に分裂する能力(自己複製能)をもった細胞です。
*オートファジー…細胞の中のタンパク質や器官を分解するシステム。絶食の際には、オートファジーにより新しいタンパク質と作り出して、飢餓を乗り切る仕組みと考えられます。

絶食と老化関連疾患について

絶食は動物実験において細胞の老化を遅らせたり、若返らせたりする効果をもつため、絶食と老化関連疾患の予防や、治療についての研究が行われています。

1.神経変性疾患

アルツハイマー病のモデルマウスやパーキンソン病のモデルマウスで絶食やカロリー制限を行うと、マウスの症状が改善することが報告されています。アルツハイマー病やパーキンソン病の患者は高齢であることがほとんどであり、絶食をして効果を調べるのは副作用を考慮すると困難ですが、絶食に似た様な効果のある介入が可能であれば望ましいと考えられます。

2.免疫系の病気

自己免疫性疾患は、自分のリンパ球が自分自身の組織を攻撃してしまうことで発症します。絶食を行うことにより、自分を攻撃するようなリンパ球が減少し、再摂食中に新たなリンパ球が産生されることで、自己免疫疾患が改善すると考えられています。多発性硬化症の患者で行われた臨床試験では、絶食模倣食により、患者の生活の質が改善したと報告されています。

3.悪性腫瘍

絶食により、がん細胞が生きていくための身体の中の環境が大きく変化し、がん細胞が死にやすくなり、化学療法などから正常な細胞を保護すると考えられています。さらに、再摂食の際にTリンパ球が活性化し、がん細胞を攻撃する力が強まるとも考えられています。

4.糖尿病と心血管疾患

絶食やカロリー制限により、体重減少、体脂肪の減少、インスリンの効きの改善、血圧低下といった糖尿病を含め心血管疾患のリスクファクターの改善がみられることが報告されています。

まとめ

絶食により、身体の中では様々な変化が起こり、健康の増進につながり、様々な疾患にポジティブにはたらくことが分かりました。

絶食には様々な種類があり、ネガティブな作用が起こる可能性もあるため、メリット、デメリットを理解しておくことが大切であると考えられます。

執筆

亀田 歩

 

医師・医学博士。医師免許を取得後、病院勤務を経て10年ほど前より医学研究や学生教育も並行して行っております。現在はヨーロッパに研究留学中で、日本との相違点、類似点を日々実感しながら生活中です。医学には日々新たな情報があり、それを学び続けることで今後医師としての診療がより深いものになればと思います。出来るだけわかりやすく、新たな世界を知るワクワク感を共有できれば幸いです。

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