日本における温泉、湯治の歴史

日本には27,000を超える源泉があり、日本人は古来より温泉に親しんできました。そして、「湯治」という言葉があるように、温泉療法は医療や健康法において重要な位置を占めてきました。西洋医学が入ってきた現代でも、湯治ほどではないにしても、疲労回復や気分転換などの目的で温泉はとても人気です。

温泉に入るとリフレッシュしますし、「身体によい」という感覚は多くの方々がお持ちだと思います。
それでは実際に温泉は健康にどのような影響をもたらすのでしょうか。本稿では、現代医学で解明された温泉の効果を紹介します。

 

温熱作用による血流改善、疼痛緩和

温泉の効果には大きくわけて、物理的作用と化学的作用があります。

物理的作用とは温水につかることによる効果で、化学的作用とは温泉の成分による効果です。
物理的作用として最も代表的なのは温熱作用です。温泉につかると皮膚が温められ、それによって血管が拡張し血流が増加します。温められた血液は心臓へ戻り、再び動脈をたどって全身に送られるので、結果として全身が温められることになります。これは温泉に限った効能ではなく、日常的な通常の入浴によっても効果を得ることができます。

血液は、酸素や栄養分を全身の細胞に送り、二酸化炭素や乳酸などの老廃物を細胞から運び去ってくれる役割をしているので、血流が改善するということは疲労回復に役立ちます。

また、温熱効果は神経に直接作用し、痛みを感じる神経が鈍くなり、痛みが改善します。さらに、コラーゲン繊維は温めると柔軟化しますが、その作用によって固くなったじん帯の柔軟性が増して、関節の動きもよくなることがわかっています。したがって、温泉で温まってからストレッチなどを行うと非常に効果的です。加えて、筋肉も温まることによって緊張がほぐれるので、僧帽筋の緊張によっておこる肩こりの改善にも効果的なのです。
これらの効果は通常のお風呂でもある程度は期待できますが、温泉は水道水よりも体温上昇効果が優れることが研究によって示されています。さらに、温泉に含まれる塩化物や硫酸塩は、出浴後も皮膚表面に結晶をつくるため、体温の降下速度が水道水と比べて緩やかであることがわかっています。つまり、温泉は「温まりやすく冷めにくい」のです。

<関連記事>

温泉の歴史と効果効能について

 

浮力による負荷軽減

お風呂やプールに入ると身体が軽くなることはご存じのとおりですが、これは水(湯)の浮力によるものです。へそまで入ると体重は約1/2に、乳腺のラインまでで約1/3、首までつかることで約1/10になります。つまり体重60㎏の人は首まで温泉につかることによってわずか6㎏となり、普段身体を支えている筋肉の力はほとんど必要なくなります。

健康な人であっても、重力から逃れられるこの状況はリラックスしてとても休まりますし、筋力低下や麻痺のある方は、この浮力を利用して負荷の少ない運動を無理なくこなすことができます。これは温泉でも同様の効果が期待できます。

静水圧による浮腫の改善とリハビリ

水には深さがあれば必ず静水圧が発生します。例えば50cmの水深の底10cm四方に5㎏の力がかかっています。この静水圧は、温泉につかった身体にも作用し、通常の肩までつかる全身浴では、この静水圧がより強く作用する足の血液や体液が心臓へ押し上げられ、その結果、足の浮腫が改善します。

一方で、静水圧は心臓や肺にも作用するため、心臓や肺の病気を持つ人には負担となる可能性があります。したがって、そのような人には、静水圧の少なくなる半身浴や、静水圧の発生しない低温サウナ浴が勧められます。
また、水には空気の約830倍もの粘性抵抗があり、水中で運動するとあらゆる方向に負荷をかけることができます。さらに、水(湯)の抵抗は運動のスピードに比例するため、運動負荷量を自在に調整することができます。つまり、すばやく動かせば多くの負荷がかかりますし、ゆっくり動かせば少ない負荷ですみます。この性質を生かすことにより、健常な人から、陸上では身体を動かすことが難しい方まで幅広い方々が、温泉で運動やリハビリテーションを行うことができ、それによって筋肉や動きが改善します。

この効果を念頭に、温泉を選ぶ際に泉質以外にも浴槽が深い温泉はどこかという視点で温泉を探してみるのも良いかもしれません。

 

化学的作用による皮膚への影響

温泉には水道水と異なり、さまざまな成分が含まれており、これらも身体へ影響します。
例えば、脂溶性ガス成分である炭酸ガスや硫化水素は、皮膚によく浸透し、血管拡張作用し、血流を改善させます。この作用は、軽症の高血圧などに有効です。また、温泉に含まれる硫黄、鉄、ヨードなども皮膚から少量吸収されることがわかっています。
無機塩類(ナトリウム)は、皮膚表面のタンパク質や脂質とくっついてうすい膜をつくります。それによって、水分の蒸発を防ぎ、保湿効果を長く発揮します。また酸性であれば殺菌作用を持つので、ニキビなどへの効果がありますし、アルカリ性であれば皮膚表面の古い角質を溶かし、つるつるすべすべの美肌効果を発揮します。

免疫力増強の可能性

最近では、温泉の温熱効果による免疫機能への影響も示唆されています。血液中に存在する免疫細胞の一種であるナチュラルキラー(NK)細胞は、身体が温められる刺激に対する防御反応として、その活性が増強することが分かっています。
また、身体を修復する作用をもつHSP(heat shock proteins)70というタンパク質が、温泉入浴によって上昇することが明らかとなっています。このタンパク質が増えることで、身体の修復が促され、疲労回復につながることが示唆されます。

 

温泉を利用した健康増進施設

現在、温泉療法は医療としては認められておらず、健康保険の適応にはなりません。しかし、今まで述べてきたように数々の健康効果のある温泉は、温泉利用型健康増進施設として厚生労働省に認定されており、全国で21か所あります。これらの施設では、かけ湯、半身浴、全身浴、圧注浴、寝湯、サウナなどを体験することができます。

 

最後に

このようにさまざまな健康効果を期待できる温泉も入り方を間違えると思わぬ事故につながることもあります。温泉に入浴する際は、下記のことを守ってください。

・入浴時間は温度により異なりますが、まずは3―10分程度とし、慣れたら徐々に延長しましょう。
・入浴中は一般的には安静にしていましょう。
・熱いお湯に急に入るのは避けましょう。
・食事の直前・直後に入浴すると、胃腸に流れる血流が減ってしまい、消化・吸収が低下するので、避けましょう。
・アルコールを飲んだ場合の入浴はとても危険です。脳の血流が低下したり、心臓発作を起こしたりことがあります。
・激しいスポーツを行った直後の入浴は、心臓にかかる負担が増すため避けましょう。

温泉は今も日本人にとても人気です。そして、その効果は現代医学でも明らかになりつつあります。正しい入り方を守って楽しく健康になりましょう。

<参考文献>
温泉科学 2017;67:79-87
Jpn J Rehabil Med 2018;55:997-1003
日本AEM学会誌 2020;28:196-201

執筆
君島 一成
医師・医学博士。現在は都内の病院で内科医として診療を行っています。最近は新型コロナウイルス感染症の診療にも従事しています。その傍ら、Webライターとしても活動しており、医学の情報をわかりやすくお伝えすることができればと思っています。

執筆

LIFE IS LONG JOURNAL編集部

 

LIFE IS LONG JOURNAL編集部。 ”LIFE IS LONG JOURNAL”は「人生100年時代」を迎え、すべての人が自分らしく充実した人生を歩んでいくための「健康寿命」を伸ばすために役立つ情報を発信するメディアです。

この記事をシェア

編集部おすすめ記事

人気記事ランキング