日本では古来より温泉は、湯治と呼ばれる療養に用いられ、またその熱は調理や発電に用いられてきました。そして現在、環境省は日本の温泉資源に着目し、「新・湯治」を提唱しています。
<参考文献>
「新・湯治」とは、温泉入浴に加えて、周辺の歴史・文化・自然・食などを活かした多様なプログラムを楽しみ、地域の人や他の訪問者とふれあい、心身ともに健康となることです。そのために、温泉地全体での療養効果を科学的に把握し、その結果を発信することが求められています。
では、温泉に入浴すること自体の療養効果は、科学的に証明されているのでしょうか。
この記事では、以下の内容を説明します。
- 温泉とは
- 温泉の効能と科学的証明
- 温泉入浴の注意点
様々な効果が報告されている温泉入浴、正しく学んで健康増進に活用しましょう。
温泉とは
温泉は、1948年に制定された温泉法によると、「地中からゆう出する温水、鉱水及び水蒸気その他のガス」のうち、次のどちらかを満たすものとなっています。
<参考文献>
温泉源から採取されるときの温度が25℃以上であること
特定の溶存物質が一定以上であること
特に、療養泉と呼ばれるものは、温泉の中で治療目的に使うことができるもの、とされ1978年に設定されました。
その定義は、源泉から採取されるときの温度が25℃以上、または、次の物質が一定以上含まれている事が条件です。
二酸化炭素
鉄イオン
水素イオン
よう化物イオン
硫黄
ラドン
療養泉は、その特徴によって10種類の泉質に分けられ、適応症がつけられています。療養泉ごとの特徴を知っておくと、目的に応じた利用が可能です。
<参考文献>
温泉大好き日本人
皆さんがそうであるように、日本人は温泉が大好きです。
その理由の一つとして、日本は火山国であり、国土が狭いにもかかわらず多くの温泉が存在し、温泉が身近であることが挙げられます。2019年度末の段階で、源泉の数は28000あまり、また宿泊施設のある温泉地も3000近く存在します。
<参考文献>
日本人と温泉
日本人と温泉のかかわりは、歴史上も多く残されています。
「令和」の引用でおなじみ、万葉集では、日本三古湯といわれる「道後温泉」「白浜温泉」「有馬温泉」のほか、「伊香保温泉」「湯河原温泉」「二日市温泉」にまつわる歌が登場します。
温泉が大好きな歴史上の人物といえば武田信玄。山梨県の湯村温泉で湯治を行った記録が残されているほか、「隠し湯」と伝えられる温泉が各地に残されています。文豪、夏目漱石も「坊ちゃん」に道後温泉を登場させ、自身も療養で修善寺を訪れ、温泉愛を文章に残しています。
温泉の効能と科学的エビデンス
なんとなく体に良いのは理解できますが、温泉(入浴)は本当に体に良いのでしょうか?
温泉の効能は、温泉のもつ、以下のような特徴によるとされます。
<参考文献>
Geriat.Med, 2006年
白石卓夫:温泉医学の現状と展望.
温熱の作用
水による皮膚の圧迫効果
温泉中の化学成分
天地効果・気候効果
その他、非特異的な効果も組み合わせ、温泉療法を行います。
<関連記事>
呼吸器疾患
気管支喘息、肺気腫、COPDなどの呼吸器系疾患は、高齢者に多く見られます。気管支喘息では、温泉療法は中等度から重度の症状改善に効果があり、その結果、薬剤の減量、副作用の防止、副腎皮質機能の改善などに役立つことがわかっています。また、慢性呼吸器疾患に対する温泉療法は、ステロイドを含む薬物療法の代替としても期待されています。
<参考文献>
谷崎勝朗:呼吸器疾患, pp258-270,日本温泉気候物理医学会,東京,2004年
皮膚疾患・じょくそう
酸性泉は、成人発症のアトピー性皮膚炎の症状を改善することが報告されています 。これは、酸性泉が原疾患に関連する黄色ブドウ球菌の感染を抑制し、細菌感染による皮膚バリア機能の破綻を防ぐと考えられています。なお、静菌・殺菌効果は湯の酸性度によって異なること、効果を発揮するためにはマンガンイオンやヨウ化物イオンの存在が重要です。温泉入浴で効果を期待する場合は、泉質を確認するのが良いでしょう。
また、じょくそうは、保存的治療や外科的治療と同時に、温泉療法の併用が可能です。炭酸泉は血行促進作用、肉芽組織の血管新生促進作用、酸性泉は静菌作用、刺激による効果、による肉芽組織の形成促進が期待されます。
<参考文献>
Acta DerrnVenereol 1997
Treatment of refractory cases of atopic dermatitis with acidic hot spring bathing.
Acta DerrnVenereol 1999
日温気物医誌 2003年
The effects of high concentration artificial warm water bathing for arterioscerotic obstruction(ASO).
日本褥瘡学会誌 2002年
人工炭酸泉浴による血管新生促進効果,創傷肉芽組織中VEGF定量による評価.
群馬医学 2001年
温泉水による重症褥瘡の局所治療の検討. 群馬医学
創傷治癒
昔から戦の傷をいやすために、温泉が使われてきました。加齢に伴う体力の低下により、創傷治癒は若年者に比べて時間がかかるものです。創傷治療の第一歩は創傷を治癒しやすい状態にすることであり、そのために壊死組織の除去、感染症対策、滲出液の管理などが必要です。温泉の物理的・化学的な刺激には、血行を良くしたり、痛みを和らげたりする効果があるため、高齢者の創傷治癒の促進が期待されます。
骨・関節
関節リウマチは、自分の骨や関節が自分の免疫力によって破壊され、炎症や機能障害を起こす病気です。温泉療法は、温熱効果を利用して痛みを和らげたり、機能障害を予防する事が可能です。また、温熱療法や運動療法による鎮痛効果により、既にある機能障害の改善も期待できます。
<参考文献>
日本温泉気候物理医学会 2004年
QOLから見た温泉療養の効果. 新温泉医学
変形性関節症は、関節軟骨の退行性変化により、関節症状や機能障害を引き起こす病気です。温泉療法では、入浴時の首、肩、腕のストレッチ、運動、マッサージなどで、筋肉の緊張をほぐすことが期待されます。
糖尿病
現在行われている糖尿病・肥満症などに対する温泉療法は、温泉浴のほか、種々の物理・温熱療法、運動・食事療法、必要に応じて薬物療法などを組み合わせて行っています。なかでも、運動療法は重要な位置を占めており、温泉プールにおける水中運動や、屋内外での各種スポーツ、温泉地の存在する豊かな自然環境を利用したウォーキングなど、さまざまな運動を行う事が可能です。また、温泉療法では、温泉地の自然環境を楽しむ天地効果・気候効果を含めて、日常社会生活のストレスから解放されることも重要でしょう。
末梢循環障害・脳血管後遺症
炭酸泉は、低い濃度でも血行促進効果があり、高濃度では閉塞性動脈硬化症(ASO)による潰瘍を合併した血管への効果が報告されました[6][9]。二酸化炭素泉は、実験室レベルで赤血球の変形性を高めることが確認されているため、赤血球の変形性の低下が問題となる、糖尿病患者の微小動脈損傷の改善にも効果が期待できます。
<参考文献>
日温気物医誌 1988年
赤血球粘度におよぼす人工炭酸温浴の効果
そのほか、少数ながら、消化器疾患、腎疾患、認知症にも温泉療法が効果が報告されています。
温泉の注意点
メリットがたくさんの温泉入浴、しかし入浴に際しては何点か注意が必要です。
1人で入らない
高齢者の浴室の事故が数多く報告されています。試算によると、年間の入浴関連死は14000人あまりです。温泉でも入浴時の注意が必要です。さまざまな温泉中の成分により、湯船や周りの床がぬかるんでいることが多いため、いっそう転倒に注意が必要です。温泉に入る際は、1人ではなく、もしものことを考えて複数人で入るようにしましょう。
<参考文献>
「雪降る露天風呂」に注意
しんしんと雪降る中の露天風呂、風情がありますが、危険です。脱衣室や浴室、外気温が低い場合、入浴時に血管収縮が起きて血圧が上昇しています。一方で入浴によって末梢血管が拡張し、血圧は低下。お湯から出る際に立ち上がることで、さらに血圧が低下します。このような急激な血圧変動をヒートショックと呼び、注意が必要です。
まずは内湯に入り体をゆっくり温めてから、露天風呂に入るようにしましょう。
水分補給が重要
せっかくの温泉、ご自宅と比べてついつい長湯をしがちです。しかし、その間に体は汗をかいています。入浴後に水分を取るのはもちろんですが、あらかじめ失われる水分を入浴前に補給し、お湯から出る際に体が脱水状態にならないように心がけましょう。
「ぬるま湯」につかろう
「ぬるま湯に浸かっている」のは甘えを表す慣用句ですが、温泉入浴に関しては賢明と言えます。温水による抗血栓効果は報告されていますが、34度程度の低い温度によるものです。42度を超える高温浴では血栓を作りやすくなる恐れがありますので注意しましょう。
<参考文献>
週刊日本医事新報 2000年
寒冷期における中高年者の入浴中の事故 血液の面から
半身浴の活用を
お湯に肩まで浸かって思わず声が出る、これぞ温泉です。しかし、肩までお湯に浸かると心臓に負担がかかるため、みぞおちまでの半身浴にとどめるのが望ましいでしょう。足湯だけでも全身の血流が増加しますので、心臓に持病がある方にはおすすめです。
飲酒後の入浴、朝風呂は危険
温泉旅館に泊まって会話が弾んでお酒も進み、寝る前に、また起床後にひとっ風呂、温泉旅行の醍醐味と言えます。しかし、食後・飲酒後の入浴や朝風呂はは血圧変動が大きくなりがちですので、食後・飲酒後の休憩や起床後ストレッチ、水分を十分にとったうえで入浴するようにしましょう。
せっかくの温泉旅行、楽しい思い出で終わるためにも、入り方に注意しましょう。
健康長寿のために、温泉の活用を
温泉には、さまざまな健康効果があることがわかってきました。
ご自身の体に合わせた温泉の効果を知ることで、温泉入浴の健康効果を高めましょう。
記事作成者:紗来(さらい)
医師、泌尿器科専門医、性機能専門医、性感染症専門医、医学博士。都内での初期研修・後期研修ののち、大学・基幹病院での臨床・研究に従事。国内外の論文(エビデンス)をもとにした一般向けのわかりやすい医療記事の執筆が得意。趣味が高じてファイナンシャルプランナー2級・福祉住環境コーディネーター3級を取得。