電車やバスを待つ、ほんの数分の時間を「暇だな」と感じるようになったのは、いつからでしょうか。
以前は、ただ待っていられたその数分を、手持ち無沙汰だと思うようになったのは。
私も含めて、多くの人が手元に置いている小さくて薄い箱のせいかもしれません。

たとえ1分でも暇だと感じられて、SNSを開いたり、動画サイトを見たり、ショッピングのアプリを開いたり……。

スマートフォンが、私たちから「時間の余白」のようなものを奪ったのかもしれません。
さまざまなものがオンライン化したこともあいまって、スケジュールの過密っぷりも加速しているように感じます。
ただでさえ、隙間なく予定が詰め込まれているのに、そのほんのわずかな隙間さえも暇だと感じて何かせずにはいられない……息を継ぐ暇もなく泳ぎ続けているかのような感覚を覚えます。

そんな毎日に、「Savoring」を取り入れるのはいかがでしょうか。
Savoringは「味わう」という意味ですが、ポジティブ心理学の文脈で研究されています。
過去に起こったポジティブな出来事を味わうReminiscing、現在生じているポジティブな出来事を味わうSavoring the moment、将来起こるであろうポジティブな出来事を味わうAnticipatingの3種類があるのですが、今回注目したいのは今を味わう「Savoring the moment」です。
今まさに起こっているポジティブな出来事をしっかりと味わうことで、ポジティブな情動が強まることや、ポジティブの程度が低い体験でも、しっかりと味わうことで、得られるポジティブな情動が強くなることがわかっています。
ちょっと気分が良くなることや嬉しいことがあっても、すぐにスマートフォンを取り出して別のことを始めて味わうことをしないのは、実はとてももったいないことなのかもしれません。

Savoringするためのアプローチの中から、いくつか生活に取り入れやすいものを紹介してみたいと思います。

■ポジティブな体験に浸る

それ以外のことからはいったん離れて、ポジティブな体験に全集中!
嬉しさや喜び、楽しさやワクワク、そのとき感じているポジティブな気持ちに浸って、思いっきり味わい切ります。
感覚を研ぎ澄ませて、感じているポジティブ感情がどんな色や質感、においなのかイメージを使って探ってみるのもおすすめです。

■行動で示す

ポジティブな気持ちを身体で表現します。
顔の表情や視線、身振り手振り、身体の姿勢をフル活用して、笑ったり、叫んだり、拍手をしたり、踊ってダンスで表現してみるのもいいかもしれません。

■誰かと共有する

ポジティブな体験を共有できる相手を見つけて、分かち合います。
言葉にして話すことでポジティブな気持ちが増幅され、相手の反応をみることで、さらに喜びや嬉しさが強まります。
友人が、1日の終わりに、その日のポジティブな体験をパートナーとシェアする習慣を取り入れているのですが、パートナーシップにもいい影響があるようです。

■記憶を構築する

体験の様子を写真や動画に撮ったり、日記やスクラップブックに記録したりすることで、その瞬間を最大限に味わうことができます。
過去に起こったポジティブな出来事を味わうReminiscingにも有効です。

ポジティブ感情は、心理的well-beingを養うことにも寄与するといわれています。
(Well-beingについて詳しく知りたい方はこちら→「しあわせって、なんだっけ?」)
ただ体験するだけでなく、立ち止まってしっかり味わうことで、私たちの人生の幸福度も変わってくるかもしれません。
今度、嬉しいな、楽しいなと感じられるポジティブな出来事に出会ったら、たとえ大きな出来事でなくとも、スマートフォンに伸ばす手を止めて、深呼吸をして、その体験を思いっきり満喫してみるのはいかがでしょうか。

 

【参考文献】
Jose, P. E., Lim, B. T., & Bryant, F. B. (2012). Does savoring increase happiness? A daily diary study. The Journal of Positive Psychology, 7, 176-187.
Bryant, F. B., & Veroff, J. (2007). Savoring: A new model of positive experience. Lawrence Erlbaum Associates Publishers.
Fredrickson, B. L. (2001). The role of positive emotions in positive psychology: The broaden-and-build theory of positive emotions. American psychologist, 56, 218-226.

執筆

博士(心理学),臨床心理士,公認心理師

関屋 裕希(せきや ゆき)

 

1985年福岡県生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、筑波大学大学院人間総合科学研究科にて博士課程を修了。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野に就職し、研究員として、労働者から小さい子をもつ母親、ベトナムの看護師まで、幅広い対象に合わせて、ストレスマネジメントプログラムの開発と効果検討研究に携わる。 現在は「デザイン×心理学」など、心理学の可能性を模索中。ここ数年の取組みの中心は、「ネガティブ感情を味方につける」、これから数年は「自分や他者を責める以外の方法でモチベートする」に取り組みたいと考えている。 中小企業から大手企業、自治体、学会でのシンポジウムなど、これまでの講演・研修、コンサルティングの実績は、10,000名以上。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。

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