1分1秒も無駄にしないように……!
そんな気負いの中で、仕事をしている自分に気づきました。
1歳の息子のお昼寝タイムが自分の貴重な仕事時間。
講演の仕事などで一時保育に預けたときには、講演前後の時間も余すことなく使い切る。
コーヒーを淹れる時間すら、もったいない。
ただ、我に返って考えてみると……こんな働き方、生き方でいいんだっけ?という疑問が浮かんできます。
タイパとは?
国語辞典を手がける三省堂が発表した「今年の新語2022」は「タイパ」でした。
タイムパフォーマンスの略で、時間対効果のことを指します。
(コスパ:コストパフォーマンスはもっと耳慣れた言葉かもしれません。)
かけた時間に対する効果や満足度で測られ、短い時間で満足のいく結果が得られたら「タイパがいい」、その逆は「タイパが悪い」ということになります。
映画を「ながら視聴」したり、倍速で再生したり、スキップしながら観たり。
「時短」と名のつく家電が多く売り出され、たしかに、私もその恩恵にあやかっています。
乾燥機つきの洗濯機なしに今の生活は成り立ちませんし、ロボット掃除機のおかげで子どもの食べこぼしも気になりません。
ホットクックやフードプロセッサーのおかげで、無事に食卓に料理が並んでいます。
仕事のタイパ
仕事でも「タイパ」を意識する機会が増えています。
企業から依頼される研修は、「なるべく短い時間で効果の高いものを」とのリクエスト。
動画の研修コンテンツでは、「うーん、うちの社員は20分も観ないかな?15分、いや10分で!」と短い時間で高い効果を、と言われます。
最短で、そして最小の労力で、最高かつ最大の成果を求める。
たしかに、私たち人間にとって、時間は限られた資源なので、浪費するのではなく、最大の効果を得ようとするのは、受け容れられやすい考え方なのかもしれません。
また、自分の人生の限られた時間を余すことなく味わい尽くそうというのは、生を受けた私たちにとっては、エネルギーの源泉のひとつでもあるでしょう。
それでも、立ち止まったほうがよいのでは、という考えが頭から離れません。
私たち、こんな働き方や生き方でいいんだっけ?
タイパを追求しすぎることで、失われるもの、こぼれ落ちていくものはないのでしょうか。
たとえば、長い目で見たときに大切なものが見落とされはしないでしょうか。
タイパ重視だと、短期的な効果を重視しやすくなります。
仕事でいえば、作業量(どれくらい作業が進んだか)や定量的な利益が優先されやすくなります。
「時間がかかること=悪」ではありませんし、まわり道や一見無駄だと思えることの中に、大切な気づきがあるかもしれません。
無駄と思われるようなことの中からアイディアが生まれることもあります。
また、「何もしないでいる」ことの価値が低く見積もられはしないでしょうか。
ただ、ぼーっとする。
一息つく。
タイパの悪いことをしているようで落ち着かずに、すぐに何かを始めてしまう、なんてことが起きそうです。
「休む」ことへの罪悪感につながって、「休めない」としたら、メンタルヘルスへの影響も出てきます。
全体観を楽しむ
心理学を学んだ身からすると、「ゲシュタルト」という言葉も浮かんできます。
ゲシュタルトというのは、ドイツ語で「全体」や「統合」を意味する言葉です。
私たちは物をみるときに、一つのまとまりとして捉える傾向を持っています。
さまざまなものを部分として認識するのではなく、意味ある全体として認識しようとします。
たとえば、道端で木を見たときに、1枚1枚の葉っぱの集まり、ととらえるのではなく、1本の木として認識します。
倍速視聴やスキップ視聴で、その音楽や映画の全体観を楽しむことができるでしょうか。
受け取れる情報量が多くなったようでいて、何も受け取れていないのかもしれません。
私たちがこれまでの人生を振り返ったときに、あの経験があってよかった、と思うことは、「タイパがいい」ことでしょうか。
うまくいかなかったから、あれこれ工夫したことで成長できた。
こんな経験は含まれていないでしょうか。
うまくいかずに時間がかかる、あれこれ試しても失敗ばかり。
これらはタイパで考えれば、「悪い」経験かもしれませんが、私たちの人生を豊かにしてくれるものでもあります。
タイパを追求して、失敗しない、がっかりしない、不満を感じない道ばかり選んでいると、私たちが触れる世界がどんどん限られたものになって、生きがいや働きがいを見つけるチャンスから遠ざかってしまうかもしれません。
ついタイパ・マインドになりそうな今、振り返りの時間が大切だと感じています。
自分がどんなことを考えたのか、感じたのか。
違和感があったとしたらその正体は?
振り返りを踏まえて、自分の生活に何を残して、何を手放すのか、決めていきます。
そうやって自分の感覚を頼りに選んだことにこそ、時間を使えるといいのかなと思っています。