今日は土曜日で仕事がない休日だ。最近はワクチン接種業務のため土日も仕事が入ることが多いが、たまたま本日は非番だ。時間があったので、数日前から考えていた料理に取り組む。冷蔵庫にセロリ、冷凍庫にひき肉があり、ミートソースを作ろうと思っていたのだ。
セロリ、人参、玉ねぎ、にんにく、ベーコンを切る。大雑把にみじん切りにし、いため、次にひき肉を投入。トマト缶の中身をどばっと入れ、ローレルを1枚いれてぐつぐつ煮る。こげないように時々かきまぜる。かきまぜながらこの厚みのある本書を読んでいる。
ジャック・アタリ氏のこの書籍は非常に興味深い内容だ。
まずカバーされている時代が非常に広範である。ホモ・何々という時代から現代までである。そのうえ、内容が浅くない。この本を読み始めたときは、あまりの膨大な事実の記載の多さにこれは本当なのだろうかと少し疑った。なにしろ最初の章には発掘された原人、猿人などの学名が並び、食べていたと推測されるものが次々と記載されているのである。世界史の授業で習った程度しかわからないが、一応アフリカで発掘調査をしているところを見たこともあり、人類の歴史には関心があるほうだと思うが、カタカナで書かれた学名が数多く登場し、知識の膨大さに驚いてしまう。
実は当初、記載されたそれぞれの内容が事実なのか、それに加えて、これが一人の人物によって記載されたものなのかという疑問が生じた。
一人で書くにしては記載されている内容が非常に広範な知識を必要とする内容であったからだ。そのため途中で一旦本の最後の著者略歴とあとがきをみた。すると、著者のジャック・アタリという人物の博覧強記ぶりが記されていた。アタリ氏は他にも複数の書籍を出版していて、分野も広く、いずれも深い内容であるという。半信半疑で読みすすめると、記述内容にも一貫性があり、博覧強記の人物であるということが納得できた。
この書籍が扱う時代の範囲があまりにも広いため、興味を持った部分について紹介する。
興味深く読み進められたのはやはり自分の知っている食材や料理、それらを発見、発明、開発した個人や企業の名前が登場してくる時代からである。
1600年ごろのイタリアで、ピザ、パスタ、パルメザンチーズという、現在も人気のある食品が登場した。フォーク、ナイフが登場したのも同じころであったそうだ。思っていたよりも遅い。
砂糖に対して初めて警鐘を鳴らしたというフランスの医師、フィリップ・エケのことは同じ医師として印象に残った。1709年のことだという。今から300年前のことだ。
大航海時代になると、インカ帝国、コロンブス、アメリカ大陸からヨーロッパにジャガイモ、トマトなどが広がった。トマトがイタリアに伝わることで、トマトソースのピザができたようだ。パイナップル・七面鳥・唐辛子もこのころヨーロッパに持ち込まれたのは知らなかった。
唐辛子は高級品である胡椒に対して、貧者の香辛料とよばれたそうだ。現在注目される食品であるキヌアは当時から存在したが、グルテンが少なくパンにすることができなかったためヨーロッパに持ち込まれなかったというのにはなるほどと思った。エチオピアからコーヒーが、中国からお茶がヨーロッパに輸入され、よく知られていることだ。
中学高校で勉強し、そして忘れていった自分の少ない世界史の知識の復習なるとともに、食の歴史という新たな軸が加わり歴史の流れの理解が深まった。
中世、近現代と近づくにつれて、なじみ深い食材、調理法、言葉、企業などが次々と登場する。レストランの語源、世界各地の飢饉と反乱の関係なども勉強になった。
19世紀になると、瓶詰という調理法、テンサイから砂糖を生産する方法、ガスレンジ、チョコレート、ビスケット、チューインガムなどが登場している。現在注目を浴びている昆虫食は、ヨーロッパにおいては19世紀に植民地の食習慣として紹介されている。肥満度を表すBMI、イギリス軍隊を養うためのコンビーフもこのころ開発された。
医療に関係する内容にはやはり興味を覚える。医師や薬剤師が治療目的で開発したものが現在の食品になっているものは多いようだ。
19世紀には乳幼児の栄養失調を防ぐために粉ミルクが開発された。スイスの薬剤師アンリ・ネスレが母乳保育を受けられない新生児のために開発し、自身が設立した会社に自分の名前を付けた。これが現在のネスレであろうか。
興味深かったのはコカ・コーラの歴史だ。もともとはフランスで医師と調剤師が開発した、ワインにコカの葉を付けた薬用の液体があり、医学的に認められていたそうだ。これが南北戦争後のアメリカで人気商品になり、このワインに着想を得てコカの葉、コラノキという植物の種子を含む飲料として調合された商品がコカ・コーラだという。
我が家でも忙しい朝に、朝食の時間を作る時間がない場合、栄養をバランスよくとれるコーンフレークを使うことがある。聞いたことのあるケロッグは、実は開発した医学博士の名前であった。パンの代用品として開発しようとして、当初は乾燥した小麦を圧排して作り、のちにトウモロコシを使うようになったそうだ。消化不良などの治療に効果があると紹介され、市販されたという。
工業の生産体制として広く知られているラインによる流れ作業が実は食肉処理場で始まったものだとは知らなかった。アメリカで食肉の需要が増大し、滑車に吊り下げられた枝肉が通過する間に一列に並んだ労働者が分担して作業を行うようになり、さらに電気で導入され自動化されることによって生産性が飛躍的に向上したという。そしてこの方式を取り入れたのが自動車産業ということだ。
1900年以降になると、名前を聞いたことのある会社や商品がもっと増え読み進めるスピードも加速した。マーガリン、ケンタッキーフライドチキン、マクドナルドなどである。
日本のカレーライスについても少し言及されている。明治時代に入り、イギリス経由でインドのカレーが輸入されるようになって、それに米を添えた料理が流行し、それがカレーライスになったということだ。
学生の頃に父に連れられてエチオピアに滞在したことがある。テフと呼ばれる穀物から作られるインジェラという生地と、様々なおかずを一緒に食べるのであるが、代表的なものがワットといわれる肉の煮込み料理だ。確か鳥の煮込みがドロ・ワットであったと思う。非常においしかった記憶がある。この本にも記載があり、懐かしい思いと、世界の中で有名な代表的な料理であるということを認識できた。インジェラやワットの記載も簡潔に正確になされている印象で、きっと他の私の知らない料理もそうであろうという印象を受けた。
最近ブームとなりつつある昆虫食についても記載がある。昆虫食には以前から興味がある。蜂の子の佃煮を買って食卓に出したとき、最初家族は嫌がったが、結局食いしん坊の長女が好んで食べていた。最近はスーパーでコオロギせんべいを家族が買ってきて食べたがやはりおいしかった。
栄養も豊富で、環境への負担も少ないようだ。世界の様々な昆虫食や、昆虫の用途(例えば養殖魚の餌)などが紹介されている。
最後の章には、今後どのように食と向き合うべきかという点についていくつかの問題点や課題が示されている。肉や魚を減らす、糖分を減らす、地産地消、ゆっくり食べる、食育、などがあげられている。私に関していえばもともと甘いものは嫌いであるので糖分を減らすのは全く問題ない。さて、私の今作っているミートソースはどうであろうか。ゆっくり調理して食事を楽しんでいる点はよさそうだが、火を長い時間使っているので環境にはよくないかもしれない。材料は地産地消ではないし、肉を使っている。肉や魚を減らすのは少し寂しいが、今後は植物由来の肉や培養肉などにも取り組んでいきたいと思った。
一度読んで終わらすのはもったいなく、興味のある部分を読み直したり、辞書のように調べたり、包括的に書かれているので時代や地域の食に関する全体像をつかむにも適しており、本棚に置いておいて必要なときに読み返していきたい。