最近、誰かに「ありがとう」と言ったのは、いつですか?
私の場合、日常の「ありがとう」では、電車の中で0歳の娘を抱いているときに「席を譲るよ」と声をかけてもらったことが思い浮かびます。

少し大きな特別な「ありがとう」では、学生時代の友人に対してメッセージを送ったことが思い出されます。
友人が昨年仕事を頑張った証にもらったという金一封を、何か身につけられるものにして残したい、と出かけたちょっと特別な買い物に同席させてもらったのです。
今でも年に数回会って、お互いに、どんな風に悩みながら仕事をしているかも知っているので、彼女の頑張りが目に見える形になったことが、自分のことのように嬉しく、また誇らしくもあり、「こんな関係でいられるのが有難いな」とメッセージを送ったのでした。
私たちの人生には、いろんな「ありがとう」があります。

「ありがとう」が組織的な取り組みになることもあります。
ここ数年、社内のコミュニケーション活性化をねらいとして「サンキューカード」を導入しているという話を聞くことがあります。
サンキューカードとは、職場の仲間に「ありがとう」の気持ちを伝えるためのカードのことで、カードに相手の名前と感謝の言葉を書いて相手に手渡したり、専用のボードや壁に貼りつけたり、ITツールを活用して、オンライン上でカードを送り合ったり、さまざまな運用がなされています。
ここで着目されているのは、感謝の機能や効果です。

心理学の研究では、感謝は「他者の善意によって自己が利益を得ていることを認知することで生じるポジティブな感情」と定義されています。
定義として文章で書くと、とたんに難しいことのように感じますが、冒頭の私の体験のように、私たちが「ありがとう」と自然に言いたくなるときの感情のことです。
感謝の心理的な機能としては、①利益を検出する機能、②感謝を示すことで、相手が望ましい行動をとり続ける機能、③感謝を感じた本人の望ましい行動を促す機能という3つの機能があることが示されています。
サンキューカードの制度も、他の人がしてくれたことへの注目を促して、感謝を言葉にしてカードという見える形で相手に示すことで、組織内の望ましい行動が増え、相互の関係構築や組織文化の醸成をねらいとしているのだと思います。

感謝が、主観的well-beingの増大やストレスの低減など、私たちの精神的な健康を促進することも示されています。

Well-beingについて詳しく知りたい方はこちら→「しあわせって、なんだっけ?」

 

そのメカニズムには3つの仮説があります。
簡単にひとつずつ紹介していくと、次のような感じです。

①スキーマ仮説
感謝しやすい人は、良好な人間関係を築きやすく、結果として精神的健康が高まる。

②コーピング仮説
感謝しやすい人は、ストレスに対して、自分を責めたり行動を放棄するのではなく、周囲のサポートを活用して物事を肯定的に解釈するという対処をとる傾向があるので、精神的健康が高まる。

③ポジティブ感情仮説
感謝を含むポジティブ感情そのものが、さまざまな心的不調を予防する機能をもっているため、精神的健康が高まる。

感謝を高めるための方法についても研究がされていて、主に3つの方法が使われています。
1つ目は、感謝した出来事を定期的に日記などで記録する感謝記録法、2つ目は、数分間など短時間、感謝にまつわる出来事を想起する感謝想起法、3つ目は、自分が感じている感謝を、実際に手紙などで本人に伝える感謝訪問法です。

記録法と想起法は、1日の終わりに感謝を感じた出来事を思い出したり記録するなど、自分1人でも手軽に始められる方法ですし、訪問法は、相手からの反応も返ってくるというのが特徴でしょうか。
冒頭のエピソードで、友人にメッセージを送ったら、友人もまたメッセージを返してくれて、さらに感謝や関係が深まった感覚がありました。

もうひとつ、well-beingへの感謝の効果を検討した研究の中で、感謝を「味わう」ことの重要性が示唆されています。
ただ単純に感謝した出来事を数え上げるのではなく、ひとつの感謝体験をじっくり味わうことのほうが私たちのwell-beingにとって大事なのではないか、ということです。
もし今度、「ありがとう」の気持ちが湧いてきたら、少しの間そこにとどまって、じっくり味わってみるのはいかがでしょうか。

【参考文献】
・本多明生. 進化心理学とポジティブ感情-感謝の適応的意味. 現代のエスプリ. 2010, 512, 37-47.
Wood, A.M.; Froh, J.J.; Geraghty, A.W.A. Gratitude and well-being: A review and theoretical integration. Clinical Psychology Review. 2010, 30, 890-905.
・相川充, 矢田さゆり, 吉野優香. 感謝を数えることが主観的ウェルビーイングに及ぼす効果についての介入実験. 東京学芸大学紀要, 2013, 64(1), 125-138.

執筆

博士(心理学),臨床心理士,公認心理師

関屋 裕希(せきや ゆき)

 

1985年福岡県生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、筑波大学大学院人間総合科学研究科にて博士課程を修了。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野に就職し、研究員として、労働者から小さい子をもつ母親、ベトナムの看護師まで、幅広い対象に合わせて、ストレスマネジメントプログラムの開発と効果検討研究に携わる。 現在は「デザイン×心理学」など、心理学の可能性を模索中。ここ数年の取組みの中心は、「ネガティブ感情を味方につける」、これから数年は「自分や他者を責める以外の方法でモチベートする」に取り組みたいと考えている。 中小企業から大手企業、自治体、学会でのシンポジウムなど、これまでの講演・研修、コンサルティングの実績は、10,000名以上。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。

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