肺は呼吸によって酸素と二酸化炭素の交換を行う臓器です。鼻や口から吸い込んだ空気は気道を通り、気道は気管となり、左右の気管支に分かれた後、それが何度も枝分かれして、先端の肺胞と呼ばれる大変小さな袋状の部分に至ります。

この肺胞で酸素と二酸化炭素の交換が行われます。肺胞は私たちの肺に約3億個もあり、その表面積は約70m2と臓器の中で最も大きいものです。健康な人でも加齢に伴って徐々に肺の機能が落ちて、ガス交換機能が落ちたり、感染に弱くなったりすると言われています。
呼吸器系の病気による死亡リスクは高齢になるほど高くなりますが、新型コロナウイルスによる重症化、死亡リスクも高齢者で高く、80歳以上の死亡リスクは50歳代の20倍と報告されています。肺の老化の仕組みを理解することで、新型コロナウイルスが高齢者で重症化しやすい理由が理解できるかもしれません。
今回は、アメリカの学術雑誌Cellに2021年4月に掲載された肺の老化についての総説論文の内容をご紹介します。

<参考文献>

Cell, 2021 Apr.15

The aging lung: Physiology, disease, and immunity

老化に伴う肺の細胞の変化

肺の機能は18-25歳までに成熟してピークを迎え、35歳以降、肺胞の表面積が減少したり、空気が入るスペースが拡大したり、粘膜絨毛クリアランス*が低下したり、弾性が変化したりします。肺を構成する細胞の種類は多数あり、老化を引き起こすメカニズムには不明な点も多いですが、代表的な細胞、構造について以下に簡単にまとめます。
*粘膜繊毛クリアランス: 口から入って気道に到達した病原体は、粘液にとらえられ、さらにその下の繊毛が動いて外へ押し出していきます。

・肺胞上皮細胞

肺胞の表面にはⅠ型とⅡ型肺胞上皮細胞が存在します。Ⅰ型肺胞上皮細胞は酸素、二酸化炭素のガス交換の中心的な役割を果たし、肺胞の95%を占めます。Ⅱ型肺胞上皮細胞は肺をなめらかにし肺胞がつぶれるのを防ぐ物質であるサーファクタントを産生するとともに、Ⅰ型肺胞上皮細胞に変化する前駆細胞でもあります。加齢とともに肺胞上皮細胞の数が減少し、機能が低下します。不十分なタンパク質が産生されやすくなることも報告されています。

・肺の前駆細胞

前駆細胞とは、最終的に身体を構成する細胞に変化出来る細胞のことです。前駆細胞によって必要に応じて新たな細胞が出来ることで、傷ついた肺の組織が修復されたり、再生されたりします。気道や気管にも前駆細胞が存在しますが、これらの数は加齢に伴い減少します。肺胞においてはⅡ型肺胞上皮細胞が主な前駆細胞で、肺胞が傷つくと増殖してⅠ型肺胞上皮細胞に変化し、ガス交換を担うようになります。年齢によってⅡ型細胞の数は変化しませんが、増殖したり分化したり(ガス交換出来るⅠ型肺胞上皮細胞になること)する能力が低下します。これらの変化が年齢とともに肺気腫や肺線維症が増えることの一因と考えられています。

・肺の免疫細胞

後の「肺における免疫と老化」の項で説明します。

・肺の間質

肺の間質とは肺胞の周りの壁にあたる部分です。肺の間質にある物質は肺の弾性を変化させて機能に関連するため大変重要です。加齢により、肺の間質が硬くなり、血管の弾性が低下しますが、肺の間質に存在するタンパク質の種類にも変化が起こっています。線維芽細胞が老化することによっても、肺が硬く細胞表面に存在しなり、肺の線維化が進むことが知られています。

老化に伴う細胞のストレス反応

私たちの肺は、空気中に含まれる物質、病原体、汚染物質、たばこの煙などによるストレスに常にさらされています。

・タンパク質恒常性の変化

タンパク質恒常性とは、細胞がタンパク質の合成、折りたたみ、修飾、分解などをコントロールして、傷ついたり間違って作られたりしたタンパク質の蓄積を防いで、細胞の安定性や機能を保つことです。特に基礎疾患がなくても、細胞がタンパク質恒常性を保つ力は年齢とともに低下します。ユビキチンプロテアソーム系(ユビキチンという小さなタンパク質が結合して目印となり、結合したタンパク質が切り刻まれる)やオートファジー(不要になった物質を膜で包み込んで分解する)といった2大タンパク質品分解システムの機能も年齢とともに低下します。結節性硬化症(肺を含む全身に良性の腫瘍や過誤腫という病変が出来る病気)やαアンチトリプシン欠損症(若いうちに慢性閉そく性肺疾患を発症する病気)、一部の肺線維症は遺伝子異常により起こります。若いうちには異常なタンパク質を分解する能力が十分ありますが、加齢によりその能力が低下するために発症することが分かっています。

・ミトコンドリアの制御不全

ミトコンドリアは、細胞内でエネルギーを作り出す器官です。年齢とともにミトコンドリア遺伝子の変化が起こったり、ミトコンドリアの機能が低下したりします。Ⅱ型肺胞上皮細胞には肺のミトコンドリアのうち50%までが存在しますが、特に年齢による影響を受けやすいことが分かっています。傷ついたミトコンドリアを処理する機能も年齢とともに低下し、マウスにおいてその機能が低下すると肺の線維化が進みます。特発性間質性肺炎という病気の患者の2型肺胞上皮細胞には傷ついたミトコンドリアが多くたまっていることが報告されています。

・代謝物質の変化

酸素が少ない状況で、Ⅱ型肺胞上皮細胞はエネルギーを節約するように働きますが、この働きは年齢とともに低下します。細胞がエネルギーを得るために必須のNAD(ニコチンアミド・アデニンジヌクレオチド)を必要とする、サーチュインという老化制御の中心である遺伝子の働きも年齢と共に低下しますが、これも肺胞の拡大や肺の機能低下に寄与します。サーファクタントを分泌する2型肺胞上皮細胞にとって重要な、脂肪分を供給する力も低下することが示唆されています。

・酸化ストレス

活性酸素には細胞が生きていくための様々な働きがありますが、過剰になると細胞を傷害し、有害となります。活性酸素が過剰となる状態を酸化ストレスと言います。年齢とともに活性酸素が増えますし、タバコのような外的要因でも活性酸素が増えます。活性酸素は、肺線維症や肺がんといった病気の原因となることが様々な研究で示されています。一方、男性喫煙者で抗酸化剤によって肺がんの発生が減るかどうかを調べた臨床研究では、驚くべきことに抗酸化剤を服用した方が肺がんの発生が多くなりました。活性酸素を抑制しすぎることは良くないと考えられ、非常に注意深いアプローチが必要と考えられます。

・細胞の老化

細胞の老化とは、細胞が分裂を停止した状態や、形態やタンパク質合成の状態が特徴的に変化した状態を言います。加齢や抗がん剤、放射線、酸素療法、酸化ストレス、喫煙などが細胞老化の原因となります。傷ついた細胞が細胞分裂を停止すると、癌の発生が抑制されるため重要な仕組みである一方、老化細胞が癌や慢性閉そく性肺疾患、肺線維症といった病気の原因ともなります。

老化した肺の細胞からは特徴的な物質が分泌され、これが肺の機能低下と大きく関わっていることも分かっています。肺の老化した細胞を特異的に殺すことで、老化に関連する肺の機能低下や老化に関連する疾患を改善できる可能性が示唆され、研究が行われています。

 

関連記事:細胞が老化してNADが減少するプロセスにおいて、CD38が重要な役割を果たしている

肺における免疫と老化

気道や肺は、常に環境の変化にさらされており、免疫反応が精密にコントロールされていることが非常に重要です。
・inflammaging
inflammagingとは、inflammation(炎症)とaging(加齢)を合わせて生まれた単語です。炎症は老化や老化に伴う病気と密接に関連します。高齢になると、肺において炎症性サイトカインの量が増え、それが病原体を認識したり貪食細胞が病原体を食べる免疫反応を低下させたりやワクチンへの反応を低下させたりし、病気の原因ともなります。
*サイトカイン: 主に免疫系の細胞から分泌されるタンパク質で、細胞同士の相互作用などの働きをもちます。病原体などが原因で炎症性サイトカインが分泌されると、身体の炎症が促され、免疫反応が活性化されます。

・病原体に応じた免疫反応

病原体に応じた免疫反応とは、外因性の病原体を無毒化する反応のことで、今までに出会った病原体やワクチンを記憶したり、新たな病原体や出来てしまったがん細胞を探し出したりする反応のことですが、これも加齢とともに大きく低下します。高齢になると、リンパ球を新たに作り出す能力や、抗体を産生する力も低下します。インフルエンザウイルスワクチンに対する抗体産生力は、若い人では65-80%であるのに対し、高齢者では30―50%であるとの報告もあります。

・肺がんと免疫療法

肺がんによる死亡は全がんによる死亡の25%を占め、日本でも男性のがんによる死亡原因で最も多く、女性でも2番目に多いがんです。がん細胞では遺伝子の変化が起こっていますが、高齢になるほど遺伝子の変化が蓄積しやすくなり、がんが発生しやすくなります。免疫の力を利用してがんの治療を行うがん免疫療法は、肺がんに対しても使われていますが、高齢者の方ががん免疫療法の効果が低く、生存率が悪いことが報告されています。

・高齢者における呼吸器感染症

ウイルス性や細菌性の呼吸器感染症は高齢者の死亡原因として大変多く、日本の90歳以上では肺炎が死因の第2位です。高齢になると咳反射が起こりにくくなり、気道粘膜のバリア機能が悪化し、気道粘膜細胞の粘膜繊毛クリアランスが低下することなどが肺炎重症化の原因であると言われています。肺炎の原因として最も多いのは肺炎球菌ですが、高齢になると、肺の上皮細胞に肺炎球菌が付着しやすくなることも分かっています。高齢者ではインフルエンザウイルスによる重症化リスクも高く、65-74歳の死亡リスクは25-49歳の30倍にもなります。

・新型コロナウイルス感染症について

新型コロナウイルス感染による高い重症化、死亡リスクの原因の一つとして、高齢者では何らかの基礎疾患を有することが多いことがあげられます。新型コロナウイルスはⅡ型肺胞上皮細胞に感染し、増殖しますが、感染の際にはアンジオテンシン変換酵素2という、細胞表面に存在し血圧をあげるホルモンであるアンジオテンシンを作り出す酵素を使って感染します。ヒトにおいてアンジオテンシン変換酵素2はインターフェロンという炎症性サイトカイン内免疫反応によって増えます。つまり、新型コロナウイルスは自らが感染して炎症性サイトカインを出させることでより細胞に侵入する力を強めているのです。

重症患者では、インターフェロン遺伝子に変異が起こっていることや、インターフェロンによる細胞内シグナルを弱めるような抗体が作られていることが報告されていますが、これが高齢者に多い現象であるかはまだ分かっていません。しかし。加齢によりインターフェロンシグナル経路が変化するため、高齢者における高いリスクとインターフェロンには何らかの関わりがあると考えられます。サルやマウスを用いた研究では、高齢の動物の肺で炎症性サイトカインが非常に多く分泌されることが示されており、高齢者における過剰な免疫反応が死亡率を高めているとも考えられます。

新型コロナウイルス遺伝子は免疫反応に関わる遺伝子とともに発現していることが報告されており、免疫反応の低下も高齢者における高いリスクに関わっていると考えられます。一般的に、高齢者においてはワクチンの有効性が低下すると言われており、現在世界中で進められている新型コロナウイルスに対するワクチンの効果についても慎重に観察する必要がありそうです。

最後に

肺の老化により様々な細胞で、多くのシステムに変化が起こることが分かりました。全てを若い状態と同等にすることは難しいですが、ひとつひとつの現象に対応することで、高齢者における肺の機能低下や新型コロナウイルスを含めた感染症のリスクを少しでも改善できるかもしれません。

 

 

執筆

亀田 歩

 

医師・医学博士。医師免許を取得後、病院勤務を経て10年ほど前より医学研究や学生教育も並行して行っております。現在はヨーロッパに研究留学中で、日本との相違点、類似点を日々実感しながら生活中です。医学には日々新たな情報があり、それを学び続けることで今後医師としての診療がより深いものになればと思います。出来るだけわかりやすく、新たな世界を知るワクワク感を共有できれば幸いです。

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