新型コロナウイルスによる混乱状態の中、重症者数や死亡者数、感染者数と同様に増加を続けているものの中に、うつ病、自殺者、DV、依存症などがある。さらに子供の学力低下も懸念されていることの1つであるが、これらが「脳」に起因していることは言うに及ばない。
いま、「脳を鍛える」ことが自分自身で出来るとすれば、この状況を乗り越えるための1つの大きなファクターになりうるかもしれない。

精神医学博士であるジョン J. レイティの「SPARK: The Revolutionary New Science of Exercise and the Brain」の翻訳本「脳を鍛えるには運動しかない!」では、運動が脳のはたらきをどれほど向上させるのかを、きちんとした根拠に基づいて示している。

 

技術の進歩により動かなくて良い生活を築いてきた人類だが、人類はそもそも動くように生まれついている。当然と言えば当然だが、動かない生活は脳も殺してしまい、実際に脳は縮んでいってしまう。これは、外出自粛を余儀なくされている今、さらに助長されているといえる。
運動が認知能力と心の健康に強い影響を与え、ほとんどの精神の問題において最高の治療法であるということが多くの人に認識され、コロナ禍の今こそ、多くの人の生活に運動が取り入れられることを願って、この1冊を紹介したい。

運動をすることでストレスやうつ症状を抑えられる

体と脳のストレスへの反応の仕方には複数の要因が絡んでいるが、ポイントは「どう反応するか」だという。すなわち、ストレスにどう対処するかによって、気持ちが変わるだけではなく、脳がどう変化するかも違ってきて、ひたすら受け身だったり、逃げ道がなかったりするとストレスが有害なものなるとのこと。どうやらストレスは、コントロールすることが鍵らしい。

ストレスは万病のもと、なんて言葉を耳にすることも多いが、ストレスはそんなに悪いものではないようだ。
生態の基本的なパラダイムにおいてストレスは、修復メカニズムすなわち回復することで、むしろ強くなり、ときに驚くほどの成果をもたらすという。
考えてみれば、いま世界中が一斉に進めているワクチン接種がもたらす効果と同じような思考プロセスで理解ができる。確かに多少のストレスは悪くなさそうだ。

運動によって引き起こされる脳の活動は、分子サイズの副産物を生み出し、それがニューロンを傷つけるものの、ニューロンは筋肉と同じように、いったん壊れて、より丈夫に作り直されるらしい。すなわち、運動が心と体の適応能力を高めていってくれるのである。

運動が「うつ」に与える利益については、ご存知の方も多いはずである。
ある研究では、運動をしている人は、していない人に比べて、うつ、怒り、ストレス、「ひねくれたものの見方」が極めて少ないことが報告されている。
その他の研究でも、否定的な気持ちの軽減、自尊心の向上、うつ改善、気分の向上などの多くの根拠が示されており、「運動が最高の治療法である」という著者の言葉に納得できる内容が書かれている。


運動は子どもの成績を向上させ、IQや言語能力にも大きな影響を与える

アメリカのイリノイ州にあるネーパーヴィル203学区独自の体育の取組みから生まれた「0時限」という授業モデルにより、著しく成績が向上したことが報告されている。
0時限の真髄は、スポーツではなく、健康について教えるところにあるようだ。その知識は生涯役立つだけでなく、生徒たちにより長くより幸せな人生を送らせることができる、というものらしい。
まさに、人生100年時代に生きる現代の子どもの教育に最も必要なプログラムであると言えるかもしれない。

0時限は非常にシンプルで、1限が始まる前に有酸素運動すなわち走るだけだ。生徒たちは最大心拍数の80~90%の間で運動するように指示されている。
この有酸素運動こそが「適応」に劇的な効果を及ぼし、学力をはじめ脳の機能に良い利益をもたらしてくれるようだ。
ちなみに「適応」とは、心身のシステムのバランスを整え、その能力を最大限にする機能であり、心身の健康において欠くことのできないメカニズムのことである。

さらに運動は成績だけでなく、記憶力、集中力、学力態度にも良い影響が示されている。
そういえば私の小学生時代の夏休みには、地域ごとに朝早く集まり、ラジオ体操を行う習慣があったが、あれがもし有酸素運動であったとすれば、少し人生が変わっていたのではないかと妄想をしてしまうくらい、簡単で有益な方法である。

運動を週2回以上続ければ認知症になる確率が半分になる

第9章のサブタイトル「賢く老いる」は、個人的にとても好きなタイトルである。
年をとることは避けられないが、100歳でも健康にほとんど問題のない人もいれば、頭も体も慢性疾患に蝕まれる人もいるのはなぜだろうか。なぜ、老化の道筋が人によって大きく異なるのだろうか。

細胞レベルで生と死を見てみると、年をとると体中の細胞がストレスへの適応力を失っていくようだ。どうやら、細胞は古くなるほどフリーラジカルによる酸化ストレスや、過度のエネルギーの要求、過度の興奮などに立ち向かう力が弱くなるためらしい。
さらに、有害なゴミを掃除するタンパク質を生成するはずの遺伝子の働きが弱くなると、細胞の死のスパイラルが始まり、多くの有害なタンパク質が生じ、それらがアルツハイマー病に直接関係していると。

脳が萎縮することで知られているアルツハイマー病は、慢性疾患の中でも非常に注目されている病気の1つである。
神経科学者アーサー・クレイマーらが普段あまり運動をしない60~79歳を対象に、週3回、ジムで1時間の運動(ランニングマシンで歩くグループとストレッチ体操のみを行うグループ)を行い、驚くべき結果を報告している。
なんと、6カ月後のMRI検査において、ランニングマシンを使った人の前頭葉と側頭葉の皮質容量が増えていたという。これまで海馬の容量が増えることは知られていたため、これは常識やぶりの結果だった。ここで重要なのは、運動が脳の衰えを防ぐだけでなく、逆行させたという点であり、これは非常に励みになる結果ではないだろうか。

認知症の予防については、2019年にWHOが初めて認知症予防ガイドラインを発表したことが記憶に新しく、この本でも、集団調査による証明が複数示されている。
中でもフィンランドの調査研究では、少なくとも週2回以上運動していた人は、認知症になる確率が運動していない人よりも50%も低かったというから驚く。そして、「どんな遺伝子を保有していようと、そこから最善の結果を引き出せるよう、環境要因を変えていくことだ」という研究者の強い言葉からは、私たちがライフスタイルを見直すことの重要性を感じずにはいられない。

著書「脳を鍛えるには運動しかない!」では、運動が脳に素晴らしい恩恵を与えることに留まらず、心血管系の強化、肥満すなわち生活習慣病の予防、ストレスの閾値の向上、気分を明るくする、免疫系を強化、骨の強化、意欲の向上、ニューロンの可塑性を高める、ということが明らかにされている。

この説得力のある1冊を読むと、自分自身のライフスタイルを見直し、生活に運動を取り入れない理由は見当たりそうにない。ちなみに運動は、「定期的に」行うことが必要であり、さらに「強制的ではない」ことが効果を高めるらしい。
私たちが自分自身の心の健康すなわち脳を鍛えながら、免疫力を高め、生活習慣病や慢性疾患をも予防することこそが、コロナ禍を乗り越えるため、さらには人生100年時代をより良く生き抜くために、いま最も取り組むべきことなのかもしれない。

執筆

大西安季

 

理学療法士。筑波大学大学院人間総合科学研究群在籍。理学療法士として、就労世代から高齢者まで、幅広い世代の健康づくり・健康教育に関わっています。介護予防、疾病予防、健康寿命延伸といった取組みに特に興味があり、世の中にある沢山の情報を多くの人と共有し、より良い生活の一助となることを目指して活動中です。

この記事をシェア

編集部おすすめ記事

人気記事ランキング