Nrf2(Nuclear factor erythroid 2-related factor 2)は活性酸素やその他の細胞を阻害する物質など様々なストレスによって活性化する分子で、抗炎症反応、抗酸化反応、抗細菌作用などをもち、それらを通じて細胞を保護する働きをもつ分子です。

 

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は現在世界中で非常に多くの人々の健康に影響を与えていますが、その重症化率、死亡率の高さが大きな問題の一つです。

今回は、2020年9月にアメリカの学術雑誌「Trends in Pharmacological Sciences」に掲載された総説論文の内容をご紹介します。上述のNrf2を活性化することでCOVID-19の発症や病状の悪化を防ぐことが出来るのではないかと記述されています。1

 

<参考>

Science Direct, 2020 September

Can activation of NRF2 be a strategy against COVID-19?

 

肺の疾患とNrf2

糖尿病、肝臓疾患、炎症性腸疾患などの病気や、加齢によってNrf2の働きが悪くなることが知られていますが、肺の疾患にもNrf2が重要な役割を果たすのではないかと考えられています。

動物実験では、Nrf2を活性化すると炎症による肺の構造破壊を抑制できること、呼吸器感染症や急性呼吸窮迫症候群(ARDS)などに対する治療効果が報告されています。また、Nrf2の一塩基置多型(遺伝情報が書き込まれているDNAの塩基配列の一塩基のみが変化しているもので、同じ変化が集団の1%以上にみられる)は肺の疾患を引き起こすことも示唆されており、Nrf2は肺の病気の治療ターゲットになるのではないかと考えられています。

 

新型コロナウイルスとNrf2

Nrf2は以下の機序で新型コロナウイルス感染症の感染、病状の悪化を抑えることが出来るのではないかと考えられます。

 

ウイルスの体内への侵入を防ぐ

新型コロナウイルスはアンギオテンシン変換酵素2*という細胞の膜にある酵素を使って細胞の中に入り込みます。Nrf2はアンギオテンシン変換酵素2を減少させるため、新型コロナウイルスの体内への侵入を減らすことができると考えられます。

*アンギオテンシン変換酵素2:血圧をあげる代表的なホルモンであるアンギオテンシン2を作り出す酵素。この酵素の阻害薬は降圧薬や心不全治療薬、腎臓保護薬として広く使われています。

ウイルスが増殖するのを防ぐ

同じコロナウイルスの仲間で風邪の原因となるウイルスでのデータでは、Nrf2の働きがないと活性酸素が増えて、ウイルスが増えることが報告されています。したがって、逆にNrf2の働きが強まると、ウイルスが増えにくくなると考えられます。また、Nrf2はウイルスの増殖に必要なタンパク質が体内で作られるのを抑えたり、ウイルスの酵素を抑制したりといった抗ウイルス効果をもつことが示されています。

 

炎症の拡大を抑えて重症化しにくくする

COVID-19では、感染者の免疫がどのように反応するかによっても重症度が左右されます。重症者では、サイトカイン(主に免疫系の細胞から分泌されるタンパク質で、細胞同士の相互作用などの働きをもつ)が過剰に産生されるサイトカインストームが引き起こされることが大きな問題です。Nrf2にはインターロイキンやインターフェロンなどの、炎症に反応して産生されるサイトカインを抑える働きがあります。さらに、Nrf2には、組織を修復する働きもあることがわかっています。

 

したがって、Nrf2を薬剤で活性化することで新型コロナウイルスの増殖と炎症を抑制することが出来ると考えられます。

では、Nrf2を活性化する働きをもつ薬剤で、今後臨床応用が期待されるものにはどのようなものがあるでしょうか?

フマル酸ジメチル(DMF)

フマル酸ジメチルは多発性硬化症などの治療に使われる薬で、Nrf2を活性化させる効果をもつ薬剤の中で唯一、日本を含む各国で承認されています。

フマル酸ジメチルは肺の病気についても効果があるのではないかと考えられています。ただし、白血球が減少する副作用があり、ウイルスと戦ううえで白血球は非常に重要なため、COVID-19患者に使用する際には慎重に行う必要がありそうです。

 

スルフォラファン

スルフォラファンはブロッコリーなどに含まれる物質で、発芽したばかりのブロッコリーの芽であるブロッコリースーパースプラウトには特に多く含まれます。スルフォラファンについては、ウサギの呼吸窮迫症候群や高酸素による肺障害に対する効果、RSウイルスに感染したマウス体内でのウイルス増幅を抑える効果などが報告されています。細胞実験でも、様々なウイルスの増殖を抑える効果が報告されています。

ヒトに対する臨床試験では、COVID-19と関連のある慢性閉そく性肺疾患、喘息、アレルギー、鼻炎、加齢、糖尿病などへの効果が示されています。

 

バルドキソロンメチルとオマベロキソロン

バルドロキソロンメチルは、動物実験において急性肺障害に対する効果や、細胞実験で肝炎ウイルスなどいくつかのウイルスに対する効果を持つことが示されています。現在、糖尿病合併の慢性腎臓病や肺高血圧、肝疾患などに対する臨床試験が行われています。類似する化合物であるオマベロキソロンについても、眼手術後炎症や放射線性皮膚炎などいくつかの疾患に対する臨床試験が行われています。

 

抗炎症作用をもつ薬剤としてよく使われるものに、非ステロイド性抗炎症薬やステロイド薬があります。ステロイドには人工呼吸器使用や酸素吸入を要する患者での効果が認められており日本でも使われています。非ステロイド性抗炎症薬については今のところCOVID-19患者に対する効果は明らかではありません。

筆者らは、「これらの薬剤と比較して、Nrf2は体内の細胞保護効果を高めるので、より生理的であると考えられる。」と述べています。さらに、「インターロイキンに対する抗体や拮抗薬にもサイトカインストームを抑制する効果があると考えられるが、Nrf2もインターロイキンを抑えるので、これらの薬の代替ともなり得る」と記述しています。

 

このように、Nrf2にはCOVID-19に対する効果が期待される点がいくつもありますが、最後に2020年10月にイギリスの学術雑誌「Nature Communications」に発表された研究論文の内容をご紹介します。

 

<参考>

Nature Communications, 2020 October

SARS-Cov2-mediated suppression of NRF2 signaling reveals potent antiviral and anti-inflammatory activity of 4-octyl-itaconate and dimethyl fumarate.

この論文では、新型コロナウイルスに感染したヒトの肺でNrf2の働きを調べた後、細胞実験でNrf2を活性化する薬剤の効果を検討しています。

 

COVID-19患者の肺ではNrf2が抑制されている

COVID-19に罹患している患者の肺生検や、亡くなった患者の肺の組織では、Nrf2によって誘導される遺伝子が抑制されていました。つまり、新型コロナウイルスはNrf2経路を抑制することで増殖しているのではないかと考えられました。

 

Nrf2の活性化する薬剤で新型コロナウイルスの増殖が抑制された

種々の細胞(サルの腎臓上皮細胞由来の細胞、ヒトの肺がん由来の細胞、ヒトの気管支由来の細胞)を新型コロナウイルスに感染させると、細胞内にウイルス遺伝子が多く検出されるようになります。しかし、Nrf2活性化剤として、4-オクチルイタコン酸及び上述のフマル酸ジメチルを添加した後に細胞を新型コロナウイルスに感染させると、Nrf2活性化剤を添加しなかった場合と比較して、細胞内の新型コロナウイルス遺伝子の量は1/10以下に、著明な場合は10万分の1以下と大きく減少しました。

 

Nrf2の活性化する薬剤で新型コロナウイルス感染による炎症反応が抑制された

ヒトの肺がん由来、ヒト気管支由来の細胞に新型コロナウイルスに感染させると、炎症を示す遺伝子が増加しました。しかし、4-オクチルイタコン酸もしくはフマル酸ジメチルを添加した後ウイルスに感染させると、炎症を示す遺伝子はウイルス感染していない細胞と同レベルまで抑制されました。また、重症のCOVID-19患者の血液から取り出した単核細胞の炎症を示す遺伝子は健常人から取り出した単核細胞と比べて増加していましたが、これに4-オクチルイタコン酸を添加することで炎症を示す遺伝子は健常人と同じレベルに減少しました。

つまり、4-オクチルイタコン酸やフマル酸ジメチルにはCOVID-19よって引き起こされる炎症をよく抑える働きがあると考えられます。

 

まとめ

Nrf2を活性化させることで新型コロナウイルスの体内への侵入や増殖を抑えたり、感染に伴う炎症を抑えることによってサイトカインストームを抑えることが出来るのではないかと期待できる研究結果がいくつもあることが分かりました。

COVID-19に対する有効な治療手段は多く存在しないため、Nrf2を活性化する薬剤の効果が臨床試験で実証され、使用可能となれば素晴らしいことです。フマル酸ジメチルはすでに服用している患者がいるため、より近い将来COVID-19との関連が明らかになるかもしれません。論文では触れられていませんでしたが、日本の本わさびに少量含まれる成分である6-MSITC(6-メチルスルフィニルヘキシルイソチオシアネート)にもNrf2を活性化する働きがあります。細胞実験や動物実験において6-MSITCは抗炎症効果、抗血小板効果、抗がん効果などをもつことが示されており、サプリメントとしても手に入れられるものです。

<参考>

Sci. 2012, 614046, 2012

Molecular mechanisms underlying anti-inflammatory actions of 6-(methylsulfinyl)hexyl isothiocyanate derived from Wasabi(Wasabia japonica).

 

その他の薬剤についても、現在臨床試験が行われているものはヒトでの投与データが集まると思われます。

さらなるエビデンスの蓄積が期待されます。

執筆

亀田 歩

 

医師・医学博士。医師免許を取得後、病院勤務を経て10年ほど前より医学研究や学生教育も並行して行っております。現在はヨーロッパに研究留学中で、日本との相違点、類似点を日々実感しながら生活中です。医学には日々新たな情報があり、それを学び続けることで今後医師としての診療がより深いものになればと思います。出来るだけわかりやすく、新たな世界を知るワクワク感を共有できれば幸いです。

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