「食べること」は健康的な生活を送る上で、最も基本になる生活習慣です。
私たちは多くの場合は1日3回の食事を毎日欠かさず続けています。食についての知識をつけて行動することで私たちは自分たちの未来を大きく変えることが出来るかもしれません。
植物は自分自身を守るためにある種の化合物を作り出しています。これらの化合物は糖やたんぱく質のように人間が生きていくために必須の栄養ではありませんが、人間の健康を守るうえでも有益であることが明らかになってきています。
このような化合物はフィトケミカル(phytochemical)と呼ばれ、現在までに1000種類以上が知られています。フィトケミカルの中でトマトに含まれるリコピンや大豆に含まれるイソフラボンなどはよく見聞きしますね。多くの野菜や果物、ナッツ、ハーブはフィトケミカルを含んでいますので、実はフィトケミカルはとても身近な存在です。
今回は、注目すべきフィトケミカルとして、スルフォラファンをご紹介します。スルフォラファンが私たちの健康維持に役立つことを示す科学的データが多いことに驚かれることと思います。
スルフォラファンとは
スルフォラファンは、アブラナ科の野菜に含まれます。アブラナ科の野菜には、キャベツ、大根、小松菜、白菜、ブロッコリー、カリフラワー、チンゲン菜など馴染みの深い野菜が多く含まれます。スルフォラファンはブロッコリースプラウト(新芽)に特に多く含まれます。
植物由来のフィトケミカルは試験管内では大きな効果を発揮しても、生体利用率が低いために実際摂取しても期待したほど大きな効果がみられないことが多々あります。例えばポリフェノール類の生体利用率は1-10%と報告されています。
一方、スルフォラファンの生体利用率はなんと80%以上もあります1。
<参考>
Br J Nutr . 2008 Mar
以下のようにさまざまな臨床試験で効果が認められています。
<参考>
Wileyonlinelibrary.21 February 2018
Isothiocyanates: Translating the Power of Plants to People
悪性腫瘍
細胞実験や動物実験レベルでは悪性腫瘍の発症予防に効果的であるとのデータが多くあります。臨床試験でも、乳がん、肺がん、胃がんなどの消化器系のがん、前立腺がんなどのリスクを低下させる可能性が指摘されており、現在も複数の臨床試験が行われています。
糖尿病
ブロッコリースプラウト抽出物を12週間摂取した結果、2型糖尿病患者の空腹時の血糖値とHbA1c(血糖コントロールの指標)が改善しました。4週間の摂取で、2型糖尿病患者のインスリン量が減り(インスリンの効きにくさが改善したためです)、脂質データが改善しました。
皮膚疾患
3日間のブロッコリースプラウト抽出物摂取により、紫外線による皮膚の発赤予防効果が認められました。また、皮膚角化異常の患者における角化状態を改善したとの報告もされています。
心血管疾患関連
グルコファラニン(スルフォラファンの前駆体)が多く含まれるブロッコリーを12週間摂取するとLDLコレステロール値が有意に改善しました。ヘリコバクター・ピロリ陽性の2型糖尿病患者では4週間のブロッコリースプラウトパウダー摂取で心血管疾患リスクが減少しました。
発達・行動異常
18週間のスルフォラファン内服により、自閉症の男児において症状が改善しました。また、8週間のスルフォラファン投与により統合失調症患者の症状の一部が改善しました。
呼吸機能
ブロッコリースプラウト抽出物の摂取で弱毒化インフルエンザウイルスに対する免疫反応が強まり、インフルエンザウイルスによる炎症が著明に改善されました。2週間のスルフォラファン投与でぜんそく患者における気管保護効果が認められました。慢性閉そく性肺疾患(COPD)患者における鼻アレルギー反応を軽減させました。
では、これらの効果をもつスルフォラファンは、どのようなメカニズムで効果を及ぼすのでしょうか。
<参考>
Hindawi.2019
Drug Des Devel Ther. 2018
Chemopriventive activity of sulforaphane
Nrf(Nuclear factor erythroid 2-related factor 2)経路
Nrf2は活性酸素やその他細胞を阻害する物質などさまざまなストレスによって活性化されます。スルフォラファンもNrf2を活性化しますが、活性化されたNrf2は下記のように様々な機序で細胞を保護することが知られています。
・抗炎症反応、抗酸化反応のコントロールに中心的な役割を担っています。
慢性的な炎症、酸化ストレスはがん、動脈硬化性疾患、2型糖尿病、アルツハイマー病などの神経変性疾患、統合失調症などの精神疾患、自閉症などさまざまな病気の発症に関与することが示されています。したがって、スルフォラファンにはこれらの発症リスクを低下させる効果があるのではないかと考えられます。
・解毒作用 肝臓にある薬物代謝酵素に作用して、がん化を促進するような物質の代謝を促進したり、体外に排出しやすくしたりします。
・抗細菌作用
慢性胃炎、胃潰瘍、胃がん発症の主要な原因であるヘリコバクター・ピロリ感染に対する効果が示されています。胃粘膜の炎症を抑制したり、ヘリコバクター・ピロリが生きていくのに必要なウレアーゼという酵素を抑制したりするためと考えられます。
ここで、スルフォラファンのNrf2活性化の効果について細胞レベルで検討した論文をひとつご紹介します。
<参考>
PLOS one.June 8, 2020
スルフォラファンとワゴニン(漢方にも使われるオウゴンに含まれる物質)、オルチプラズ(Nrf2活性化剤として使われる化合物)、フマル酸ジメチル(乾癬や多発性硬化症の治療薬として使われ、Nrf2活性化効果が知られている)の4種の薬剤を比較しました。
いずれの薬剤もNrf2を活性化させましたが、スルフォラファンは多剤と比較して炎症の状態をより改善することが明らかになりました。さらに、スルフォラファンはある種の細胞内に感染した細菌(大腸菌と黄色ブドウ球菌)を減らす効果が多剤より高いことも分かりました。スルフォラファンは植物由来の物質ですが、他の化合物や医薬品と比較しても高いNrf2活性化効果、抗炎症効果、抗細菌効果をもつ可能性が考えられます。
Nrf2以外の経路
スルフォラファンにはNrf2とは独立した働きもあります。
・アポトーシス誘導作用
アポトーシスは細胞の自然死のことで、傷つき、身体に不必要となった細胞を排除する仕組みです。スルフォラファンにはアポトーシスを強く誘導する作用があり、がんの発生抑制に寄与するのではないかと考えられます。
・細胞周期の進行抑制作用
細胞は、細胞周期という過程を経て分裂します。したがって、どんどん増加するがん細胞は、細胞周期を制御する能力を失っています。スルフォラファンにはがん細胞特異的に細胞周期の進行を抑制する作用があります。
スルフォラファンが含まれる野菜を摂る際は
スルフォラファンのもとになるグルコファラニンは、ブロッコリーなどの野菜の細胞内では通常膜につつまれて存在していますので、よくかんで食べて下さい。ブロッコリーにおいては、茎よりも花の部分に多く含まれています。
<参考>
Czech Journal of Food Sciences.January 2011
上に述べた臨床試験で使われていたスルフォラファンの量はだいたい1日100-250μmolですが、ブロッコリースプラウトの場合10000-100000mg程度に相当するようです。
まとめ
スルフォラファン上に述べたように様々なメカニズムで、私たちの健康維持に役立つ栄養素です。
日本人の死因の1-3位はがん、心疾患、脳血管疾患ですが、その全てに抑制効果がある可能性がありますし、その他にも様々な効果が期待されます。
医薬品とは異なり、植物由来のスルフォラファンに副作用を心配する必要が少なく、安心して摂取することが出来る栄養素と考えられます。
まずは今後の食卓に、意識して取り入れてみてはいかがでしょうか。