毎日伸び続ける髪の毛。

髪の毛に含まれる成分は、毎日私たちが摂取する食べ物がベースとなっています。

アメリカのユタ大学エーリンガー教授らの研究グループでした。髪の毛を分析することで食生活が正しいか否かを判断できる、というのがユタ大学がPNAS(米国科学アカデミー紀要)に発表した研究結果です。その詳細を見てみましょう。

<参照>

PNAS August 18, 2020

Stable isotopes in hair reveal dietary protein sources with links to socioeconomic status and health

髪の毛の分析から食生活の特徴を特定

今回の研究を率いたのは、ユタ大学教授ジム・エーリンガーです。エーリンガー教授は、90年代からこの研究分野に邁進しているパイオニア的な存在となっています。
エーリンガー教授が注目するのは、「安定同位体分析」と呼ばれるものです。安定同位体とは、同じ元素でありながら中性子の数が違うために重さを異なるものをさします。

食品の種類によってわずかに異なるこれらの同位体は、体内に入ると髪の毛を含むあらゆる器官に侵入していきます。この安定同位体の比率を分析することで、その人の食生活の特徴が特定できるというのがエーリンガー教授の研究テーマなのです。

エーリンガー教授ら研究グループは、先の研究で、水に含まれる酸素の同位体の組成は、その土地ごとに特徴を持っているため、飲んだ人の髪に酸素の同位体比率が反映されることを利用し、髪に含まれる酸素の同位体の比率を調べる事で人々の移動の追跡が可能であるという研究を報告しています。

 

<参照>

PNAS February 26, 2008

Hydrogen and oxygen isotope ratios in human hair are related to geography

全米の65の都市から700人分の髪のサンプルを分析

今回の研究のために、エーリンガー教授の研究チームはまず全米の65の都市にある理髪店から、切った髪のサンプルを入手を開始しました。結果、およそ700人分の髪の毛が採取。髪のサンプルの同位体を分析したうえで、入手した理髪店周辺の住宅コストや平均年収と照らし合わせたのです。

その結果、経済的に富裕といえない地域の理髪店で入手した髪の毛からは、工業的に大量生産した肉を多量に摂取していることが、炭素同位体比から認められました。つまり、トウモロコシなどの雑穀を食べて飼育された家畜を原料にした肉の存在が浮かび上がったのです。いっぽう、平均的な年収が高い地域の髪のサンプルからは、より多くの野菜や果物、豆類や小麦などの質の良い飼料を食べて育った肉の存在がその分析から浮かび上がったのです。

また、髪の分析からは肉や乳製品など動物性のたんぱく質が毎日の食事に占める割合が、米国全体では平均して食事の57%を占めることも明らかになりました。動物性たんぱく質の過剰摂取は、心疾患などの成人病とも強い関連があるのは自明の理です。たとえば最近の研究では、アメリカのクリーヴランドクリニックのスタンリー・L・ヘイズン博士率いる研究チームによって、赤身の肉を食べ続けることによる心臓病リスクの増加が報告されています。アメリカ疾病予防管理センターが近年行った調査では、20歳から39歳のアメリカ人のうち、およそ45%が毎日ファーストフードを口にしているという結果も出ており、動物性たんぱく質の摂取のありかたも問題となっています。

<参照>

European Heart Journal,2019 Feb 14

Impact of chronic dietary red meat, white meat, or non-meat protein on trimethylamine N-oxide metabolism and renal excretion in healthy men and women

NCHS Data Brief, October 2018

Fast Food Consumption Among Adults in the United States, 2013–2016

炭素の同位体比率と肥満率も一致!

研究チームがより詳細なデータを把握しているソルトレークヴァレーの29地区については、髪の毛の同位体分析と肥満の関連性についても興味深い報告をしています。

毛髪の分析で動物性たんぱく質の割合が高い場合は、実際の肥満率とも一致するというものです。ソルトレークヴァレー地区の住民の食事において、平均的な動物性たんぱく性の割合は75パーセント。

全米平均の57%を大きく上回っています。平均年収の低さと動物性たんぱく質の摂取度、そして肥満度は比例しているというのが研究チームの導き出した結果でした。

ヘアカット代とも比例する結果に

さらに興味深いことには、それぞれの地域の理髪店のヘアカットのコストと髪の中にある同位体の存在の関連も明らかになりました。つまり、ヘアカット代が上昇するにつれて、髪の分析から明らかになった食生活がより健全であることが証明されたのです。

この結果を得たエーリンガー教授は、今回の研究は公衆衛生学の分野から見ても非常に重要な役割を果たすと語っています。とくに、科学の専門家たちが、社会的経済的に差がある地域の食事のパターンを髪の毛の分析から解析して、病気の予防等に貢献できる可能性も示唆しています。

日本でも展開される毛髪分析による健康データ集積

理研

引用:理化学研究所HP

実は、髪の毛の分析に注目をしているのはアメリカだけではありません。2017年に設立された日本の毛髪診断コンソーシアムは、理化学研究所エンジニアリングネットワーク「毛髪診断プロジェクト」と連携して、ヘルスケア、未病化、医療に関わる指標を構築することにより、現在の健康診断に加えた新たな診断方法を目指しています。

 

アミノ酸、ミネラル、脂質、ホルモンなどの毛髪の組成情報を簡単に取得・登録可能にし、個々の健康や疾病の管理をするという世界に先駆けた試みです。毛髪の分析による健康データ集積はヘルスケアや未病化という公衆衛生上のテーマにとどまらず、日本の新規産業の発展にも寄与したいという考えのようです。

 

執筆

井澤 佐知子

 

イタリア在住の主婦。イタリアの歴史や食文化に関するライティング多数。 クーリエ・ジャポン、学研ゲットナビ、ディスカバリーチャンネルジャパン、財経新聞サイエンス欄、オリーブオイルをひとまわしなどに寄稿。 物理学者の夫の影響で、地中海食をはじめとする食の健康に関して常にアンテナを立てている日々。

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