皆さんは、「そのとき、どんな気持ちでしたか?」と聞かれたときに、自分の気持ちをぱっと言葉で表現することができますか?
自分の気持ちなんだから、簡単なことだと思われるかもしれませんが、実際に問われると、多くの人にとって、「感情の言語化」というのは難しいことなのではないかと思います。
カウンセリングでも、「そのとき、どんな気持ちでしたか?」と尋ねることがありますが、「気持ち?うーん、よくわからないなぁ。嫌な感じ?モヤモヤした感じ?」と返ってくることが多かったりします。
「こんな出来事があった」、「相手からこう言われた」、「自分はこうした」など、起きた出来事や、相手や自分がどう行動したかなど、目で観察できること・事実はスラスラと話せるけれど、自分の感情や気持ちとなると、「うーん?」となってしまうのです。

「こう行動するのがよしとされている・こうすべき」
「社会的に望ましいのは、こういう進学・キャリアを歩むことだ」

こんな風に、社会が価値を置いていること、他の誰かがよしとすることなど、外的な基準をもとに生きていると、自分の感情や気持ち、「自分がどうしたいのか」という内側のことに目を向ける機会が少ないまま過ごしてきてしまうことがあります。
そうすると、「どうしたい?」と尋ねられたときにも、「指示のとおりに」、「一番人気があるもので」、「合わせるよ」という答えになっていってしまいます。
一見、相手を優先したり、周りに合わせて、そつなく社会に適応しているように見えるのですが、これはずっと続けられるものではありません。
身体の外側で起こる出来事にばかり注力して、周囲の期待に応えたり、どんどん仕事をして成果を上げ続けてはいるのですが、水面下では、「ちょっと頑張りすぎじゃない?」と身体がアラームを出していたり、「これは、自分が本当にやりたいことじゃない」と心の奥底から訴えが出ていることがあります。
そのアラームは、片頭痛や背中の痛み、おなかの調子を崩す、動悸やめまい・耳鳴り、疲労感といった体調不良という形で出てくることがあります。
知らず知らずのうちに無理をしたり、負担がかかっているのですが、一向に耳を傾けてもらえないので、身体をとおして悲鳴をあげるようになるのです。

「嫌なものは嫌」
「理由は説明できないけれど、なんだか腹が立つ」
「これはやりたいことじゃない」

そこに整合性がなくとも、万人が納得する理由がなかったとしても、自分がそう感じたのならば、それはあなたの「本当の気持ち」に他なりません。
そして、耳を傾けてあげられるのも、あなただけ。
なんとなく体調不良が続くときや、モヤモヤしているときには、少し時間をとって、自分の気持ちを探ってみましょう。
そして、本当の気持ちを見つけられたなら、「そう感じる自分」を丸ごと受けとめてあげるのです。
そこには説明責任も、整合性も必要ありません。
「あなたがそう感じている」
それで十分なのです。

執筆

博士(心理学),臨床心理士,公認心理師

関屋 裕希(せきや ゆき)

 

1985年福岡県生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、筑波大学大学院人間総合科学研究科にて博士課程を修了。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野に就職し、研究員として、労働者から小さい子をもつ母親、ベトナムの看護師まで、幅広い対象に合わせて、ストレスマネジメントプログラムの開発と効果検討研究に携わる。 現在は「デザイン×心理学」など、心理学の可能性を模索中。ここ数年の取組みの中心は、「ネガティブ感情を味方につける」、これから数年は「自分や他者を責める以外の方法でモチベートする」に取り組みたいと考えている。 中小企業から大手企業、自治体、学会でのシンポジウムなど、これまでの講演・研修、コンサルティングの実績は、10,000名以上。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。

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