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「感情」というと、どんなワードが頭に浮かびますか?

怒り、不安、悲しみ、落ち込み、妬み、恥、罪悪感……。

もちろん、喜びや楽しさ、嬉しさといったポジティブな感情もありますが、私たちが困ることが多いのは、ネガティブな感情の方でしょう。

私は大学院時代、ちょっと変わったポジティブ心理学の研究室に所属していました。

ポジティブ心理学というのは、1998年より、心理学の中に新しく打ち立てられた学問領域です。

当時、アメリカの心理学会の会長だったマーティン・セリグマンという心理学者は次のように述べました。

「心理学は、60年以上にわたり病理モデルを基本として病気の人を治すことを考えてきた。普通の人生をさらに良くすることを忘れていた。これからは、短所と同じように長所にも関心をもつ。普通の人々の人生をより充実させることにも関心をもつ。天賦の才や高い才能の養育にも関心をもつ。」

そこから始まったポジティブ心理学の研究の中では、人間の強みや、ポジティブ感情、私たちがいきいきと働くこと(ワーク・エンゲイジメント)といった概念が取り上げられていきました。

それに対して、私が所属していたのは「ちょっと変わった」ポジティブ心理学の研究室です。

先輩たちがどんなことを研究していたかというと……

 

✓心配性の人のいいところってどこだろう

✓「あきらめる」ことのよい面はなんだろう

✓ネガティブ感情がもつ意味ってなんだろう

 

そう、一見ネガティブな現象の「ポジティブな面」に着目して研究する研究室だったのです。

私はその研究室で5年間、「怒り」という感情について研究をしていました。

その中で、「私たちの生きることの中心には感情がある」ということに気づきました。

たとえ、それが私たちにとって不快な感情だったとしても、です。

 

ここで、もうひとつ、皆さんに問いかけてみたいと思います。

私たちが、映画を観たり、スポーツ観戦したりするのは、何に魅かれるからでしょうか?

オリンピックや野球やサッカーを観て、私たちが楽しんでいるのは、スポーツから生まれる感動やさまざまな感情を体験することではないでしょうか。

そこにあるのは、ポジティブ感情だけではありません。

勝敗に一喜一憂したり、世界新記録に驚いたり、審判のミスに腹を立てたり、勝利のあとは満足感と興奮に包まれたり……。

映画鑑賞も同じです。

主役のひとりになりきって、恐怖におびえたり、絶望にうちひしがれたり、嬉しさでいっぱいになったりする。

私たちが、スポーツや映画に魅了されるのは、悲しいこともないけれど喜びもない、腹が立つこともないけれど愛も感じない、平板な人生よりも、感情豊かな人生を求めているからではないでしょうか。

私たち人間は、ネガティブな感情であっても楽しめる生き物なのです。

ただ、ネガティブ感情は心地いいものではありません。

むしろ、痛いものです。

そして、取り扱いに困ることも多いものです。

だから、できれば感じたくない。

感じるのを避けようとしたり、ネガティブ感情を引き起こすような場面から逃げたくなるのです。

怒りを感じたくないから大事な関係を築かない。

不安になりたくないからチャレンジしない。

落ち込みたくないから、情熱を持たない。

そうしているうちに、私たちは、本当に生きたい人生から、どんどん自分を遠ざけてしまうことがあります。

また、もうひとつ困ったことは、感情のスイッチはポジティブとネガティブを区別してくれないということです。

ネガティブ感情を感じないように、としているうちに、ポジティブ感情も感じなくなっていってしまうのです。

私たちがネガティブ感情を避けてしまう理由のひとつは、ネガティブ感情のことをよく知らないから、というのもあります。

どう付き合ったらいいかよくわからないものは、なるべく遠ざけたい、避けたいとなるのも無理はありません。

進化心理学の観点では、ネガティブな感情が私たちに今も備わっているのは、生き延びるために役立つからだととらえます。

実際に、わたしが怒り感情を5年間研究してみて、怒りというのは、私たちに「大事なものが傷つけられているから、何か手を打った方がいい」と教えてくれている感情だということを知りました。

怒り感情の役割・機能は、「大事なものを守る」ことなのです。

他のネガティブ感情も同様で、不安は「わからないことがあるから、何か対策をしたほうがいい」と私たちに教えてくれていたり、落ち込みは「エネルギーが切れかけているから、休んだ方がいい」と教えてくれています。

 

こうして、ネガティブ感情の役割や機能を知ると、よいことがいくつかあります。

1つ目は、ネガティブ感情を感じること自体を受け容れやすくなって、自己嫌悪しなくて済むようになります。

「怒りっぽい自分が嫌」、「心配性をなんとかしたい」と自分のネガティブ感情を否定してしまいがちですが、ネガティブ感情の役割を知っていると、自分の感情はしっかり機能していて、いろんなことを教えてくれているんだなと受け容れやすくなります。

2つ目としては、自分の置かれた状況を俯瞰できるようになることが挙げられます。

「〇〇が傷つけられているから腹が立つんだ」、「△△がわからないから不安になるんだ」と感情をヒントにすることで、自分が置かれている状況に対する理解も深まります。

わけもわからず腹が立ったり、不安になると苦しいものですが、自分の状況を俯瞰できると、それだけでも、気が楽になります。

3つ目は、他者理解にも使えるということ。

怒りを感じている人を見たら、嫌だなと避けたり、不安そうな人がいても共感できずに、それが協力して仕事を進めるうえでの障害になってしまうこともあります。

けれど、それぞれの感情の機能を知っていると、怒りを感じている人がいたら、「傷つけられているその人にとっての大事なものって何だろう?」と考えてみたり、不安でいっぱいになっている人がいたら、「何がわからなくて不安なんだろう?」と閑雅してみることで、相手の状況をより理解しやすくなります。

さまざまな価値観をもった私たちがチームで一緒に仕事をしていくうえで、相手の状況を理解するヒントになるのです。

 

ネガティブな感情を味方につけることは、私たちが本当に生きたい人生を生きることを助けてくれます。

避けたり、なかったことにするのではなく、まずは耳を傾けてみる。

そこから始めてみませんか。

 

【参考文献】

関屋裕希. (2017). 感情の問題地図. 技術評論社.

執筆

博士(心理学),臨床心理士,公認心理師

関屋 裕希(せきや ゆき)

 

1985年福岡県生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、筑波大学大学院人間総合科学研究科にて博士課程を修了。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野に就職し、研究員として、労働者から小さい子をもつ母親、ベトナムの看護師まで、幅広い対象に合わせて、ストレスマネジメントプログラムの開発と効果検討研究に携わる。 現在は「デザイン×心理学」など、心理学の可能性を模索中。ここ数年の取組みの中心は、「ネガティブ感情を味方につける」、これから数年は「自分や他者を責める以外の方法でモチベートする」に取り組みたいと考えている。 中小企業から大手企業、自治体、学会でのシンポジウムなど、これまでの講演・研修、コンサルティングの実績は、10,000名以上。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。

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