今から10年ほど前、お母さんを対象にした研究をしていたことがあります。

研究に協力してもらっていたのは、未就学児をもつお母さんたちで、プログラムを受けている間、子どもたちは別室で保育士さんにみてもらうという託児つきのプログラムを提供しました。

当時、大学院を卒業したばかりだった私は、「ひよこクラブ」というお母さん向けの雑誌を買って、お母さんたちのストレス要因を探って、プログラムづくりをしました。

うつや不安の低減を目的とした認知行動療法ベースのプログラムでしたが、1回あたり12人ほどの少人数のプログラムだったこともあり、いろんな相談ごとが挙がりました。

その中で、一番多く挙がったのが「子どもに、イライラしてしまう!」、「イライラが止まらなくて、どうしたらいいか分からない!」というものでした。

皆さんは、自分の「イライラ」に手を焼いたこと、ありませんか?

平常心でいたいのに、ついイライラして、声を荒げてしまう。

いつだって穏やかに対応できる自分でいたいのに、つい、きついことを言ってしまう。

 

当時、私に悩みを話してくれたお母さんたちも、イライラする自分に対しても、苛立ちを募らせているようでした。

私が一番最初に伝えたのは、「お子さんたちのことを大事に思っているから、イライラするのは当然!自然なことです」ということでした。

怒りという感情は、自分の大事なものが傷つけられた・傷つけられそうになったときに生じる感情です。

 

子どもが危ないことをしようとしている!

大事だから、しっかり食べてほしいのに。

横断歩道では、手をつないでくれないと!

 

自分の大事なものが危険にさらされているとき、脅かされるとき、人は怒りを感じます。

「ほら、危ない!」、「何やってるの!」

つい、声を荒げてしまうのも、無理はないのです。

「大事だからこそ、怒りが湧く」と知ったお母さんたちは、一様にほっとした顔をしていました。

一番苦しかったのは、「イライラする自分は大人げない」、「子どもにもっと優しくしたいのに、そうできないなんてダメだ」とイライラする自分を責めて、自己嫌悪に陥っていたことでした。

「イライラするのは子どものことが大事だから」ということを知っただけで、イライラする自分を受け容れやすくなり、その結果、イライラもおさまりやすくなった、すぐに落ち着けるようになった、という方がほとんどでした。


もうひとつ、伝えたのは、イライラしやすさは「環境のせい」でもあるということです。

多くのお母さんは、自分に余裕がないせい、自分のキャパシティが少ないから、とイライラしやすさを自分のせいにしていました。

けれど、心理学の研究の中で、暑い、うるさい、疲れが溜まっている、といった環境要因によって、イライラしやすさが高まることがわかっています。

考えてみれば、お母さんたちは、睡眠不足で疲れていたり、子どもの泣き声を聞いていたり、イライラしやすい環境に身を置いています。

イライラしたときに「自分のせい」とするのではなく、環境を見直すことで、「いったん、子どもから離れよう」、「調整して、睡眠をしっかりとろう」と対策がとりやすくなりました。

静かな環境に身を置いてみると、気持ちが落ち着いたり、睡眠をしっかりとれている状態だと、イライラが募りにくいことを体験したお母さんたちは、次にイライラしたときにも、「忙しくて睡眠不足だから、イライラしてしまうのも無理ないな」と、自分を責めずにいられるようになりました。

 

これは、お母さんたちに限らず、すべての、自分のイライラに手を焼いている人に役立つ知識だと思っています。

仕事のことでイライラしてしまうのは、自分がその仕事にエネルギーを注いで、大事だと思っているから。

声を荒げやすくなっているのは、根を詰めて仕事をしていて、休みが足りないから。

この2つを知っておくだけでも、自分のイライラと付き合いやすくなるはずです!

執筆

博士(心理学),臨床心理士,公認心理師

関屋 裕希(せきや ゆき)

 

1985年福岡県生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、筑波大学大学院人間総合科学研究科にて博士課程を修了。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野に就職し、研究員として、労働者から小さい子をもつ母親、ベトナムの看護師まで、幅広い対象に合わせて、ストレスマネジメントプログラムの開発と効果検討研究に携わる。 現在は「デザイン×心理学」など、心理学の可能性を模索中。ここ数年の取組みの中心は、「ネガティブ感情を味方につける」、これから数年は「自分や他者を責める以外の方法でモチベートする」に取り組みたいと考えている。 中小企業から大手企業、自治体、学会でのシンポジウムなど、これまでの講演・研修、コンサルティングの実績は、10,000名以上。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。

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