年に1回、厚生労働省が職場のメンタルヘルスシンポジウムを開催しています。

「相談しやすい職場づくり」、「職場復帰支援」、「ワーク・エンゲイジメント」など、毎年テーマが設定されているのですが、今年度のテーマに、はっとさせられました。

それは、「管理監督者をいたわる組織づくり」というものでした。

これまで、職場のメンタルヘルス対策の中では、管理監督者いわゆる上司と呼ばれる立場にいる方たちは、自分自身の健康管理とあわせて、部下の健康管理のキーパーソンとして位置づけられることが多く、安全配慮義務の順守の一端を担うなど、役割を果たすことを求められる場面が多くありました。

そんな管理監督者を「いたわる」ことの大切さがテーマとして取り上げられていて、現場で働いている実感としては、「まさにここが大事!」と大きくうなずく一方で、つい後回しにしていなかったかな、と身につまされました。

 

ストレスチェック制度で使用されている職業性ストレス簡易調査票の新版である、新職業性ストレス簡易調査票では、職種別の全国標準値を参照することができますが、管理職は、専門技術職や事務職、営業販売職に比べて、心理的ストレス反応の数値が良好な結果となっています。

この結果も、量的な負担や質的な負担は大きいけれど、裁量度も高いため、心身の健康に影響させずに働くことができている、と捉えられてきました。

けれど、2019年に発表された、男性の職業階層別死亡率を検討した研究では、日本や韓国の上級熟練労働者(管理職・専門職)の死亡率がその他の職業階層より高くなっていることが示されており、健康リスクの高さが示されています。

また、研究結果の中では、上級熟練労働者の死亡率が他の層に比べて最も低い欧州各国との傾向の違いも際立っていました。

 

実際に、現場で出会う管理監督者の方を取り巻く環境も、年々過酷になっているように思えます。

自分自身の業務も遂行しながら部下の管理もしなければいけない、という役割の方が増えて、時間的な余裕が減っています。

部下の育成もしなければいけないけれど、ハラスメントをしてはいけないというプレッシャーや、コロナ禍で進んだオンライン化への対応、複雑化する労務管理への対応、デジタル化への対応などもしていかなければいけません。

上には物を言いづらく、実際にはそこまでの裁量度がないというミドルマネージャーも多く、限られた環境の中で、業務を遂行しながら部下をマネジメント・ケアするというのは、一度に多くのことを求められる仕事です。

また、仕事以外に目を向けると、世代的には、育児や介護をしている方も多くいます。

こういった環境下では、部下をマネジメントしたり、ケアしようにも、時間的・精神的余裕がないというのは、どんなタフな方であっても陥る状況ではないでしょうか。

では、この問題にどう対処していけばよいのでしょう。

管理監督者の課題だから、管理監督者だけで解決しよう、というのは無理な話です。

むしろ、管理監督者へのサポート、資源をどれだけ増やしていけるかが対処のポイントだと思います。

まず、サポートについてですが、管理監督者が困ったときに相談できる先、支援してくれる部署や窓口、人がどれくらいいるでしょうか。

管理監督者の上司という立場にいる方たちからの支援も重要です。

また、組織内の資源の拡充も重要です。

人的資源や物的資源、金銭的資源はもちろん、目には見えませんが、心理社会的な資源にも注目したいところです。

経営層からの情報が信頼できること、多様な労働者に対応する風土や方針があること、人事評価が公正であること、社員のキャリアについて、人事方針や目標が明確にされ、教育の機会が提供されていること、ワーク・ライフ・バランスを支援する風土や方針があること……などなど。

組織レベルの心理社会的資源が充足していることで、社員が働きやすい、働きがいを感じやすい職場環境が実現できていれば、管理監督の負担も減っていきます。

 

組織資源の拡充に加えて、私の経験から、対策のヒントを2つ挙げたいと思います。

以前、研究開発した管理監督者向けのプログラムでは、グループディスカッションの時間を長く設けているのですが、研修のメインのテーマ以外のところで、こんな声がたくさんフィードバックされました。

 

「他の管理職も同じように悩んでいることがわかって、それだけでも気が楽になった」

「同じ悩みをもつ者同士でディスカッションできたことで、頑張ろうというエネルギーが湧いた」

「難しさを抱えているのが自分だけでないとわかって、これからも管理職同士で情報交換や相談の機会を持つことにした」

 

多くの管理職が、自職場のマネジメントの悩みを抱えながら孤軍奮闘している姿が見えていきました。

管理職同士が悩みを共有できる場や、お互いに相談し合える場が増えることも、ひとつの解決策になりそうです。

 

もう1つは、自分の職場のストレスチェック結果を管理職自身が部下にフィードバックしながら、職場環境を良くしていく話し合いをする取り組みをしていた企業での話です。

職場結果を部下にフィードバックするときに、管理職としての職場運営の悩みや、難しいと感じていることを率直に部下に伝えた職場では、部下が職場環境改善にコミットしたり、上司に協力する行動が増えていったのです。

管理職の側から、自分の悩みを部下に共有するというのは勇気がいることですが、こういった管理職の自己開示が部下からのサポートを引き寄せるのだと実感した瞬間でした。

その職場の部下たちは、「上司も悩むのだな」と知って、身近な存在に感じられるようになった、率直に話してもらえたことで信頼関係が築けた、と話していました。

こちらは、組織の変化を待たずとも、始められる対策かもしれません。

とはいえ、途中で強調したように、管理職の課題を、管理職任せにしていては、負担の大きい現状は変わりません。

やはり、組織の体制・あり方が変わっていくことが必要です。

私自身も、「管理職をいたわる」を頭に置きながら、自分の活動を見直してみたいと思っています。

 

【参考文献】

Tanaka et al. (2019). Mortality inequalities by occupational class among men in Japan, South Korea and eight European countries: a national register-based study, 1990–2015. Epidemiol Community Health 2019;0:1–9.

執筆

博士(心理学),臨床心理士,公認心理師

関屋 裕希(せきや ゆき)

 

1985年福岡県生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、筑波大学大学院人間総合科学研究科にて博士課程を修了。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野に就職し、研究員として、労働者から小さい子をもつ母親、ベトナムの看護師まで、幅広い対象に合わせて、ストレスマネジメントプログラムの開発と効果検討研究に携わる。 現在は「デザイン×心理学」など、心理学の可能性を模索中。ここ数年の取組みの中心は、「ネガティブ感情を味方につける」、これから数年は「自分や他者を責める以外の方法でモチベートする」に取り組みたいと考えている。 中小企業から大手企業、自治体、学会でのシンポジウムなど、これまでの講演・研修、コンサルティングの実績は、10,000名以上。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。

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