4月、新しい組織で働き始めた、という人も多いかと思います。

新しい組織での定着を阻害する要因として、リアリティ・ショック(RS;Porter & Steers, 1973)というものがあります。

入ってみて、「あれ、思ったとの違った…!」と思い描いていた理想と現実とのギャップにショックを受けるのです。

リアリティ・ショックの多様性に注目して概念整理を行った論文では、「こんな組織・仕事だろう」という期待だけでなく、自分の能力に対する過信、組織や仕事、人間関係に対する覚悟もリアリティ・ショックを生むとしています。

遭遇する現実としては、予想以上に厳しい組織や過酷な仕事、厳しい人間関係だった場合だけでなく、予想以上にぬるい組織やたやすい仕事も含まれます。

リアリティ・ショックというと、ネガティブな印象があるかもしれません。

もちろん、ネガティブな影響として、組織コミットメントや上司への信頼感の低下、組織社会化が進まない、離職意思につながるといったものがあります。

けれど、一方でポジティブな影響も見出されています。

1つ目は、覚醒効果と呼ばれ、今までの常識が通用しなくなることや、自分の適性や能力の程度に気づかせてくれる効果です。

2つ目は、動機づけ効果で、認知的なギャップや不協和は人を行動に動機づけることが分かっています。

3つ目は、学習促進効果で、覚醒効果や動機づけ効果をもとに、組織や仕事に関する知識習得が促進されていきます。

4つ目は、ネットワーク広範化促進効果で、リアリティ・ショックに遭遇した人は、職場の同僚にとどまらず、部署外や組織外の人々から助言を得ようと行動する傾向があり、組織内外のネットワークを広範化させる効果があるのです。

 

まだ研究は進んでいませんが、テレワークという働き方が市民権を得たこの2年で、リアリティ・ショックの在りようも変わるかもしれません。

最近異動をした友人の話が印象深く残っています。

彼女は社会人15年目ですが、昨年、テレワークという働き方が主流になったタイミングで6年前にいた部署に異動することになりました。

すっかりテレワークに慣れて、一時期は東京の住まいから離れて鎌倉で仮暮らしをしてリモートワークしていた彼女でしたが、異動したあとは「うーん、出社しないと仕事を覚えられん」と出社するようになりました。

出版社という彼女のいる業界の仕事特異性もあるかもしれませんが、「うちの部署に配属されたほとんどテレワークをしている新入社員は果たして仕事を覚えられているのだろうか…」とも話していました。

彼女の場合は、もともと自分がパフォーマンスをあげるために必要な仕事の知識が把握できているので、「あ、これは出社しないとまずいな」と気づけたわけですが、その前提がない場合はどうなるのでしょう。

テレワークスタートの場合、そもそもショックを受ける現実に出会えない、ということも起きているのかもしれません。

だからテレワークではだめ、という話ではなく、新しい組織での適応支援についても、ハイブリッドを活用する、テレワーク下でも最適を高めていく必要があるのだと思います。

 

そもそも、新しい組織で仕事がうまくやれている「適応」の状態はどのように測定できるのでしょうか。

個人が組織の一員になるために、必要な態度や行動、知識を習得するプロセスを指す組織社会化という研究テーマの中では、適応の指標として、①役割明確さ、②自己効力感、③社会的受容の3つが挙げられています(図)。

. 組織社会化における新規参入者の適応の指標

 

その職場で自分が果たすべき役割が明確で、その職場で適切な行動を選択・遂行する能力を自分が持っていると捉えられており、既存の組織メンバーに受け容れられていれば、職場に適応できているということになります。

その適応の結果として、パフォーマンス、職務満足、組織コミットメント、在籍意図の向上、離職の減少がもたらされます。

テレワーク環境下であっても、この3点に注目して、新しい組織で働き始める本人、受け入れる職場双方で適応のための工夫ができそうです。

例えば、役割明確さについては、仕事の指示の出し方に工夫を加えたり、新規参入者側からは、受け取った指示内容に齟齬がないか、丁寧に確認しながら仕事を進めていくなどができます。

自己効力感については、テレワーク下では「自分がちゃんと仕事できているか、役に立てているか不安」、「仕事していても、特に何も言われない」といった声が上がりやすいため、仕事に対するフィードバックを丁寧に行っていくことが鍵になります。

フィードバックがあることで、周りの役に立っていると実感できたり、行動変容や学習の促進につながり、少しずつ仕事への自信を高めていくことができます。

社会的受容については、テレワーク下では、「会ったことのない先輩に相談しづらい」、「みんな忙しそうで質問できない」といった声が上がりやすいため、一緒に働くメンバーがどんな人なのか、人となりが分かるような雑談の機会を設けたり、困ったときの相談相手や質問相手が誰かを明確にしておくといった対応が有効です。

 

【参考文献】

Bauer, T. N., Bodner, T., Erdogan, B., Truxillo, D. M. & Tucker, J. S. (2007). Newcomer adjustment during organizational socialization: A meta-analytic review of antecedents, outcomes, and methods. Journal of applied psychology, 92(3), 707.

・尾形真実哉 (2007). 新人の組織適応課題:リアリティ・ショックの多様性と対処行

動に関する定性的分析, 人材育成研究, 2-1, 13-30.

・尾形真実哉 (2012). リアリティ・ショックが若年就業者の組織適応に与える影響の

実証研究:若年ホワイトカラーと若年看護師の比較分析, 組織科学, 45-3, 49-66.

 

執筆

博士(心理学),臨床心理士,公認心理師

関屋 裕希(せきや ゆき)

 

1985年福岡県生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、筑波大学大学院人間総合科学研究科にて博士課程を修了。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野に就職し、研究員として、労働者から小さい子をもつ母親、ベトナムの看護師まで、幅広い対象に合わせて、ストレスマネジメントプログラムの開発と効果検討研究に携わる。 現在は「デザイン×心理学」など、心理学の可能性を模索中。ここ数年の取組みの中心は、「ネガティブ感情を味方につける」、これから数年は「自分や他者を責める以外の方法でモチベートする」に取り組みたいと考えている。 中小企業から大手企業、自治体、学会でのシンポジウムなど、これまでの講演・研修、コンサルティングの実績は、10,000名以上。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。

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