私が大学院時代にトレーニングを受けた認知行動療法では、Guided Discoveryというアプローチをとります。
最初に手にしたテキストでは、「質問による発見」という訳語があてられていて印象的でした。
なぜ、このアプローチが重視されるかというと、認知行動療法におけるカウンセラーとクライエントの関係構築にその理由があります。
私は、認知行動療法におけるカウンセラーとクライエントの関係を説明するときに、ドライブの例をよく使います。
カウンセリングというと、カウンセラーがクライエントを導くイメージがあるかもしれませんが、認知行動療法では、運転席に座ってハンドルをにぎっているのはクライエント、カウンセラーは助手席に地図を持って座っていて、一緒に問題解決を目指していく協働的な関係構築を目指していきます。
あくまでも選んだり行動に移していくのはクライエントで、カウンセラーは心理学の知識や認知行動的アプローチなどの書かれた地図を持ってガイドしますが、あくまでもガイド役です。
クライエントが抱える問題を解決するうえでも、カウンセラーが解決策や答えを渡すのではなく、クライエントが答えを発見していくのをサポートします。
そのときに使われる技法のひとつがソクラテス式問答です。
ソクラテスは、ギリシャ時代の哲学者です。
中学生のころ読んだ「ソフィーの世界」という本で、知らないことを知っていることこそ大事だと言った「無知の知」の哲学者として登場していました。
ソクラテスは、弟子たちの質問に対して、質問を繰り返しながら対話をしたと言われます。
例えば、弟子が「人生の意味って何でしょうか?」と質問したら、「どんなときにその疑問が浮かんだのですか?」、「あなたのこれまでの経験からどんな意味があると思いますか?」と質問を重ねて、弟子が答えにたどり着くのを助けたのです。
このアプローチは部下の成長支援を目的として行われる1on1でも活用できそうです。
ここでも、運転席に座っているのは部下、上司は助手席に座る関係性が大事です。
1on1で部下が悩みや課題を口にすると、上司はすぐに答えを与えたくなったり、知っていることを教えたくなるかもしれません。
上司の方が経験豊富ですし、広い視野をもっているので、答えや解決策も思い浮かびやすいでしょう。
部下のことを思う人ほど、答えをあげたくなります。
けれど、それでは、部下自身が考える機会や自分で答えを導き出す力を育てることができなくなってしまいます(運転席をのっとってしまうことになります)。
ソクラテスのようにあえて答えを言うことはせず、問題を抱えている当人に逆に問い返すことで真理に導いていくことで、少しずつ部下が自分で問題を解決できるようになっていきます。
ソクラテス式問答を取り入れるためには「焦点化したオープン・クエスチョン」が有効です。
YES/NOで答えられるクローズド・クエスチョンでは考えが広がりませんし、オープンすぎる質問では洞察が深まりません。
焦点をしぼってオープンに聞くことで、考えが広がったり深まったりしていきます。
たとえば次のような感じです。
部下「今のプロジェクトは取引先が全然協力的でなくて、苦戦しています。結局、ほとんどのことを自分がやるしかない状況です」
- 「今の取引先とは初めてのプロジェクトですか?」(クローズド・クエスチョン)
- 「今後どうしていくつもりですか?」(オープン・クエスチョン)
- 「『取引先が全然協力的でない』というのは具体的にはどんなことが起きているのですか?」(焦点化したオープン・クエスチョン)
焦点化したオープン・クエスチョンを繰り返していくことで、部下が自分の状況について新たな気づきを得られたり、次にとるべきアクションを発見していけるイメージです。
ソクラテス式問答を取り入れる、もうひとつの良いところは、実践への結びつきやすさです。
他人からもらった答えは受け入れづらかったり、実践に結びつきにくいですが、自分で見つけ出した答えならば、納得して実行に移すことができます。
1on1を繰り返しても、部下の行動に変化が見られないと悩んでいるときには、取り入れてみるとよいかもしれません。
部下が何にモチベーションを感じるのか。
部下にとっての働きがいは何なのか。
どんな成長を思い描いているのか。
これらの問いに自分だけの答えを見つけられるのは、自分しかいません。
部下の発見をサポートする手段のひとつとして、ぜひ試してみてください。
【参考文献】
堀越勝(2015). ケアする人の対話スキルABCD. 日本看護協会出版会.