娘を保育園に預け始めて3か月が経ちました。
毎朝泣いていた、ならし保育の時期を経て、保育園の環境や保育士の先生たち、同じクラスの子どもたちにも少しずつ慣れて、落ち着いてきたかなと思っていた矢先のことです。

朝泣くだけでなく、家で同じ部屋の中にいても、少しでも私が離れようとすると、大絶叫。
顔を真っ赤にして、汗をかくほど泣くのです。
私たちが娘の『安全基地』になれるかどうか、大事な時期にきたなと思いました。

 

『安全基地』というのは発達心理学の領域で使われる言葉です。

赤ちゃんや小さな子どもは、母親や父親をはじめとする養育者という『安全基地』があるからこそ、外の世界に興味を持ち、探索したり冒険したりして成長することができます。

いわば、『安全基地』とは、自分にとって安心できる場所、安全感を得られる活動の拠点のようなものといえます。

『安全基地』がどのように出来上がっていくかというと、「外で探索活動をする」→「危機的状況で不安や恐れを感じる」→「安全基地である養育者に接近して、安全を得る」→「安全・安心感の回復」→「探索活動を再開」……という安全のサイクルを繰り返していくことで形成されます。

1歳2か月の私の娘でいえば、「家の中を探検する」→「自動掃除機ルンバのボタンを押してみたら機械が自分に向かって音を立てながら動き出す(不安・恐れ)」→「私のところに泣きながら高速ハイハイで戻ってきて抱っこしてもらう」→「安全・安心感の回復」→「再び家の中を探検し始める」というサイクルを繰り返していくことです。

『安全基地』の概念を提唱したエインズワース(Ainsworth)という心理学者は、「探索のための安全基地」と述べており、『安全基地』は、養育者から離れて、探索の場に出たり、遊んだりすることができるようになることの基盤となります。

子どもにとって、外の世界を探索して、新しい人やものに出会うことは、不安や恐れも感じますし、エネルギーのいることです。

危機を感じたときに助けてもらえる、戻ればエネルギーを充電できる、そういった『安全基地』があるからこそ、また探索に繰り出して、新しいことに挑戦できるようになるのです。

この『安全基地』の考え方は、赤ちゃんや小さい子どもだけに限らず、大人にもあてはまります。

自分が困難な状況や危険な状況になったときに誰かが助けてくれるだろうという確信があることで、それが支えになって、困難な状況や課題に立ち向かったり、これまでに取り組んだことのないことに挑戦することができるのです。

私たちが娘の『安全基地』になれるかどうかは、先ほどの安全のサイクルを繰り返す中で、娘の行動や反応に適切な応答を返しているかどうかという私たちの応答可能性に支えられるといわれています。

保育園に通っていて、丸一日娘と一緒にいることが難しかったとしても、家で娘といる時間の中では、娘に注意を向けて、娘が何を感じているかをつぶさに感じとり、それに反応したり、応答したりすることを最近心がけています。

 

もし、挑戦できるチームを作りたいのならば、この『安全基地』の考え方をヒントにできるかもしれません。

「うちのチームはメンバーにもっともっと挑戦してほしいのに、なかなかそうならない」と感じている場合には、チームが『安全基地』として機能しているかをチェックしてみてもよいかもしれません。

先ほどの応答可能性をヒントにすると、お互いの心身の状態を察知し合えるような関係性ができているかがチェックポイントになります。

言葉を使うことのできる大人の場合には、相手の状態や状況をわかろうとする受信の観点だけでなく、自分の状態や状況をチームに伝えようとしているかという発信の観点も大事です。

お互いの状態や状況を発信できる・受け止められるチーム状態であれば、危機に陥ったときにも、「受け止めてもらえる・エネルギーが充電できる場所がある」、「チームメンバーが力になってくれたり支え励ましてくれる」と安全感を感じられて、外で大胆に挑戦することができるようになるのです。

 

【参考文献】

Ainsworth, M. D. S. (1967). Infancy in Uganda: Infant care and the growth of love Baltimore: Johns Hopkins University Press.

Ainsworth, M. D. S. (1991). Attachments and other affectional bonds across the life cycle. In C. M. Parkes, J. Stevenson-Hinde, & P. Marris (Eds.), Attachment across the life cycle. London: Routledge. pp. 33–51.

執筆

博士(心理学),臨床心理士,公認心理師

関屋 裕希(せきや ゆき)

 

1985年福岡県生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、筑波大学大学院人間総合科学研究科にて博士課程を修了。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野に就職し、研究員として、労働者から小さい子をもつ母親、ベトナムの看護師まで、幅広い対象に合わせて、ストレスマネジメントプログラムの開発と効果検討研究に携わる。 現在は「デザイン×心理学」など、心理学の可能性を模索中。ここ数年の取組みの中心は、「ネガティブ感情を味方につける」、これから数年は「自分や他者を責める以外の方法でモチベートする」に取り組みたいと考えている。 中小企業から大手企業、自治体、学会でのシンポジウムなど、これまでの講演・研修、コンサルティングの実績は、10,000名以上。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。

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