普段、皆さんは褒められる機会がどれくらいありますか?
また、他の人を褒める機会はどれくらいありますか?

私が仕事をしている職場のメンタルヘルスの領域では、2015年の法改正以降、年に1回多くの企業でストレスチェックが実施されています(2022年1月現在50人以上の規模の事業所で義務とされています)。
項目としては、ストレスの原因や心身の健康への影響を尋ねるもの、ストレスの影響を和らげてくれる支援に関するものがありますが、先進的に取り組んでいる企業では、仕事の資源(働きやすさにかかわる要因)も取り入れています。
その中に、「ポジティブなフィードバック」という項目があるのですが、健康リスクの高い職場で、事後対策のひとつとして取り上げられることが多い印象です。

「うちの職場には『褒めて伸ばそう』という考えがない」
「問題や欠点にばかり注目して、ミーティングなどは指摘やダメ出しの場になっている」
「よくやっていると思っているけれど、誰も言葉で伝えていない」

こういった現状から、「ポジティブなフィードバックを増やす」「褒める行動を増やす」といったアクションプランを立てるのです。

もちろん、大事なアクションプランなのですが、実は「褒める」というのは簡単なようで難しいものなのです。
どんなことでも褒めれはいい、というわけではなく、いくつかのことに注意しておかないと、逆に職場の雰囲気を悪くしてしまったり、モチベーションを下げることにつながってしまいます。

こんな心理学の実験があります。

心理学者のレッパーらが、1973年と1974年に行った実験です。
絵を描くことが好きな3歳から5歳の子どもを3つのグループに分けました。
ひとつ目の報酬期待グループには、あらかじめ絵を描いたらご褒美をあげると伝え、実際に絵を描いたら、賞状が与えられました。
ふたつ目の報酬期待なしグループは、何も伝えられていませんでしたが、絵を描いたあとには、思いがけず賞状がもらえました。
最後の報酬なしグループは、ご褒美をもらえる約束もなく、実際に絵を描いても賞状はもらえませんでした。

2週間後に、同じ子どもたちの遊ぶ様子を観察して、どれくらい自発的に絵を描くかが測定されました。
その結果、報酬なしグループや報酬期待なしグループは以前と変わらず絵を描いていたのに対して、報酬期待グループは自ら進んで絵を描く時間の割合が減少していました。

約束どおりに報酬が与えられたことで、絵を描く目的が「楽しいから」ではなく、「ご褒美をもらうため」という外から与えられるものが目的になってしまったのです。
報酬をもらうことが目的になり、活動をすることが手段になるので、活動をすることが楽しくなくなってしまいます。
「褒める」という外から与えられる報酬は、自発的に取り組んでいる仕事を、退屈な仕事に変えてしまう可能性があるのです。

「褒める」にまつわる心理学の実験はたくさんあり、語り尽くすのは難しいのですが、「褒める」アクションプランを立てる職場には次のような褒め方を提案しています。

その1.結果よりもプロセスを褒める

「契約がとれた」、「売り上げが上がった」といった結果に着目するのではなく、そこに至るまでのプロセスを褒めます。
結果はさまざまな環境要因や条件による影響を受けますが、そのプロセスの中でどのような工夫をするかは、私たちがコントロールできることです。
たとえ結果が出なかったとしても、プロセスに着目することで、次の手を考えることができますし、無力感に陥ることもありません。

この観点からいえば、結果が出なかったり、失敗に終わったときでも、褒められる可能性があります。
失敗した時でも、それが新しいことにチャレンジした結果であれば、その積極性を褒めるのです。
こうすることで、周囲からの評価が下がることを恐れて、失敗を避けるためにチャレンジすることを躊躇するなどチャレンジ精神の低下を防ぐことができます。
こういった失敗のことを「積極的失敗」と呼んだりします。

その2,具体的な表現で褒める

「すごい」、「さすが」、「よかった」といったあいまいな表現ではなく、具体的な理由も伝えてフィードバックをします。
たとえば、「取引先の意図や要望を丁寧に汲んだ企画書で、一緒に良いものを作りたいという想いが伝わるものだったよ」といった表現です。
「よい文章だった」とだけ言われるよりも、「各項のタイトルのつけ方が的確で、最初の目的と最後と結論に一貫性があって、とてもわかりやすい文章だった」と言われたほうが、次の仕事に活かすことができます。
どう表現していいかわからない場合には、観察したままを描写するのもひとつの方法です。

「機械の設定を指さし確認するようにしたんだね」
「顧客に締め切りの1週間前にコンタクトをとって意見をもらったんだね」
「会議で見てもらう企画書を、あらかじめチームメンバーに共有することにしたんだね」

この2つを実践するとなると、次のことに気づくかと思います。

それは、「よく見ていないと褒められない」ということです。
職場で実践するときには、部下や同僚の行動に関心をもって観察したり、質問したりして、仕事のプロセスを知ろうとすることが必要になってきます。
ただ、この手順を踏むことで副次効果もあります。
お互いの仕事に対する理解が進むので、お互いに相談したり、助け合う機会が増えるのです。
少し注意が必要ですが、お互いのエネルギーを奪い続けるダメ出しではなく、褒め合う、ポジティブなフィードバックを投げかけ合える、そんな職場を目指してみませんか。

 

【参考文献】
Greene, D. &Lepper, M.R. (1974). Effects of extrinsic rewards on children’s subsequent intrinsic interest. Child Developments, 45, 1141-1145.

執筆

博士(心理学),臨床心理士,公認心理師

関屋 裕希(せきや ゆき)

 

1985年福岡県生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、筑波大学大学院人間総合科学研究科にて博士課程を修了。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野に就職し、研究員として、労働者から小さい子をもつ母親、ベトナムの看護師まで、幅広い対象に合わせて、ストレスマネジメントプログラムの開発と効果検討研究に携わる。 現在は「デザイン×心理学」など、心理学の可能性を模索中。ここ数年の取組みの中心は、「ネガティブ感情を味方につける」、これから数年は「自分や他者を責める以外の方法でモチベートする」に取り組みたいと考えている。 中小企業から大手企業、自治体、学会でのシンポジウムなど、これまでの講演・研修、コンサルティングの実績は、10,000名以上。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。

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