皆さんにとって、今まで学んだことの中で、一番の学びは、どんな学びでしょうか?
私がぱっと頭に思い浮かぶのは、小学5年生のときの経験です。
担任だったのは、その年に私たちの小学校にやってきた先生で、他の先生たちとは違う独特の雰囲気がありました。
前の年まではサウジアラビアにいたそうで、専門は美術、とても自由な雰囲気でした。
美術の時間になると、すぐに解散。学校の中の自分の好きな場所で好きに絵を描いてきていい、といった感じです。
他の科目も教えてもらっていましたが、宿題もありませんでした。
その代わりだったのか、教室の後ろには書類入れのようなラックがあって、たくさんの種類のプリントが入っていました。
漢字のプリント、ことわざのプリント、算数のプリント、理科のプリント、社会のプリントなどなど。
好きなプリントを好きなだけ持って帰ってよく、出したい人は出せば先生が見て返してくれる、という仕組みでした。
母が入院することが多く、家でひとりの時間も長かった私は、クラスの中でも、たくさんプリントを持って帰っていたほうでした。(逆に1枚も持って帰らなくても、とがめられることはありません。)
プリントの中で私が一番気に入っていたのは、名前を書くところしかない真っ白なプリントです。
自分で好きなテーマを選んで何かやってみて、そのプロセスや結果を絵日記のように書く、という自由度の高いものでした。
ある日、私が取り組んだのは、「カルメ焼きを作ってみる」という実験でした。
読んだ本に出てきた、名前からしてとても美味しそうなその食べ物を一度自分の手で作ってみたくなったのです。
一度ではうまくいかず、何度か試行錯誤して、サクサクのカルメ焼きが出来上がったときには、喜びもひとしおでした。
真っ白なプリントに、試行錯誤の過程も含めて、イラスト入りで実験の様子を書きました。
提出したプリントには先生が赤字でコメントを書いてくれるのですが、「面白い発見!」、「なるほど!」といった文字が踊っていました。
あのとき学んだことは、実験や試行錯誤の面白さだったように思います。
私が大学院に入って初めて体系だったトレーニングを受けた心理療法は、認知行動療法というアプローチでした。
うつ病や不安障害、ストレスマネジメントに効果があるとされています。
そこで出会ったのが「実験的態度」という言葉です。
認知行動療法の中では、今までのパターンを変えて好循環に導くために、自分が試したことのない行動をとる「行動実験」をするのですが、その実践のときに大事だとされる態度です。
行動をして気分にいい変化がもたらされなければ、実験失敗だと私たちは思ってしまいがちですが、「その行動をとっても自分には気分の変化は起きなかった」というのもひとつの大事な発見で、その発見を次の行動実験に活かせばよい、と考えるのです。
この「実験的態度」という言葉は、小学生のときに真っ白なプリントから知らず知らずのうちに教わっていた学びを言語化したワードだったように思います。
今も、仕事や生活の中でうまくいかないことがあったとき、「失敗だ」ととらえて、がっかりしたり、やる気を失ってしまうのではなく、「発見や気づきのチャンス!」ととらえて、次に活かそうと前向きにとらえられます。
何より、「実験」という響きがワクワクさせてくれます。
何が起こるかわからない、どんな発見が待っているかわからない、そこには未知の可能性が秘められているのです。
人生もひとつの実験なのかもしれません。
失敗したらどうしようと考えると踏み出せなくなってしまいますが、どう転んだとしても失敗ではないとなれば、前に進む勇気が湧いてきます。
「実験的態度」を手に、一歩踏み出してみませんか。
<参考文献>
小関俊祐・伊藤大輔・小野はるか・木下奈緒子・栁井優子・小川祐子・鈴木伸一. (2018).
認知行動療法トレーニングにおける基本構成要素の検討-英国のガイドラインに基づく検討-, 認知行動療法研究44(1), 15-28.