環境が変化したり、これまで当たり前にあったものがなくなってみて、どんな要素が自分の生活満足度や幸福につながっているのかに気づけることがあります。

この1年半ほどは、新型コロナウイルス対策のため、まさにこれまで当たり前にできていたことができない状況が続いてきました。

特に、昨年の3~6月頃、休校になったり、初めての緊急事態宣言が出された時期は、急に「これまでどおり」が通用しなくなった期間でもありました。

皆さんは、「これまでどおり」にいかなくなった中で、何を一番渇望しましたか?

ライブやコンサートなどの音楽イベント、友人と直接会って話す機会、スポーツ観戦、趣味の習い事……。

私の場合は、外で友人たちと思いっきり食べて飲んでしゃべって、そんな当たり前だった時間を思い出します。

人それぞれ、さまざまなものが浮かぶと思うのですが、私の夫の場合は、ステイホームの日々の中で退屈に耐えられず、「新しい経験」をとにかく欲していました。

そこで我が家に生まれたのが「一日一新」プロジェクトです。

名刺サイズの紙に、思いつく限り、恐らく夫がこれまでにやったことがないであろうことを私が書き出していくのです。

そして、夫は毎朝、そのカードの束から1枚選んで、書かれていることにトライするのです。

見返してみると、こんなお題がありました。

 

「4コマ漫画を描く」

「かぼちゃを使ったお菓子をつくる」

「パステルの粉をつけて指で絵を描く」

「川柳を詠む」

「買ったことのない雑誌を読む」

 

我が家のトイレには、そのときに夫が描いた4コマ漫画が掛けてありますし、寝室には、夫が詠んだ謎の川柳が掛けてあり、天板に一部流れ出したものの絶品だったかぼちゃプリンも鮮明に思い出されます。

職場のメンタルヘルスという領域で仕事をしていると、仕事量が多い、専門的な知識や技術が高度に求められる仕事、緊張感の高い仕事など、「負荷の高さ」が私たちの心身の健康に影響するという面に注意が向きがちですが、「退屈」が人の元気を奪うこともあるのだなと気づかされた出来事でした。

 

オランダやドイツ、スイスなどのヨーロッパの国では、職場における「退屈」についての研究が進んできています。

自分の仕事を物足りないと感じたり、就業中に手持無沙汰に感じる時間があったり、仕事中とにかくゆっくり時間が過ぎていくように感じられたり……。

この状態は「ボアアウト」と呼ばれています。

仕事が楽ならいいじゃないか、と思われるかもしれませんが、ボアアウトの状態が続くと、自信が失われたり、自分の仕事の処理能力が下がったように感じられてくるのです。

そして、仕事以外のことにも気力が低下して、気晴らしすらやる気が起きず、疲労感や倦怠感が強くなっていきます。

次第に、この状態を改善しようという気力すらも湧いてこなくなり、悪循環に陥ってしまいます。

私たちにとって、目の前の仕事に意味を感じられたり、達成感が得られることが、いかに大切なことなのかに気づかされます。

AI(人工知能)にどのような仕事を任せて、私たち人間がどのような仕事を担っていくのかのヒントにもなるかもしれません。

忙しすぎる日々を送っている人も、少し退屈を感じている人も、自分にとってのエネルギーの源泉がどこにあるのか、立ち止まって考えてみることで、ボアアウトのリスクを予防できるはずです。

 

【参考文献】

Mikulas & Vodanovich (1993), The essence of boredom. Psychological Records, 43, 3-12.

Reijseger et al. (2013) Anxiety, Stress, & Coping, 26, 508-525.

 

執筆

博士(心理学),臨床心理士,公認心理師

関屋 裕希(せきや ゆき)

 

1985年福岡県生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、筑波大学大学院人間総合科学研究科にて博士課程を修了。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野に就職し、研究員として、労働者から小さい子をもつ母親、ベトナムの看護師まで、幅広い対象に合わせて、ストレスマネジメントプログラムの開発と効果検討研究に携わる。 現在は「デザイン×心理学」など、心理学の可能性を模索中。ここ数年の取組みの中心は、「ネガティブ感情を味方につける」、これから数年は「自分や他者を責める以外の方法でモチベートする」に取り組みたいと考えている。 中小企業から大手企業、自治体、学会でのシンポジウムなど、これまでの講演・研修、コンサルティングの実績は、10,000名以上。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。

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