ネガティブな経験のあとに人は成長する、という研究領域があります。
ストレス関連成長(SRG: Stress-related Growth)や心的外傷後成長(PTG: Posttraumatic Growth)と呼ばれます。
この領域では、ネガティブな経験から、どのように人が強く成長していくかという現象が研究されています。
本当に?と思われるかもしれませんが、次のように問いかけられたら、どうでしょうか。

自分が『あのとき成長できたな』と思える経験をひとつ選んで思い出してみてください。
それは、どんな時でしたか?

思い浮かべた場面は、逆境のような経験だったり、うまくいかないことを経験したときのことではありませんか。
私自身も振り返ってみると、博士論文を書いていた時のこと、東日本大震災の時のこと、肺がんで余命を宣告された父の看護に東京から福岡まで毎週通っていた時のことが思い起こされます。
どのような経験のときに成長がみられるか調査した研究によると、苦境体験や死別体験など、幅広い経験で報告される現象だと言われています。
経験した個人が自分の価値観を揺さぶられ、挑戦し、もがいた結果であれば、どんな経験でも、成長が起こりうるのです。
「もがいた」というと、私にとっては博士論文の時期がまさにそうで、期限が迫る中で、出せるのか出せないのか、綱渡りでヒリヒリした日々でした。
あのときになんとか踏ん張れたから、今の自分があるのかもしれないと思います。
このような人生に何度もあるわけではない経験はもちろんですが、SRG(ストレス関連成長)の研究では、日常的なストレス体験も成長の機会になることが示されています。

ネガティブな経験を成長に結びつける、その分かれ道はいったい何なのでしょうか。
ひとつ注目されているのは、「有益性の発見」です。
ネガティブな経験をした人が、そのつらい経験の中に、何らかの有益性、すなわち、その経験から得られるものや学びになること、何らかのポジティブな変化を見出すことを指します。
つらい経験の中で、比較的早いタイミングで有益性を見出すことで、成長が促進される可能性があると言われています。

また、SRG(ストレス関連成長)とPTG(心的外傷後成長)に共通して見られる2つの要素にも、成長につなげるヒントがあります。
1つは、自分の中にこれまで気づかなかった強さを発見するという要素です。
思っていた以上に自分が強い人間だということに気づいたり、これまで気づいていなかった自分の強さを発見することで、自分自身に対する信頼感が増すのです。
東日本大震災のときに、非常時ならではのエネルギーのようなものが湧いてきて、思った以上に行動できる自分を実感したことが思い出されます。
茨城県つくば市に住んでいた大学院生時代の経験ですが、福島第一原発事故の報道がまだ不明瞭なときに、いったん地元の福岡に帰ることを決めて、電車が動いていない中で、友人とタクシーに乗り合わせて東京へたどり着き、新幹線に乗って博多を目指しました。
あの時は、自分だけでなく、周りの人たちの姿からも、人間の強さそのものに触れたような感覚がありました。
先ほどの「有益性の発見」の話も、つらい経験のさなかに、いい面を見出すのは難しい、そんな風にはとてもじゃないけれど考えられない、とも思いますが、もし、そんな視点が自然ともてたならば、それこそ、人間の強さなのかもしれません。

もう1つの共通要素は、人間関係や人とのかかわり方にポジティブな変化が起こるという要素です。
自分にとって大事な人との関係の大切さを改めて認識するようになったり、周囲の人と密接なつながりがあることを強く感じるようになったりといった変化がみられます。
また、他者に対して思いやりの気持ちを持つようになったり、他の人を助けよう、誠実に向き合おうという思いが強くなったり、関わり方にも変化がもたらされます。
私が父を看取ったときを思い出すと、まさにという感じで、それまではさほど意識することのなかった親戚や祖先とのつながりを実感したり、多くの人に助けてもらった経験から、自分も同じように周りの人にできることをしたいという思いが強くなりました。

この2つの点から見えてくるのは、SRG(ストレス関連成長)やPTG(心的外傷後成長)研究からの示唆が、苦しいときこそ成長できるんだからただ耐えましょう、というメッセージではない、ということだと思います。
苦しいときには、他の人の支えや助け、人間に備わった強さなど、さまざまな資源が必要で、だからこそ、私たちはネガティブな経験を成長に結びつけることができるのです。
資源が足りない中では、ときに苦しい経験から離れたり逃げることが大事なこともあります。
SRG(ストレス関連成長)を測定する尺度の中に、こんな1項目があります。

「他人を必要とすることを、より受け入れるようになった」

つらいとき、苦しいときこそ、周りを見渡して、助けを求めること。
これこそが真の強さなのかもしれません。

【参考文献】
・Tedeschi. R.G, Calhoun. L.G(1996). The Posttraumatic Growth Inventory: Measuring the Positive Legacy of Trauma. Journal of Traumatic Stress 9,3, 455-471.
・Helgeson, V. S., Reynolds, K. A., & Tomich, P. L.(2006). A meta-analytic review of benefit finding and growth. Journal of consulting and clinical psychology, 74⑸ , 797.
・Park, C.L., Colhoun, L.G., & Murch, R.L.,(1996). Assesment and Prediction of Stress-Related Growth. Journal of Personality 64⑴ 72-105.

執筆

博士(心理学),臨床心理士,公認心理師

関屋 裕希(せきや ゆき)

 

1985年福岡県生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、筑波大学大学院人間総合科学研究科にて博士課程を修了。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野に就職し、研究員として、労働者から小さい子をもつ母親、ベトナムの看護師まで、幅広い対象に合わせて、ストレスマネジメントプログラムの開発と効果検討研究に携わる。 現在は「デザイン×心理学」など、心理学の可能性を模索中。ここ数年の取組みの中心は、「ネガティブ感情を味方につける」、これから数年は「自分や他者を責める以外の方法でモチベートする」に取り組みたいと考えている。 中小企業から大手企業、自治体、学会でのシンポジウムなど、これまでの講演・研修、コンサルティングの実績は、10,000名以上。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。

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