新型コロナウイルス感染症の拡大とともに、その感染予防策のひとつとして、テレワークがぐっと進んできました。
自宅や家庭といったライフの領域に、ワークがどっと流れ込んできたとも言えます。
スマートフォンやタブレットひとつあれば、どこでも仕事が出来る状況もあいまって、ワークとライフの境目がぐにゃっと曖昧になったように感じられます。

私自身も、自宅で仕事をしていると、ランチのついでに夕食の仕込みをしたり、宅急便を受け取ったり、1日の中でワークとライフを行き来する回数が増えました。

とはいえ、ライフを生きる自分も、ワークを生きる自分も、1人の人間なので、ライフで起きたことがワークに影響を与え、ワークで起きたことがライフに影響を与えます。

ワーク・ライフ・バランス研究の中では、この影響のことを「スピルオーバー」(流出効果)と呼んでいます。
ネガティブな影響のほうが頭に浮かびやすいかもしれませんが、ポジティブな影響もあるので、スピルオーバーには「ワーク→ライフ」のポジティブ・ネガティブ、「ライフ→ワーク」のポジティブ・ネガティブの4つのパターンがあります(図1)。

自分の場合は……と思い返してみても、ネガティブなスピルオーバーでは、仕事で気がかりなことがあると家族の話をうわの空で聞いてしまったり、家族が体調を崩したりすると仕事中も気になっていつもと同じ作業にも時間がかかったり……。

逆に、ポジティブなスピルオーバーでは、仕事の対談やカンファレンスで得た知見が家庭での困りごとを解決するのに役立ったり、家族や友人との楽しいイベントの前後は仕事でも活力がみなぎって、いつもより頑張れる感覚があります。

図1.スピルオーバーの4つのパターン

 

ネガティブなスピルオーバーは私たちの心身の健康や満足感、パフォーマンスに悪影響をもたらし、ポジティブなスピルオーバーは好ましい影響をもたらしてくれることがわかっています。
この中で、精神的健康との関連に注目すると、「ワーク→ライフ」のネガティブスピルオーバーよりも、「ライフ→ワーク」のネガティブスピルオーバーにおいて、より強い関連が認められています。
ライフの領域で心配ごとや問題が起こって仕事に支障が出ることの方が、私たちのメンタルヘルスをより悪化させる可能性があるのです。

カウンセリングの中で、現在の人間関係を振り返るために、人間関係をマッピングしてみるという方法があります(図2)。
一番真ん中の円には、家族やパートナー、親友など重要な他者の名前を挙げていきます。
次の円には、真ん中ほどではないけれど、親しい友人や親せきを挙げていきます。
一番外側の円には、社会的な活動で接するような仕事上の人間関係や地域でのつながりが入ります。
2~3人ずつ、それぞれの円に入る顔を思い浮かべてみてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図2.人間関係をマッピングしてみる

 

先ほどの、「ライフ→ワーク」のほうがメンタルヘルスへの影響が強いという可能性を考えると、円の中心にいる人ほど、私たちのライフと深い関わりがあるわけで、より多くの労力や時間をかけて大事にしていくことが必要といえます。
けれど、実際はどうかというと……私自身も胸に手をあてて振り返ってみると、ぎくっとします。

家族やパートナー、親友など、気の置けない相手には、「説明しなくても分かってくれるはず」、「今の忙しい状況を何も言わなくても受けとめてほしい」と、どこか甘えているところがあるなぁ……と。
自分のライフにとって大事な人たちと話をしたり、仕事からきっぱり離れて一緒に何かをすることに、もっともっと時間をかけてもいいのかもしれません。
そして、ワークとライフの境界が揺らぎやすい時代だからこそ、「大事にしたい、するぞ」という意思をもってその時間をつくっていきたいものです。

【参考文献】
・Shimada K, Shimazu A, Bakker AB, Demerouti E, and Kawakami N. Work-Family Spillover among Japanese Dual-earner Couples: A Large Community-based Study. Journal of Occupational Health, 52, 335-343.

執筆

博士(心理学),臨床心理士,公認心理師

関屋 裕希(せきや ゆき)

 

1985年福岡県生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、筑波大学大学院人間総合科学研究科にて博士課程を修了。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野に就職し、研究員として、労働者から小さい子をもつ母親、ベトナムの看護師まで、幅広い対象に合わせて、ストレスマネジメントプログラムの開発と効果検討研究に携わる。 現在は「デザイン×心理学」など、心理学の可能性を模索中。ここ数年の取組みの中心は、「ネガティブ感情を味方につける」、これから数年は「自分や他者を責める以外の方法でモチベートする」に取り組みたいと考えている。 中小企業から大手企業、自治体、学会でのシンポジウムなど、これまでの講演・研修、コンサルティングの実績は、10,000名以上。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。

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