新型コロナウイルスの影響で、働き方や生活様式が変化して、学ぶ時間や学び方にも変化が起きています。
オンラインで参加できるセミナーの数はぐっと増え、移動時間が少なくなった分、学びに時間を使うようになった、という人も多いのではないでしょうか。
「人生100年時代」ということを考えても、「学び続ける」ことの重要性は上がっています。
これまでのように、教育課程で身につけた知識や技術だけで生涯働き続けることは難しく、時代の変化に合わせて学び続け、アップデートすることが欠かせません。
今回は、そんな「学び」に注目してみたいと思います。

「学ぶ」というと、どんなイメージがありますか?そして、皆さんは日々、どのように「学んで」いますか?
本を読んで知識を得る、セミナーに参加する、資格取得のためにスクールに通う。
こんな答えが返ってくるでしょうか。
心理学では、学びは大きく2種類に分けられます。
1つは、自分で実際にやってみることで学ぶ「直接学習」。
もう1つは、自分以外の他者の行動を観察することによって学ぶ「観察学習」です。
1950年代以前は、人は自らが経験した直接経験によって学べると考えられており、他者の行動を観察するだけで学ぶことはできないと考えられていました。

その考えを変えたのがアルバート・バンデューラという心理学者です。
「学び」、「学習」というと、直接自分が学習するイメージのほうが強いと思うのですが、観て学ぶ「観察学習」という方法もあるのです。

 

「観察学習」は私たちの「自己効力感」とも関係していることがわかっています。自己効力感は、「自分は目標を達成することができる」と信じられることを指していて、私たちの行動の原動力になります。
「出来なかったらどうしよう」、「失敗するのが怖い」と考えると、新しいチャレンジを避けてしまいますが、「自分にもできる!やれそう!」と思えると、思い切って進むことができます。
うちの組織には、チャレンジする人がいない、という場合には、まずは「チャレンジしている」を体現している人がいるとよいのです。
そして、その姿を社内報やイントラネットなどで紹介すると、「自分もチャレンジしていいんだ!」、「うちの組織の中には、こんなチャレンジしている人もいるんだ!」ということが、言葉で説明するよりもよく伝わります。
経営理念を浸透させる手順を設計してほしいという依頼を受けることがありますが、この理念浸透においても、言葉やメッセージに工夫をこらすよりも、その理念を体現している人を社内に増やしていくアプローチをおすすめしています。

娘を出産してから、「子どもにどんな風に育ってほしいか」といったテーマで家族や友人と話す機会があるのですが、その度にいつも思うのは、口で言い聞かせるよりも何よりも、親である私自身がそれを体現していることが大事なのかもしれない、ということです。
例えば、「嫌なときは『嫌だ』と口に出せる」、「友だちに思いやりをもって接する」といったことも、口で「こうしなさい」と言うよりも、私たちの姿から学んでもらうことのほうが多い気がするのです。
これは、職場での人材育成や部下の育成にも通じる話です。
以前行った研究で、部下のワーク・エンゲイジメントに一番影響があるのは、上司の「誠実さ」というマネジメントコンピテンシーであることがわかりました。
「誠実さ」とは、上司が言っていることとやっていることが同じである、という言行一致のことを指しています。
口では言っているのに自分は実践していない、という状態は、かえって部下のワーク・エンゲイジメントを下げてしまう可能性があります。
部下にこうなってほしい、と思ったときは、自分の行動を振り返ってみるといいかもしれません。

よくよく考えてみれば、以前、日本の人材育成は、観察学習を大事にしていました。
OJTやジョブローテーションは、まさに観察学習です。
けれど、最近では「短期的な成果を求められて、部下の育成に時間を割くことが出来ない」、「上司もプレイングマネージャーで忙しく、教えることのできる人がいない」といったことが課題になっています。
新型コロナウイルスの影響で、「人と直接会う」機会そのものが以前よりも減った今、工夫をしないと、観察学習による育成は難しいのかもしれません。
テレワーク下では、「見せる」工夫も必要になってきます。
新入社員が先輩たちの姿を見られない、同僚同士でも会う機会がないといった場合、ミーティングでお互いの働く姿が可視化できるような情報共有の工夫をしたり、オンラインのコミュニケーションツールで「見える」機会をつくるといった工夫が必要です。

観察学習で部下や後輩を育成する、というと、立派で完璧なお手本にならなければいけない、と思われるかもしれませんが、こんな研究もあります。
ひとつは、習熟した手本と稚拙さの残る未習熟な手本を比較した実験ですが、習得する作業の円滑さにおいては、未習熟な手本を見た群のほうがパフォーマンスが高いという結果でした。
もうひとつは、私たちは、自分の失敗からよりも、人の失敗からのほうが学びやすいという研究結果です。
自分の失敗からは目を背けたくなるので学習が進まないのですが、人の失敗からだと学びやすくなるのです。
完璧でなくても立派なお手本でなくても、人は学ぶ力を持っているのです。
成功する姿も失敗する姿も見せられる、そんなチームや組織づくりが、学びを加速させるのかもしれません。
まずは、自分が観て学びたい人は誰だろう、自分の姿を観て学んでくれる人にはどんなことを伝えたいだろう、と立ち止まって考えてみるところから始めてみましょう。

【参考文献】
・Bandura, A.(1971). Psychological modeling : Conflicting theories. Chicago: Aldine-Atherton.(原野広太 郎・福島脩美(訳)(1975).モデリングの心理学 ─観察学習の理論と方法─ 東京:金子書房)
・川崎翼・荒巻英文(2015).観察学習を促す手本の習熟度の検討.了德寺大学研究紀要,9,165-170.

執筆

博士(心理学),臨床心理士,公認心理師

関屋 裕希(せきや ゆき)

 

1985年福岡県生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、筑波大学大学院人間総合科学研究科にて博士課程を修了。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野に就職し、研究員として、労働者から小さい子をもつ母親、ベトナムの看護師まで、幅広い対象に合わせて、ストレスマネジメントプログラムの開発と効果検討研究に携わる。 現在は「デザイン×心理学」など、心理学の可能性を模索中。ここ数年の取組みの中心は、「ネガティブ感情を味方につける」、これから数年は「自分や他者を責める以外の方法でモチベートする」に取り組みたいと考えている。 中小企業から大手企業、自治体、学会でのシンポジウムなど、これまでの講演・研修、コンサルティングの実績は、10,000名以上。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。

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