国民健康・栄養調査によると1960年代と比較し日本人の総エネルギー摂取量は減少していますが、食習慣の欧米化に伴い脂肪摂取量が大きく増加しており、総エネルギー量の約1/4を占めているそうです。
それに伴い、肥満や糖尿病人口の増加は深刻な問題となっています。平成28年の国民健康・栄養調査では、日本で「糖尿病が強く疑われる者」は約1000万人、「糖尿病の可能性を否定できない者」が約1000万人と推計されています。成人の6人に1人が糖尿病もしくは予備軍であると考えられます。糖尿病患者の大部分は2型糖尿病です。
2型糖尿病
2型糖尿病は、遺伝的な要因と食生活や運動習慣などの環境要因が様々に組み合わさって発症します。
私たちの身体では通常、血糖値は精密にコントロールされていますが、血糖値のコントロールに最も重要な役割を果たすのはインスリンというホルモンです。食事をするなどして血糖値が上がると、膵臓の中にある特殊な細胞からインスリンが分泌されます。分泌されたインスリンが肝臓、脂肪、筋肉などで効くことで血糖値が下がります。インスリンを分泌する力が弱くなってしまったり、肥満や過食が原因となり、インスリンが十分に効果を発揮することが出来なくなったりすることで血糖値が上がり、糖尿病を発症します。つまり糖尿病の病態において、「インスリンの分泌されにくさ」と「インスリンの効きにくさ」の二つがとても大切です。
その他の糖尿病
前述のように、糖尿病患者の多くは2型糖尿病ですが、その他に1型糖尿病*1、膵臓疾患*2や肝臓疾患*3、内分泌疾患に伴う糖尿病*4、薬剤に伴う糖尿病*5、妊娠糖尿病*6など様々な糖尿病があります。
*1 1型糖尿病:免疫の異常などでインスリンを分泌する細胞が攻撃され、壊されてしまうことで発症します。つまり、「インスリンを分泌する力の低下」が原因となります。「インスリンを分泌する力」は多くの場合2型糖尿病患者より大きく低下し、ほとんど分泌されなくなることも多く、インスリンを注射して補う治療が必要となることがほとんどです。
*2 膵臓疾患に伴う糖尿病:慢性膵炎やすい臓の手術などに伴い、膵臓のインスリンを分泌する細胞が減って「インスリンを分泌する力」が低下することが原因となります。
*3 肝臓疾患に伴う糖尿病:肝臓で糖を蓄える能力が低下して、血中の糖が増えることや、肝臓における「インスリンの効きにくさ」が増大することが原因です。
*4 内分泌疾患に伴う糖尿病:成長ホルモン、ステロイドホルモン、アルドステロン(血圧をあげるホルモン)などのホルモンが出過ぎることで発症することが多いです。
*5 薬剤に伴う糖尿病:ステロイド治療に伴うものが多いです。ステロイドには血糖値を強力に上げる作用があります。長期にわたりステロイド治療を行うことが必要な場合、特にリスクが高くなります。
*6 妊娠糖尿病:妊娠中は、「インスリンの効きにくさ」がとても大きくなります。この「インスリンの効きにくさ」に対応してインスリンを分泌する力が不十分な場合、血糖値が高くなってしまいます。お腹の中の赤ちゃんが安全に育って生まれることが大切ですので、その他の糖尿病とは診断の基準が違います。
血糖値が正常より高いだけでは大きな症状がないことも多いですが、血糖値が高い状態が続くと様々な合併症が出てくることが問題となります。眼、腎臓、神経の合併症が糖尿病の三大合併症と呼ばれています。どの合併症も気づかないうちに発症してひどくなると生活の質が大きく低下してしまいます。そのほかにも全身の血管に障害が出て心筋梗塞や脳梗塞の原因になったり、免疫力が低下して細菌やウイルスに感染しやすくなったりすることも問題です。
したがって、糖尿病を予防し、糖尿病を発症しても血糖値を出来るだけ正常に近い状態で保つことが重要になります。
血糖値が正常より高いだけでは大きな症状がないことも多いですが、血糖値が高い状態が続くと様々な合併症が出てくることが問題となります。眼、腎臓、神経の合併症が糖尿病の三大合併症と呼ばれています。どの合併症も気づかないうちに発症してひどくなると生活の質が大きく低下してしまいます。そのほかにも全身の血管に障害が出て心筋梗塞や脳梗塞の原因になったり、免疫力が低下して細菌やウイルスに感染しやすくなったりすることも問題です。
したがって、糖尿病を予防し、糖尿病を発症しても血糖値を出来るだけ正常に近い状態で保つことが重要になります。
NAD(ニコチンアミド・アデニンジヌクレオチド)について
わたしたち生物は常にエネルギーを使いながら生きています。身体を構成する細胞がエネルギーを得る過程にNADという物質が必要です。
高齢となるほど体内のNADが減少し、組織の中のNAD濃度は老化と関連があることがわかっています。NADはサーチュインという身体の老化制御の中心となる遺伝子を活性化しますが、NADとサーチュインは代謝、細胞のストレス反応、体内時計の調節(生物はほぼ24時間の周期に身体の仕組みを合わせる仕組みがあります)などに重要な役割を果たしていることが明らかになっています。
NMN(ニコチンアミド・モノヌクレオチド)について
NADは投与しても細胞に取り込まれませんが、前駆体であるNMNを投与すると、体内でNADに変換されて効果を発揮します。
NAMPT(ニコチンアミド・ホスホリボシルトランスフェラーゼ)はビタミンB3の一種であるニコチンアミドをNMNに変換する酵素です。
NMNを投与することで、糖尿病マウスの血糖値や脂質異常が改善すること、血管内皮細胞の機能が改善すること、アルツハイマー病モデルマウスの認知機能が改善すること、脳の虚血後に脳神経の細胞が保護されること、網膜の変性から回復することなど様々な効果がマウスを使った研究で示されています。
今回は、2011年にワシントン大学の吉野純先生、今井眞一郎先生らのグループがアメリカの学術雑誌「Cell Metabolism」に発表された論文の内容をご紹介します。マウスで高脂肪食や加齢に伴う糖尿病に対するNMN投与の効果を検討しています。
研究の方法
普通のエサを与えたマウスと高脂肪食を与えたマウスを用意しました。普通のマウスのエサの脂肪分のカロリーは5%程度ですが、この研究で用いられた高脂肪食は脂肪分が42%あるものでした。
オスのマウスは3か月半、メスは6か月程度高脂肪食を食べ続けると、糖尿病を発症しました。このマウスにNMNを投与し効果を検討しました。NMNは、マウスの体重1kgあたり500㎎を腹腔内(お腹の中の空間)に注射することで投与されました。
研究の結果
高脂肪食を食べるとNAMPTを使ったNADの合成が減少しました
高脂肪食を食べたマウスの肝臓や脂肪組織では、普通のエサを食べたマウスと比較してNAMPTとNADの量がどちらも減少していました。したがって、肝臓や脂肪組織でNAMPTを使って作り出されるNADが減っていると考えられました。
NMNを投与すると、高脂肪食を与えたマウス体内のNADの量とマウスの血糖コントロール状況が改善しました
高脂肪食を与えたマウスではNADが減っていましたが、このマウスにNMNを投与すると肝臓や脂肪組織で減っていたNADが回復しました。
血糖値をコントロールする能力を調べるためにマウスにブドウ糖負荷試験(マウスにブドウ糖を注射して、血糖値と血液中のインスリンの量を調べました)を行ったところ、高脂肪食を食べたメスのマウスの血糖値は、NMNを投与することで大きく改善しました。さらにメスのマウスでは、NMNの投与でインスリンの効きも改善していました。オスのマウスでは、メス程ではありませんでしたが血糖値が改善しており、インスリンの分泌が増えていました。オスではインスリンの効きは変化しませんでした。
NMNを投与すると、高脂肪食を与えたマウスの肝臓でのインスリンの効きにくさが改善しました
肝臓は全身のインスリンの効きを左右するのに非常に重要な臓器です。例えば、脂肪肝があると肝臓でインスリンが効きにくくなって血糖値が上がりやすくなります。
高脂肪食を食べたマウスは脂肪肝を発症していると予想されます。研究グループは、高脂肪食を食べたマウスにNMNを投与すると、肝臓でのインスリンの効きが改善していることを分子レベルで確認しました。肝臓で様々な遺伝子の現れ方を調べると、酸化ストレス、炎症反応、免疫反応、脂肪代謝などの、肝臓でのインスリンの効きに影響を受ける遺伝子が、高脂肪食を食べることで変化し、NMNを投与することで、普通のエサを食べたマウスと同レベルまで回復しました。
- NMNの投与により、加齢によるマウスの糖尿病が改善しました
実験に使われるマウスの平均寿命は2年―2年半弱です。高齢のマウス(25-31か月齢)の膵臓、脂肪組織、筋肉、肝臓では、若いマウス(3-6か月齢)と比べてNADの濃度が低下していました。15-26か月齢のマウスで調べたところ、15%のオスは自然と糖尿病を発症しました。
そこで研究グループは、これらの自然に糖尿病を発症したマウスにNMNを投与しました。驚くべきことに、NMNを1回投与しただけで、これらのオスのマウスの血糖値は改善し、インスリンの分泌量が増えました。しかし、糖尿病を発症していないオスのマウスの血糖値にはNMNは影響を与えませんでした。メスは自然には糖尿病を発症しないので、高齢のメスに7週間、高脂肪食を与えました。高齢のメスは、若いマウスと比べて高脂肪食を食べた際の血糖値が大変高くなりましたが、NMNを11回投与することで、血糖値はほぼ正常になりました。
まとめ
高脂肪食や加齢に伴う糖尿病マウスにNMNを投与すると、様々な臓器でNADが増え、マウスのインスリンの分泌量を増やしたり、インスリンの効きを改善したりして糖尿病の状態を大きく改善することが分かりました。糖尿病の病態を考慮すると、「インスリンの分泌」と「インスリンの効き」両方に効果があるというのは、大変魅力的です。
この研究でマウスに投与されたNMNを、体表面積などを考慮してヒトでの投与に換算すると、約2.4gになります(体重60kgとして)。
例えば昨年発表されたヒトに対する臨床研究で使われたNMNの投与量(100mg―500mg)、臨床試験で使われているNMNの投与量(250㎎、300㎎)と比較するととても多くなります。
<参考>
Endocr J. (67) 153-160, 2020
Clinicaltrials.gov
Effect of “Nicotinamide Mononucleotide” (NMN) on Cardiometabolic Function (NMN)
Effect of NMN Supplementation on Organ System Biology (VAN)
さらに糖尿病の治療薬として使うとなると、長期にわたる投与を想定する必要があります。NADを増やすことで腫瘍を促進する可能性も指摘されている点など、副作用の可能性も慎重に考慮しなくてはなりません。
<参考>
ScienceDirect, 2018 Mar
NAD+ intermediates: The biology and therapeutic potential of NMN and NR.